第七話 その狂気は聞こえない
話は少し遡る。
オキシオが部屋に呼ばれる1時間ほど前、エリシアはマティスに呼び出され、一足先に部屋に訪れていた。
マティスはエリシアに謝罪する。
「改めてすまなかった…君達を蔑ろにした。君たちの中に犯人がいると、距離を取りながら君たちのことを調べていた。犯人が何をするかわからないから…誰も信じられなくて、自分の手で殺してやりたいと思っていた…その結果、ワイトを死なせることとなってしまった。君にも苦しい思いを…嫌なことを思い出させてしまった。本当に申し訳ない」
「いや、もういいです。頭を上げてください。私も取り乱してごめんなさい」
「構わない。全て私の巻いた種だ…。君達を徴収せず、全て忘れて生きていたら…こんな事件は起きなかったと思う」
「陛下」
マティスの隣に座っていたユーリィが、マティスの手を握る。
「おやめください。過ぎたことを覆すことが出来なことは、前世からよくわかっているはずです。謝り続けるために、エリシアさんをここに呼んだわけではないでしょう?」
「そうだったな…すまない。エリシア、ここでは同じ被害者目線で話してほしい。国王陛下の俺ではなく、普通の主婦を相手と思って話してほしい。もちろんユーリィ、お前もだ」
「わかりました。出来るだけそうしましょう」
「…私にはちょっと難しいです…慣れるまで時間がかかりそう」
「女子高生だったんだろ?大人だった私達よりかは柔軟だと思うが?」
「女子高生にだって色々あるでしょう」
「ふふ、そんな感じで話してくれたらいい」
マティスが穏やかに笑っているのを見て、エリシアも胸を撫でおろした。
それで、と話を続ける。
「エリシア、私は改心しとはいえ、前世で私達を殺し、ワイトを殺した犯人を許すつもりはない。必ず罪を背負わせ、死罪にする」
マティスは右手で左手の傷を指さした。
「この傷、あの事件の被害者たちが持って生まれた傷だと知っていたか?」
「え?あ?そういえば…傷のことすっかり忘れてました。そうか、ちょうど7人…7人?あれ?死んだのって7人でしたっけ?」
「7人だ。犯人を含めてな」
「え!じゃああの場にいた、あの事件の犯人が『傷の戦士』の中にいるんですか!?」
「そういうことになる」
エリシアは震えあがる。あの中に、あの日、6人もの人間を殺した凶悪犯がいたというのか…。
「まさか、ワイトもそいつが…」
「その可能性は高いと思っています。ワイトは背中を刺され、左手も傷を負っていました。あの傷をなぞるように…」
「なにそれ、こわ、悪趣味」
「そのことから推測するに、ワイト殺しの犯人はあの事件を彷彿とさせる…前世の記憶を持った私達の誰かだと推測される。それで、君の力が必要になったんだ」
「私の?」
「前世の人の姿が見えるのだろう?ここには前世の記憶がある者が3人いる。記憶をすり合わせれば、ワイトを除く『傷の戦士』の中から犯人を見つけ出すことが出来るはずだ」
あぁ!とエリシアは声を上げた。
「マティス天才じゃん!」
「すごく女子高生らしくなってきましたね」
「女子高生は環境対応早いんで!」
エリシアがニッと笑った。
3人は記憶をたどる。
「男だったよね?」
「えぇ、小太りだった気がします」
「中年だったようなきもするな」
「男で小太りで中年…うーん」
エリシアは首をひねる。
「とりあえずわかってる人は…。マティスが主婦でしょ、ワイトは小さな男の子だった。ユーリィはスーツ着たお姉さん。ラティスは制服と帽子被ってた…あれはバスの運転手だと思う。ジュナインは…おじいちゃんだったような、そうだ、刑事だ!って言ってた人だったと思う。オキシオは…」
エリシアは思い出した。オキシオの前世の姿は、優しそうな、小太りの男だ。
「…オキシオだ」
「まさか…オキシオが!」
ユーリィが口元を覆う。
「うそでしょ…あんな堅実で、優しくて…妊婦のために薬の勉強もしていて、私にも何度も相談に来ていたのに…あのオキシオが」
「しかし納得はできる。やつは私が1歳のころに会っている。自分たちが覚えていないだけで、触れ合っている可能性は十分にある」
マティスが頭を抱える。
「誰が犯人でも覚悟はしていたが…まさかオキシオだったなんて…」
「待ってください!私はずっと前世の姿を、守護霊と思ってました。前世の記憶があるのとないのとじゃ認識が全然違う!ちゃんと確認した方がいい!」
エリシアが立ち会がり、言った。
「オキシオと話をしようよ!私が彼の姿を確認する!」
「そうだな、万が一ということもある」
そうであってほしいと、願っている…。
3人の前で、オキシオはぐったりと項垂れた。
「すみません…すみませんすみません。なんと詫びればよいのか…なんと言葉にすればよいのか…」
オキシオの態度に3人は驚愕する。あの時の犯人との印象とまるでかけ離れている。
「あなた…本当にあの時の犯人なの?」
ユーリィが尋ねると、オキシオは「はい」と答えた。
「転生した俺は、狂う前の記憶も取り戻していました。私は、妻と一緒に詐欺師に狂わされ…気づけばあんな恐ろしいことをしていました…左手には運命を結ぶDNAがあり、その血を流すことで人と人とをつなぐ線が結ばれると思い込まされた…今思えばバカな話です。そんなことがあれば、とっくに私と妻の間には子供が…」
オキシオは首を左右に振った。
「あなた達にとって、私が事件を起こした理由などどうでもいいことでしたね…本当に、本当に取返しのつかないことをした…」
3人は顔を見合わせる。てっきり、記憶を取り戻した犯人は、あの時のように狂っていると思っていた。こんな、堅実で誠実で、事件を起こしたことを後悔し、苦しんでいるなんて微塵も思っていなかった。
「この世界で少しでも償いになればと…子を産む母親の助けをしたかった。自分の妻が苦しんできたことを、この世界の女性が同じ苦しみに見舞われないよう…。せめて妊娠に至ることの出来た幸せな家族の助けになりたいと願った」
ユーリィの目に涙が浮かぶ。マティスも口を引き締める。
「私も、前世では子供を産んだ母親だった。出産の苦しみは知ってる。だからこそ、お前が勧めた痛み止めの薬草の輸入を承諾した。君を信じられると思ったのもその時だ」
「陛下のお心を裏切ってしまいました…。前世でも、今世でも、申し訳ありません。ううう、申し訳ありません」
オキシオが泣き始める。
「どのような処遇も受け入れます」
「陛下…どういたしましょう」
このような結果が待っているとは、誰も思っていなかった。
「オキシオは、確かに今、陛下をお守りし、国民を思い働いております。前世の罪が消えるわけではありません。しかし今を思えば、彼を傍に置いていてもよろしいのではないでしょうか?」
「待ってよユーリィさん。これがオキシオの本音だって本当に思ってるの?彼の本音は誰もわからない」
「わかります。彼は嘘をついていません。私には見えます」
「じゃあ今後、彼がまた人殺しをしないって保証ができるの?」
「それは…」
「私は、あの時すごく痛くて怖かった…思い出した今だって手が震える。私は幸せだった。普通に産まれて普通に生きて…そのうち彼氏だって出来て、そんな未来を想像してた、それを奪った人に、前世と今にどんな経緯があっても許せない」
ユーリィは口を紡ぐ。
マティスは口を開いた。
「私も許せない…。息子の命を奪ったこと…それも二度も…!」
「陛下!それは違います!」
「何が違う!」
マティスは立ち上がり、オキシオを見下ろした。オキシオは顔を上げ叫ぶ。
「ワイトは殺していません!決して!誓います!」
マティスはユーリィを見る。
「嘘ではありません」
「なんだと…あの犯人と、ワイト殺しは別人なのか」
マティスは力なく、ソファに座り込む。
「じゃあ誰がワイトを殺したと…」
「…陛下、私は罪を犯しました。狂っていました。今すぐ死ねとあなた達に命じられれば、今すぐこの首を跳ねます。しかし、私もワイト殺しの犯人について助言をさせていただきたい」
「なんだ?」
「いくら寝ていたとはいえ、陛下を起こさずワイトを殺すのは、至難の業です。証拠も何一つ残っていない。そして左手の傷…まるで私が犯人と思い込ませるようなことをしました。犯人はかなり狡猾な者です。油断なさいますな。その者は必ず、また『傷の戦士』を犠牲にして現状を楽しむと思われます」
「なにそれこわっ…まるで昼ドラみたい」
ドラマみたい…そういえば…。
「国外で見つかった身元不明の死体…それもオキシオには関係ないのか」
「ありません。ですが、私は身元不明の遺体と、ワイト殺しの犯人は同一人物であると思います。この狡猾さ…正直、今生の人々ではありえない。顔を潰して身元がばれないようにする。死体も出来る限り山奥に隠して見つからないようにする。そんな手段も考えも、前世の記憶なしには出来ないと思います」
「うそでしょ、オキシオよりやばいじゃん」
エリシアの顔が真っ青になる。
残り5人の中に、凶悪犯が別にいる…!
「…私にわかるのはここまでです」
オキシオはマティスの前に膝をついた。
「ご判断を」
「…」
マティスは無言で立ち上がり、傍らに置いてった剣を手に取った。それを見たユーリィが、エリシアに部屋から出るよう促した。
「いいの?私、さっきはきつい事言っちゃったけど…。オキシオは確かに前世で酷いことをしたけど、オキシオ自身はすごい人なんでしょ?悪いことしてないのに…」
エリシアが言うが、マティスは手に持った剣を手放さない。
「わかっている。けど、やはり収まらない。今にも身体があふれ出しそうな、怒りも、憎しみも。私と息子を殺した奴と、一緒に生きるなんて、出来ないんだ」
エリシアが言葉を失う。行きましょう、とユーリィに腕を引かれ、その部屋を出て行った。
マティスとオキシオは二人きりになる。
「オキシオとしての功績は称えてやる」
「ありがとうござういます」
マティスは、剣を振り下ろした。
別邸の談話室。ジュナインはボーっとソファでくつろいでいる。
「何?今日も朝までなんかしてたわけ?」
同じく談話室にいるエリシアは問いかけた。
「いや、ワイト殺しの犯人も処刑されて一件落着になったのに、僕らまだここにいなきゃいけないのかなって、ここは退屈で仕方ないんだよ」
ワイト殺しの件に関し、犯人はオキシオであると公表された。双璧であったラティスはそれを聞いた瞬間、地にひれ伏し、泣き叫んだという。ジュナインも大層驚いていた。まさかマティスの側近がそんなことをするなんてと…。
「っていうか、ワイト殺しの容疑で私達ここにいたわけじゃないでしょ?“特別な力”を陛下のために使うためでしょ」
「今のところ使いどころないじゃん。僕もエリシアちゃんも」
「まぁそうだけど…」
「…エリシアちゃん、なんか雰囲気変わった?」
「身近な人が死んで変わらない人っているの?」
「あっはっは、そりゃそうだ。俺の方がおかしいんだ」
「あんたもワイト君が死んだって聞いた時、吐いてたじゃない」
「まぁそりゃ、知ってる人が死んだら多少はあぁなるでしょう?」
「あんただって、何かかわったんじゃない?」
そうかな、とジュナインは天井を仰ぐ。
「俺は、何も変わってないと思うけどね」
深夜、ユーリィはいつも通り、寝室で眠っている。
その部屋に、誰かがそっと侵入する。
影をまとったその人は誰であるか判断がつかない。
その影は、眠るユーリィにナイフを振りかざした。
影の足首を誰かが掴んだ。影は態勢を崩し、その場に尻もちをついた。ユーリィが眠るベッドの下から、誰かがはいつくばって出てきた。
「貴様だったのか!」
部屋が突如、明るくなる。ユーリィが起き上がり、彼女の部屋にマティスとエリシアが入ってくる。ベッドの下から出てきたラティスは、影の足を強く握り、影を…ジュナインを睨みつけている。ジュナインは、顔色を変えず、微動だにしない。
マティスとエリシア、ユーリィがジュナインを見下ろす。
「貴様がワイト殺し、および身元不明の死体の殺人犯だったんだな。ジュナイン」
「考えればすぐにわかることだった…!【音を消せる】力…暗殺にはうってつけの力だ…荷運びを生業としているお前なら、死体を運ぶのも簡単だろう。…オキシオの言う通りだった。得体も知れない奴をこの城に受け入れてしまった…。お前はその力で陛下の私室に忍び込み、ワイトを殺し、オキシオに罪を擦り付けた!この!!卑怯者!!」
ラティスがジュナインの頬を殴りつける。
「やめろラティス」
「しかし陛下!こいつの所為で!オキシオはありもしない罪で裁かれたのですよ!」
「ありもしない罪があったわけじゃない…お前にも話しただろう」
「…っ…」
「こいつにはしっかり話を聞かなければならない、今殺しては…」
「ふふふ」
突如、殴られたジュナインが笑った。
「あーーっはっはっはっはっは!ばーれちゃった!くやしいなーくやしいなーなんでわかっちゃったのーーー?ちゃんと身元がばれないように身元不明のやつを殺したのにさーあー。やっぱワイト君殺したのがだめだったかなぁ~でも我慢できなかったんだよなぁー殺したいって思っちゃったんだよ!あいつがあの時殺された母親の子供だってわかったとき!!!絶対おもしろくなるって思っちゃったんだもん!そしたらよぉ!案の定、陛下様ったらぶっこわれちゃって!!あの時はゆかいだったー!爆笑しそうなの抑えるの必死だったよ!あーーやだやだーー!楽しかったのに!この国のやつらみんなバカだから!俺が大量殺人犯だって全然気づかないの!殺して殺して楽しんでたのに!お前らもバカだから全部オキシオがやったって思ってたんだろ?バカだったくせに!なーーんでわかっちゃったの?????でもまぁいいや!最後の殺したワイト君のお陰で楽しめたし!いいやいいや!いやぁいい国だった!転生してよかった!殺人がこんなに楽しなんて!愉快だなんて!前の世界でも殺しておけばよかった!早く知ればよかった!あーーっはっはっはっはっは!もっと殺したい!もっと知りたい!殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい!!!」
その狂気に、絶句する。
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