第六話 断罪の時

 エリシアを離れに送ったオキシオとラティスが合流する。

「ラティス、ジュナインの様子はどうだった?」

「ずっと口を押えて歩いていたよ。ワイトが死んだことが相当堪えてるんだな…そんな、人の死を悲しむような男には見えなかったが」

「少しでも一緒にいれば情が移るだろう。…やはり彼らを城に招くべきではなかった」

「お前、陛下が『傷の戦士』を受け入れると聞いた時から反対してたけど、こういう事態が起きるって予期してたのか?お前の“特別な力”ってまさか…」

「いや、そうじゃない、嫌な予感がしただけだ…ただの経験則だよ」

「なるほどな…歴代一の軍師と呼ばれた親父様の子供ってだけはあるな」

「ちゃかすな、そんな気分じゃない」

 オキシオはため息をついた。

「陛下の元に戻ろう。ワイト殺しの犯人は必ず城内にいる。いつ陛下の身に危険が及ぶかわからない」

「そうだな」

 ワイトは背中から刺され、出血多量で死んでいた。自殺はありえない。犯人として可能性が一番高いのは、言わずもがな、一緒に眠っていたマティスであるが、双璧と呼ばれる二人にとってはありえないことだ。

 ラティスにとって、マティスはあこがれの存在であり、命を賭して守るべき主君である。

 オキシオにとって、マティスは尊い存在であり、生涯を以て仕えるべき人である。

 双方にとってマティスは特別な存在である。


 オキシオの父親は前国王の右手と呼ばれた男であり、母親は貴族の娘であった。言わばサラブレットである。『傷の戦士』として産まれたこともあり、まさにマティスに仕えるべくして産まれてきたのだと言われてきた。

 父と同じく、体格に恵まれ、剣を振り回す姿は鬼神と呼ばれていた。10歳よりマティスのそばに仕え、彼の身に降り注ぐ火の粉を悉く薙ぎ払ってきた。

 ラティスは一般兵として12歳のころに城に入城した。マティスへの憧れは誰よりも強く、彼に仕えるため、必死に剣を覚え、実績を積み、たった4年でマティスの側近まで上り詰めた。もちろん【ロックオン】という、武芸を極めるものとしては最高の力が手伝ったことも否めないが、マティスへの忠誠心が誰よりも強いことは、皆がわかっていた。


 オキシオは、マティスの私室に向かいながら外を眺めた。どうした、とラティスが尋ねる。

「俺はこの国が好きだ」

「なんだ、急に」

「平和で、穏やかで、みな笑顔で生きている」

「…お前にはそう見えるんだろうな」

「違うのか?」

「一般国民として一度生きてみるといい。苦い思いもたくさんする。俺はもう一般国民には戻りたくないね…。マティス様は尊敬しているが、「マティス様を尊敬しろ」「いつかお役に立て」と何度も言いつけてきた両親は嫌いだった。薪売りの仕事も嫌いだった。親の望み通り兵士になった。もうあの家に二度と戻りたくないと思う。子供は親を選べない。親が薪売りなら子供も薪売り。…俺は、親の仕事に関わらず、いろんな仕事が出来る可能性がある国になればよいと思う」

「なるほどな。マティス様も、そう願っていると思うよ」

「だろ!厳しいお方だが、ちゃんと苦しむ国民を見ていらっしゃる!『傷の戦士』の徴集も、城に仕える方が力を発揮できるというご意見だった…。なぜこんなことになったのか…」

 ラティスはこぶしを握り締める。オキシオが答える。

「特殊な力を持つものが集まれば、こういったことが起こることは歴史が証明している」

「本当に勤勉だな。剣も使えて勉強も出来て…本当にすごいやつだよ。そういえば、お前が陛下に進言していた薬草、輸入できるようになったんだって?」

「あぁ、痛みを緩和する薬草か。輸入だけじゃない。輸入先に許可をとって栽培できるよう、土地を整えている。この国で薬草が育てば、わざわざ輸入しなくても、すぐに薬が作れるようになる。痛みに苦しむ人々の救いになる。傷ついた兵士、怪我をした国民。特に、お産に苦しむ女性にな…」

「お前の発想には驚かされるよ。出産の痛みについてなんて考えたこともなかった。お前、本当に男か?」

「お前もいつか嫁さんが出来て、妊娠して、出産したらわかるよ。奥さんがどれほど痛い思いをしているか」

「お前だって嫁さんも子供もいないくせに」

「そうだったな」

 二人は、マティスの私室前で立ち止まる。

「…この一件、早く解決するといいな」

 ラティスがつぶやくと、そうだな、とオキシオも頷いた。








 1歳の頃、オキシオは母に連れられ、マティスと邂逅した。もちろん当時、意志はなく、母親同士が仲良くしゃべっている最中、何かわからぬ言葉を発し合っていたらしい。ふと、マティスの手がオキシオに触れた。偶然である。その瞬間、オキシオは号泣した。そう、母親から聞いていた。

 あの瞬間、瞼に写った光景が、前世の記憶であるとわかったのは物心ついた時だった。自分が、人を殺した記憶だ。バスの中で人を刺し、バスを乗っ取って爆発させた。後悔し、絶望し、苦しみ、あがき続ける日々の始まりであった。


 前世の彼は、愛する人と結ばれ、当然のように子供を迎えるつもりだった。しかしなかなか妻は妊娠せず。不妊治療に通うこととなる。どれだけ治療にお金と時間を注いでも、妊娠に至らなかった。薬や自己注射により、妻は心身ともにボロボロになっていった。一度はやめようと提案したが「今諦めたら一生後悔する」という妻を、支え続けた。

 そうして3年が経ち、ようやく妻は子供を授かることが出来た。二人の子供と会える。二人は幸せだった。

 しかし、授かった子も流産した。

 妻の心は、ポキッ、と折れた。


 なんと声を掛けて良いかわからず、何より自分自身も憔悴しきっていたため、流産後は特に会話をせず、必要最低限のことだけして二人は、ただ生きていた。

 変化があったのはそれから半年後のことである。妻に笑顔が戻ったのだ。

「不妊治療通ってた時に出会った人と偶然会ったのよ。私は覚えていなかったんだけど、彼女は何度かあったって、覚えてくれてたんだって。彼女、赤ちゃんを抱っこしてたの。それでね、ある神社のお守りを買ったらすぐ妊娠出来たって、私にも特別にってタダでくれたのよ」

 そう言って妻はお守りをみせてくれた。どこにでもありそうなお守りだ。

「そうか、良かったね」

「色々あったけど、もう少し頑張ろうと思うの…だから、あなたも一緒に頑張ってほしい」

「わかった。一緒に頑張ろう」

 妻が元気になってくれてよかったと思った。自分も、立ち直らなければならないと思った。


 それから、お守りをくれた友人と家族ぐるみで会うようになった。彼女の旦那からも進められ、男用のお守りを買った。

 神社に足しげく通い、お賽銭し、お守りやマタニティーグッズやベビーグッズを買い、気づけば神社のマークが入ったグッズが家にあふれていた。

 神主の話はとても素晴らしい物だった。母親になるためには、父親になるためには、不妊治療という科学の力を借りるだけではだめだ。子を授ける神様を称えなければ…。神に祈り、神主から神の言葉を賜り、お礼を何枚も渡した。

「これでいつでも赤ちゃんを迎えられるわね」

 妻はそう言ってお腹を撫でた。

「そうだね。大丈夫、儀式をしたら、ちゃんと君のお腹に子供が来てくれるよ」

 言って、妻のお腹を撫でた。


 とある日の早朝、二人は手を握り合っていた。

「子供とは、左手から命に繋がっている。絆を分かち合えば、子供を授かることが出来る」

「あぁ、待っていてくれ、出来るだけ多くの繋がりを持って帰ってくるよ」

「わかったわ。あなたが旦那で本当に良かった。ありがとう、いってらっしゃい」

 二人は手を放す。

「あぁ行ってきます」





 オキシオは飛び起きた。またあの日の夢を見た。頭を抱える。

 どうして、なぜ気づかなかったのか…。あれはどう見ても詐欺だった。妻に話しかけた女は不妊女性を食い物にした詐欺師だったに違いない。子供も旦那も家族ぐるみで…。

 不妊について、妻は「あまり人に知られたくない」と以前から言っていたため、親戚にも友人にも相談しなった。そういった女性は妻に限らず多いだろう。それが仇となった。妻と自分だけで、これをすれば子供が出来ると思い込まされたのだ。騙され、金を貢がされた。あの頃は気づかなかったが、借金で首が回らない状態まで陥っていた。

 その末、左手から血を流すことで人と繋がる、なんて凶悪な発想が生まれ、あの事件を起こしてしまった。あの時の自分はまともではなかった。だからと言って許されるわけもない。

 6人もの命を奪ってしまった…子供もいた。罪のない人々を道連れに、あんな…あんなむごいことを…。出来ることならやり直したい。妻とあの女を合わせないように…それ以前に、子供を諦めて二人で生きて行こうと妻に言えていれば…誰かに相談していれば、あんなこと…あんなこと…!


 バスが爆発し、自分も死んだ。

「罪深き者よ」

 澄んだきれいな声だった。

「一度目です。いきなさい」

 気づけば、オキシオとしてエッグニクト王国に生を受けていた。


 オキシオは苦しんだ。なぜこんな、手を汚した男を転生させたのか。記憶を蘇らせたのか…。また人として生きたくなかった。思い出したくなかった。世界が変わり、罪を償うことが出来ない、この世界で、いったいどう生きろというのか!


 そんな時、母親から聞いた、オキシオを産んだ時、大層難産だったと…。痛みに苦しみ、産後も数日痛みに悶えていたと。

 そして気が付いた。自分は、オキシオという男は、この国で妊娠に苦しむ女性を助けるために産まれてきたのではないのかと、それが悪魔に与えられた使命なのではないかと…。妻を救うことはできなかった。あの後、妻がどうしたか知ることすらできない。6人の人を殺した罪と、妻を置いていった罪、背負いきれない十字架を背負いながら、苦しむ女性を少しでも救う手立てを見つけること。それがオキシオとして生きる意味ではないのだろうか。


 その考えに至ったオキシオは、剣を父から学び、雑学を母から学び、マティスに仕えた。彼に仕えることが、女性を救う一番の近道になると考えた。父と同じように、国王の右腕になれば、自分の話を通すしやすくなるはずだ。

 鍛えねば、学ばねば、救わねば。自分のような人間がこの国に産まれないために…!救える命は救う。取りこぼしてはいけない。罪を償えないのなら、せめて一人でも多く命を救わなければ…!

 これが、オキシオにとって、生きる意味である。







 悪夢にうなされ飛び起きたオキシオ。その私室の戸を誰かが叩いた。誰だこんな時間に、と対応すると、部下の兵士であった。

「マティス様がお呼びです」

「なんだと…わかった、すぐに向かう」

 オキシオはすぐに身支度を整え、部屋を出た。


 マティスの私室に到着する。戸を叩くと、入れ、とすぐに返事が来る。失礼いたします。と中に入ると、マティスと、ユーリィと…エリシアがソファに座っていた。

 オキシオが突っ立っていると、どうした、とマティスが声を掛けた。

「いえ、ユーリィ様はともかく、なぜ彼女もここにいるのかと…」

「説明する、とにかく部屋に入って、お前も座れ」

「わかりました、失礼いたします」

 オキシオは、ゆっくりと戸を閉めた。


 さて、とマティスはオキシオに目を向けた。

「先日、ワイトの死後、『傷の戦士』を集めたあの時、エリシアの力について話を聞いたな?」

「はい【前世の姿が見える】と…」

 つまりは…彼女の目には、オキシオの後ろに、醜い殺人犯の姿が見えているのだ。

「お前、気づいているんじゃないか?」

「と、言いますと?」

「『傷の戦士』が、あの事件の関係者であることを」

 オキシオは、息を止めた。


 そうだ、そうではないかと思っていた。そうでなければとも思っていた。左手の傷を持つ者たち。自分が前世で傷つけ、殺してきた者たちなのではないかと思っていた。願わくば、伝説通り、戦士の生まれ変わりであってくれと思っていた。

 オキシオの額に汗が浮かぶ。

「エリシア、オキシオの前世の姿はどうみえる?」

「…小太りの男です」

 エリシアは、苦し気に顔を歪めている。

「私達は、バスで人を殺した犯人が、小太り男だったと記憶している」

 マティスの視線が鋭くなる。



 いつか来るのではと思っていた。今が、断罪の時だ。




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