第五話 前世の姿
目が覚めると、体中が真っ赤だった。
腕の中には、冷たくなったワイトが眠っていた。
「なんだこれは…」
マティスがワイトの身体を揺する。
「結人…どうしたの結人?どこか怪我をしたの?痛いよね、ママに見せてごらん」
ワイトは答えない。
どうして、なんで、確かにこの子を抱いて眠った。この子も穏やかな顔をして寝ていた。
「あ、あ、あ、ああああああ!」
マティスの叫び声に、警備兵が飛び込んでくる。暴れるマティスを抑え、ワイトを横たわらせる。
しばらく暴れていたが、マティスはふっと暴れるのをやめ、ワイトの前に膝をついた。彼の、傷ついた左手を持ち、呆然と眺めている。
「陛下!どうなさいました!」
「陛下!」
早朝にも関わらず、オキシオとラティスもすぐに駆け付けた。
「この部屋は…いったい何が起きた!」
オキシオが叫ぶ。
「陛下はご無事なのか?」
「はい、血は浴びていますが、お怪我はないようです」
警備兵が答える。
「お前ら…ちゃんと警護していたのか!このような惨状に気づかないとは!何をしている!もし陛下のお命が奪われていたら!」
ラティスは警備兵につかみかかる。
「やめろラティス!」
オキシオが止めに入る。
「陛下の部屋に入ろうとするなら、警備兵が立つ扉から入るか、外の窓から入るしかない。しかし外壁を登れば音でわかるだろう?部屋の下も交代で兵士が見回りしている。こんなことが起きるはずないんだよ!」
「落ち着けラティス!起きてしまったことは覆せない!陛下は生きている!状況はこれから確認する!とにかく落ち着くんだ!」
「オキシオ、ラティス」
呆然と黙っていたマティスがつぶやいた。二人は直ぐにマティスに向き直る。
「『傷の戦士』を集めろ、確認したいことがある。何が起こっても、お前らは手を出すなよ」
マティスの目は、復讐に燃えている。
オキシオとラティスはすぐに別邸に向かった。
オキシオがエリシアを呼びに行く。部屋の戸を何度か叩くと、エリシアは重い瞼をこすりながら部屋を出る。兵士が立っていた。
「オキシオさん…なんですか?」
「今すぐ来てほしい」
「はい?」
「陛下のご命令だ」
「え、着替えてからでもいいですか?」
「すぐに支度してくれ」
エリシアは少し面倒くさそうに頷き、一度部屋の戸を閉めた。
同じくラティスに部屋から呼び出されたジュナインが、ふぁ、と大きなあくびをした。
「エリシアちゃんおっはよー朝から騒がしいな」
「すっごく眠そうだね」
「俺は夜型だからね、朝は基本寝てるんだよ」
兵士に連れられ、二人は別邸を出て城に入る。
「というか、何気に城に入るの初めてだね、ちょっとわくわくしてきた」
「あっそ…っていうか、ワイト君は一緒じゃないんだ」
「おや、そういえばそうだね」
「オキシオさん、ラティスさん、ワイトは?」
エリシアが二人に尋ねたが、答えない。というより、堪えられないと言った雰囲気だ。
「どうしたんですか?」
「あとで説明する、とりあえず来てほしい」
オキシオの声は、少し震えていた。
しばらく歩くと、とある部屋に入るように言われた。その部屋の中には、ユーリィ、そして…マティスがいた。
「こ、国王陛下!」
エリシアは一気に覚醒した。ジュナインは、おぉ、と関心の声を上げた。
「やっとお目にかかれましたなぁ国王陛下」
「勝手にしゃべるなジュナイン」
ラティスにたしなめられ、はぁいとジュナインは返事をする。
マティスは窓の外を見ている。
「こうして『傷の戦士』が集まるのは始めてだな」
マティスが言う。
「いやいや、ワイト君がいないじゃないですか」
ジュナインが言うと、ユーリィが顔をしかめた。
「ワイト君は…亡くなりました」
「…へ?」
エリシアが目を見開く。
「え?なんですか?どういうことですか?亡くなったって!」
「今朝、ご遺体が発見されました」
苦痛に顔を歪めるユーリィに代わり、ラティスが説明する。
「いや、だから!なんで!ワイト君が死んだって!」
「エリシアちゃん落ち着いて」
突然の言葉にエリシアは混乱し、叫んだ。
「昨日、普通に私しゃべってたし!内気だけど花が好きな普通の男の子だし!なんで急に死んじゃうの!」
「それを知るためにお前らを呼んだんだ」
マティスが振り返りながら言う。真っ赤に染まった目がエリシアとジュナインを睨みつける。まるで、鬼の様だ。
マティスの目から赤い涙が落ちる。
「誰が!!!!誰があの子を殺したの!!!二度も!!!二度もあの子を!あの子が何をしたっていうの!!前世も、今も!普通に生きてただけじゃない!誰も傷つけてない!あの子は優しくていい子だった!!どうして殺されなきゃいけないの!私の腕の中で!!!私に何の恨みがあるの!!!絶対ゆるさない!!殺してやる!殺してやる殺してやる殺してやる!!」
「陛下!落ち着いて」
手を振り乱し、唾を飛ばして叫ぶマティスをユーリィが抱きしめる。
ジュナインは、口を押えてしゃがみ込んだ。
あまりの怒号に一瞬引いたエリシアだったが、彼女も怒りに我を忘れた。
「何よ!何よあんた!今まで私達を呼び出しておいて!ずっと放ってたくせに!そんなにワイト君が大事なら!!ずっと傍に置いとけばよかったじゃない!」
マティスは、ふーふーと荒い呼吸を繰り返しながらエリシアを睨んでいる。
「エリシア控えろ!」
ラティスが叫ぶが、エリシアは聞かない。
「国王陛下だかなんだか知らないけどね!私達から勝手に日常を奪っておいて!軟禁して!ワイト君が死んだら勝手にブチ切れて!なんなのよ!怒鳴りたかったのは私の方なのよ!何が共に国を支えようよ!そんな気微塵もなかったくせに!人が死ななきゃ何もしないわけ!?」
マティスが奥歯をかみしめる。ギリリと、歯を噛み砕かんばかりに。
そして、マティスはユーリィを振りほどき、エリシアに近づいた。
「なによ!やる気!もう国王陛下だからってへりくだったりしないんだから!」
「お前にも見せてやる!地獄を!」
言って、マティスはエリシアの腕に触れた。
エリシアの脳内に前世の映像が流れる。
両親がいて、妹がいて、私は普通の高校生だった。あの日、体調が悪くなって、両親は共働きだし、普通に歩けるからと一人で家路につくためバスにのった。でなければ、学生が昼間にバスに乗ることなんてそうそうない。
マジだるい、と友人にLINEでメッセージをおくって、家に帰って寝て両親の帰りを待つはずだった。あの日の、地獄を、思い出した。
エリシアは蹲り、嘔吐した。ユーリィがエリシアに寄り添う。
「思い出したか…私の苦しみがわかるか?」
エリシアは、ゆっくりと顔を上げる。
「あなた…あのバスにいた…親子のお母さん…」
「…どうしてそこまでわかる」
「まさか…ワイト君は、あなたの…子供だったの?」
エリシアの目に大粒の涙が浮かぶ。
エリシアは左手をさする。あの日の痛みと、泣き叫ぶ子供の声を思い出した。エリシアは、その場で声を荒げて泣いた。
「あああぁぁぁぁぁ」
「陛下…これはいったい」
オキシオが困惑しながらマティスを見る。ラティスも同様にマティスを見た。マティスの言いつけ通り、ただただ見ているだけしか出来ない。オキシオもラティスも歯がゆさを感じていた。
「…ユーリィとエリシア以外は部屋を出ろ」
「しかし陛下、状況が状況とは言え、エリシアは陛下に暴言を吐きました、お三方だけ残すわけには…」
「オキシオ、聞こえたな」
異を唱えたオキシオだったが、マティスは許さなかった。
「御意…ジュナインはどういたしましょう」
「ラティス、お前がジュナインを別邸へ連れて行け。しばらく見張っていろ。オキシオは部屋の外で待機しろ」
「わかりました」
二人は同時に返事をし、行動に移した。
部屋に3人が残る。エリシアは顔を覆い未だに泣いている。ユーリィがその背を優しくなでた。
「エリシア、辛いことを思い出したわね…」
「う…うぅ…」
ユーリィが優しくエリシアを抱きしめる。
「私もあの日バスに乗っていた。企業に勤めるOLで、営業に向かう途中だった。だれもあんな悲惨なことが起こるなんて思わなかった…痛くて痛くて…辛いわよね、苦しいわよね。大丈夫。もう事件は終わったのよ」
エリシアがゆっくりと顔を上げ、ユーリィを見る。
「…目の下にクマがる。頑張って働いてたんですね…」
「どういうこと?」
「ワイト君が、教えてくれました。私の力【守護霊が見える】じゃなかったんです。私が女神様に与えられた力は【前世の姿が見える】だったんです。私が守護霊だと思っていたのは、前世の人の姿なんです」
「何だと」
二人の様子を黙視していたマティスが話に割って入る。
「ワイト君から聞いた時、意味がわからなかったけど、今記憶を思い出して、納得しました。この世界には「前世」という言葉すらなったから…今となっては守護霊より納得がいく。鏡で見た私の守護霊は…前世の私の姿をしていました」
エリシアはマティスに目を向ける。
「あなたはポニーテールの、30代くらいの女性の姿が見えます。ワイト君は、小さくて可愛らしい男の子だった」
「…そうだ…私は、ワイトの母親だった…」
マティスはその場に崩れ落ちる。
「ごめんなさい。そうとも知らず…私、酷いことを…」
「大丈夫よエリシア。あなたは何も悪くない」
マティスは、エリシアとユーリィを呆然と見下ろしている。
エリシアが混乱したおかげか、マティスの方が少し冷静になった。怒りに気が動転して、『傷の戦士』を集めて怒鳴りつけた。
何をしているんだ…。そうだ、犯人以外は皆、自分や息子と同じ被害者だ。記憶を取り戻せばもがき苦しむことになる。そんな簡単なこともわからず、無遠慮にエリシアに触れてしまった。
「すまない、エリシア」
マティスは額を手で覆いながらうつむいた。
「俺は馬鹿だ…犯人を殺すことばかりで、君たちに何の配慮も出来ていなかった…君達のことをもっと、ちゃんと考えていれば、ワイト…結人も…」
「陛下、それくらいで」
顔を上げると、ユーリィが優しい目でマティスを見つめている。ユーリィがマティスに手を伸ばす、マティスがユーリィの前に膝をつくと、彼の頭を優しくなでた。
「陛下もエリシアも何も悪くない、二人ともいい子ですよ」
「君は、何様のつもりだ」
「OL様です」
「なんだそれ」
マティスは久しぶりに、笑った。
外で待っていたオキシオに、エリシアを別邸に戻すよう、マティスは命令する。ふらつきながらも、エリシアは別邸へと戻っていった。
マティスとユーリィは、ワイトの遺体が保管されている霊安室に向かい、横たわるワイトを見下ろしている。
「不思議だな…今は私の息子じゃないのに…まるでこの子を自分で産んだ子供の様に思う…」
「不思議ではありませんよ。ワイトもあなたを「ママ」と呼んでいたではないですか。悲しくて、辛くて当然です」
「…君はいつも、こんな俺に優しい言葉をかけてくれていたな…ずっとそうだった」
「同じ被害者ですもの、私にもわかります。ずっと立ち直れなくて、人に当たって、後悔して、人を傷つけてしまう。でも私は、それでもあなたを許します。今の私、ユーリィは、あなたを支えたいのです」
「あんなに君に対して酷い言葉を浴びせてきたのに?」
「あなたの言葉くらい、どうってことありません」
「どうってことって…かなりひどいことをしてきたと思うけど、もしかしてブラック企業に勤めていた?」
「まぁ…そちらの記憶はあまり思い出したくありません。あの頃を思えば、今は幸せです」
「そうか、あまり聞かないことにしよう」
マティスは苦笑する。
でも、とユーリィは続ける。
「私も、犯人を許すことが出来ません。正直、ワイト君が殺されるまで、前世の記憶なんてなかったことにしてしまった方が良いと思っていました。陛下も昔のことなんて忘れて生きれば良いのにと…。でも考えが変わりました。ワイト君の左手の傷…前世の事件を彷彿とさせるものでした」
「あぁ、私もそう思った。まるであの事件が再び起こるのだと、思い出させてやると、そういわれている気がした」
「ワイト君を殺したのは、あの事件にかかわった者である…前世の記憶があるものと言うことは間違いありません」
私も含め、とユーリィはこぶしを握り締める。
「前世の事件を蘇らせ、陛下の腕の中でワイト君を殺した犯人を、私も絶対許したくありません!」
「私もだ。この犯人からはとてつもない悪意を感じる。犯人がこの状況を楽しんでいるとさえ感じる…必ず捕まえなくては」
マティスは、ワイトに誓う。
「待っていてね結人…ワイト」
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