第四話 再び

 マティスはユーリィからの話を聞いて「そうか」と短く答えた。

「部下の報告とも照らし合わせたが、3人とも出生に嘘はなさそうだな」

 ユーリィ達が別邸で話している間、マティスは部下に命じ、3人の調査をした。見た限り、特に気になる点もない。

「死体を運ぶなら、運び屋のジュナインが怪しいが…薪売りの家に産まれたラティスも可能性が高い。だが、リンゴ農園を営むエリシアも、親の手を借りれば出来ないこともないか…」

「あの…」

 ユーリィはおずおずと口を開く。

「ジュナインに関しては私も、なんというか、嫌な感じを覚えました。しかしエリシアは普通の女の子でした。あの子は人を殺せる子ではないと思います」

「お前の感情論など聞いていない」

「…ごめんなさい」

「今度はワイトの力について聞き出してこい。やつの力も気になる」

「はい」

 本当に、マティスに【“特別な力”の情報を得る】力があれば容易いのだが、あれはマティスがユーリィに言わせた嘘だ。前もって「お前らの情報は見えている」と思わせることで、より正確な情報を得るための嘘だ。

 マティス自身。未だ自分の力が何なの判明していない。もし力に目覚めれば、犯人捜しに少しでも有効になるのに…なぜ自分だけ、とマティスは奥歯をかみしめる。

 それに…今集まった『傷の戦士』の中に、必ず息子がいる。それを探し出さなくてはならない。犯人を殺すため、そして息子と、今度こそ幸せな時を最期まで過ごすため、マティスは18年間、過去の記憶に苦しみながら生きてきた。

 今度こそ、必ず、あなたを幸せにして見せる…と。





 別邸に暮らし始めてから数日、エリシア達がマティスに会うことはなかった。たまにユーリィが顔を出すが、エリシアとジュナインと少し談話をする程度。ワイトは部屋にこもっている。

 この暮らしは息が詰まる、とエリシアはため息をついた。ジュナインは胡散臭いし、ワイトは引きこもってるし、ユーリィとラティスとは話辛いし…。

 ぼんやりしていると、誰かが部屋の戸を叩いた。

「エリシア」

 聞いたことのない声だ。

「突然すまない。オキシオと言う、少し談話室で話をしないか?ジュナインも呼んでる。ワイトは返事がなかったから呼べなかったんだが…」

 オキシオ、確かラティスと同じく、マティスの側近であり『傷の戦士』だったか…。

「ちょっと待ってください、すぐに出ます」

 ユーリィは身支度を簡単に整え、部屋を出る。大柄だが、表情は柔らかく、いかにも良い人、という感じだ。ラティスもそうだが、同じ18歳には全く思えない。もっと大人に感じる。

 部屋を出て階段を降りようとすると、オキシオがスッとエリシアの前に手を出した。

「いや、そんなことしていただかなくても…」

「おっとすまない、女性に優しくするよう育ったものだから」

 手を取って階段を降りることはなかったが、オキシオはエリシアより数段前を下りて、彼女が転ばないか気にかけている。女好き、とかではなく、レディファーストという感じ。育ちの良さがよくわかる。こんなに女性扱いされるのは初めてだ。少しドキドキする。

「やっほーエリシアちゃん」

 談話室で雑に手を振るジュナインとは雲泥の差である。



「いやーしかしオキシオさんって、絵にかいたようないい男ですなー。体格が良くて、強くてかっこいい、権力もあって女性に優しい。さぞやモテるでしょう?」

 3人は談話室で紅茶を飲みながらクッキーを食べている。

「そんなことはない、最近母によく叱られるよ。「剣とペンばっかり持っていないで、少しは女心も勉強しなさい」と」

 オキシオは苦笑いする。

「いやいや絶対モテるって、ねぇエリシアちゃん」

「そうね、ジュナインよりかは」

「何か棘を感じる」

 刺々しく言ってるんだから、感じても不思議ではない。


「そういえばオキシオさんの“特別な力”ってなんなんですか?」

「俺はまだ目覚めてないんだよ」

「あぁ、そういえばここに来た初日に、ラティスさんがそう言っていたような…」

「そういう方もいらっしゃるんですね」

「不便ではないからあまり気にしていないけどね」

 確かに、むしろ守護霊が見えなくなった方が快適に暮らせると思う。『傷の戦士』であることも“特別な力”があることも、不便なことはたくさんある。


 そういえば、とオキシオが話を変えた。

「ワイトは、いつもあぁ言う感じなのかい?」

「あぁ、初日から、俺には全然話してくれない」

 ジュナインがため息をつく。

「エリシアは?」

「私も」

 たまに散歩に出掛けていることは知っているが、交流は全くない。もしかしたら、今も散歩に出ているのかもしれない。


「ワイトに会えなくて残念だが、俺はそろそろ失礼するよ」

「もう?今来たばかりじゃないか」

「こう見えて結構忙しいんだ」

「オキシオさんは陛下の相談役でもあるんでしたっけ?そりゃ忙しいか。じゃあ俺も部屋に戻ろうかな」

「私は少し庭を散歩してくる」

 ワイトの行方が少し気になった。エリシアは立ち上がり、それじゃあ、と二人に軽く挨拶をして別荘を出た。





 見張りの兵士と共に庭に出る。赤い花弁が幾重にも重なった美しい花が咲き誇っている。見たことのない上品な花だ。その花畑の真ん中に、ワイトがいた。

「ワイト君」

「あ、こんにちはエリシアさん」

 心なしか穏やかな表情をしている。

「何て名前の花だろう」

「バラっていうんだよ」

「へぇ、良く知ってるね」

「僕、花が好きなんだ」

「へぇそうだったんだ。男の子なのに、意外だね」

「そうなんだ、男で花が好きな人なんて、僕も聞いたことないけど…見てるとすごく癒されて、幸せな気持ちになる」

 二人は並んでバラを見る。

「バラは他にも白とか黄色があって、どれもきれいな色をしているんだよ。でも気を付けてね、茎に棘があるから」

「本当だ」

「物によっては食用で育てられてるバラもある」

「花を食べるって、なんかお姫様みたい」

 二人の脳裏にユーリィの顔が浮かぶ。まさに花を食べるために産まれたような顔だ。

「というか、ワイト君、めちゃくちゃ流ちょうにしゃべってるじゃん」

「あ、ほんとだ。花のことだからかな、話しててすごく楽しいよ」

 ワイトはほんのり頬を赤くしながら言った。こんな嬉しそうなワイト、初めて見た。

「…ねぇ、ワイト君はリンゴの花、見たことある?」

「白い花だよね、実際にはみたいことないんだ」

「もしここから出られたらさ、うちにおいでよ。リンゴの花って白くて小さくてとってもかわいいんだよ」

「うん、すごく見てみたい」

「小さいころさー花ちぎって蜜吸って、めちゃくちゃ親に怒られたことあったなー」

「ふはは、でも花の蜜って美味しいよね。ヒラドツツジとか僕もやってたよ」

「ヒラ…なんて?」

 二人はしばらく、会話に花を咲かせていた。



 別邸に戻りながら、ワイトはエリシアに声をかける。

「エリシアさん、前に自分の能力が【守護霊が見える】力だって言ったよね?」

「うん、そうだけど、ワイト君も興味ある?」

「いや、そうじゃなくて…」

 ワイトが口を一瞬紡いだが、再び口を開いた。

「それ、違うよ」

「へ?どういうこと?」

「実は僕ね【スキルが見える】力があるんだ」

「スキル?スキルってなに?」

「みんなが“特別な力”って呼んでるもの。人間に元々ある力とか才能じゃなくて、神様に与えられた特殊な力のこと」

「え?待って、それってユーリィ様が陛下に備わってるものだって言ってなかった?」

「うん【“特別な力”の情報を見る】力…。僕と同じだと思う。だから、それを聞いた瞬間、なんだか言いにくくなっちゃって…だって、僕なんかが陛下と同じ力を持ってるって思われたら…比べられたらいやだし、それに、嘘ついてるって罰を受けるかもしれないって思ったら、よけい言えなくなっちゃって…」

 なるほど、ワイトの今までの行動を見ていたら、納得がいく。それは例えエリシアでも言い出し辛いだろう。

「それで、私のスキルが見えたんだね」

「うん、でもエリシアさんが見えてるものを守護霊と思うのは仕方ないと思う。昔から、どんな人も守護霊様が守ってくれるって言われてるもんね」

「それで、私の本当のスキルってなんなの?」

「…耳貸して」

 エリシアは少しひざを折り、ワイトに耳を傾ける。

 ワイトは小声で、エリシアの問いに答えた。

「………何それ?」

「さぁ、僕にもスキルが見えるだけで、どういう意味かまではわからないんだ。それもあって言い出し辛くて…」

「うぅん…わかった。ありがとう、今度ユーリィ様にも相談してみる」

「そうした方がいいかもね。エリシアさん、今日はありがとう。とっても楽しかったよ」

 ちょうど別邸に到着する、扉を開け「それじゃあ、部屋に戻るね」とワイトは自室へと足を向けた。

「ワイト君!」

「何?」

 少し別れたワイトにエリシアは少し声を張って呼んだ。

「あなたはとても可愛い男の子よ!」

「…!」

 ワイトの顔が真っ赤になる。

「そうなんだ…ありがとう!エリシアさん」

「うん、また花の話聞かせてね!」

 エリシアはワイトに手を振る。ワイトも手を振り返した。








 その日の晩のこと、ワイトは一人、兵士に呼び出され、城へと向かっていた。

 エリシアどころか、ジュナインもいない。どうして僕一人だけ…とワイトは小刻みに震えている。

 城の中に入り、しばらく歩く。そして重たそうな扉の前に連れて来られた。

 扉がゆっくりと開く、兵士が「入れ」と言う。ワイトは恐る恐る入る。薄暗い部屋に一人、誰かいる。ソファに腰かけている彼は…マティスだ。

「こ、国王陛下!」

「やっと会えたな『傷の戦士』。さぁ中に入って寛ぐと言い」

「は、はい!」

 ワイトはおずおずと部屋に入り、マティスの正面に座った。低いテーブルには茶菓子が並んでいる。

「腹は減っているか?食べると良い」

「はい」

 答えるが、茶菓子を食べる気分ではない。すぐそこにあるのに、茶菓子まで手が届く気がしない。

 しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはマティスだった。

「君、【スキルが見える】力があるんだって?」

 ワイトの心臓が跳ねあがる。

「ど、どうしてそれを…」

「エリシアと庭に出ただろ、兵士たちを連れて。君たちの会話は逐一報告されるんだよ。盗み聞きするようなことをして申し訳ない」

「いえ、か、かまいま、せん。聞かれて、こ、こ、困るようなことでは、なか、ったですし」

 うまくしゃべられなくなったワイトを見ながら、マティスは目を細める。

「君にはもう見えているのかな?僕のスキルが」

 ワイトは、ちらりとマティスを見て、頷いた。

「だったらわかっているね?僕が嘘をついていたことを」

 ワイトは再び頷いた。

「教えてくれ、僕の力を」

「はい…陛下は【触れた人の前世の記憶を蘇らせる】力が備わっています」

 マティスの眉が動く。

「どういうことだ?」

「僕にも詳しいことまでは…」

 マティスは考えを巡らせる。言葉のまま意味を取るなら。マティスが触れた人間の前世の記憶を蘇らせることが出来る。ということになる。

 マティスは思い出す。8歳のころ、ユーリィの左手に触れた瞬間。ユーリィが記憶を戻したことを…。自分がその能力を発揮した覚えはない。おそらく、自分が意図せずとも、触れた者の記憶が戻るのだろう。自覚がないせいで、今まで自分の能力が判明しなかったわけだ。

 記憶が正しければ『傷の戦士』で触れたのはユーリィだけだ。いや、1歳のころ顔を合わせたオキシオも、知らぬ間に触れている可能性がある。つまりこの二人以外は前世の記憶がないのだ。これは良い情報を得た。

「単刀直入に聞くが、君には記憶がないんだな?」

「そ、そもそも、前世とはな、なん、なんなのでしょうか?」

 そうだ、この国には前世と言う概念がない。

 反応を見る限り、ワイトには記憶がなさそうだ。


 試してみるか、とマティスはワイトに左手を差し出した。

「へ…?」

「触れてみてくれ。確認がしたい」

 ワイトがごくりと唾を飲み込んだ。

「でも、国王陛下にふ、ふれる、なんて、お、おそれ…」

「命令だ。触れろ」

 ワイトは今にも泣きだしそうだ。

 指を震わせながら、ワイトは、ちょん、とマティスの指先に触れた。

 ワイトが目を見開く。そうしてしばらく硬直していた。

「どうだ…見えたか?」

「う、うぅ…」

 ワイトはその場に蹲り、口を押え、嘔吐した。

 ユーリィに初めて触れた時と状況が似ている。間違いない。ワイトは前世の記憶を取り戻した。

「何を思い出した?」

「やだ!やだやだ!痛い痛い!やだ!」

 ワイトが頭を抱え、叫び出した。

「…ワイト?」

「やだやだ!痛いよぉぉ!助けて!ママ!ママ!!」

 マティスは目を見開いた。

「ママ!ママ!ママぁぁ!」

 大粒の涙が床に落ちる。ワイトは叫び続ける。


「結人?」

 マティスの声は、ワイトに届かない。

「結人!」

 マティスは立ち上がり、蹲るワイトを抱きしめた。ワイトはハッと顔を上げる。

「ママ?」

「結人!結人だよね!」

 マティスの目にも涙が浮かぶ。

「ごめん、ごめんね、ママ、あなたを守れなかった…」

「ママ、ママ!ママぁ!」

 ユーリィのスキルを使わなくてもわかる。この子は確かに、自分の息子だ。顔も年齢も違う。立場も状況も違う。年齢は同じだ。だけどわかる。この子は、確かに私の息子だ。

「別邸に置き去りにしてごめんね…早く見つけてあげられなくてごめんね…。これからは一緒に暮らそう。今度は必ずあなたを幸せにする」

 マティスは、泣きじゃくるワイトを強く、強く抱きしめた。





 しばらくすると、ワイトは眠ってしまった。マティスは外に控えていた兵士にユーリィを連れてくるよう命令する。ユーリィはすぐに到着した。隣の部屋で、二人の様子をこっそり見ていたのだ。

「念のために聞くが、嘘はなかったな」

「はい、その子はあなたの息子です。スキルと呼ばれるものが見えることも嘘ではありません」

「そうか…」

 ユーリィはゆっくりと二人に近づく。そして、眠るワイトの頭を撫でた。

「不思議ですね、同じ年のはずなのに、さっきのワイト君は幼い子供に見えました。この寝顔もとってもかわいい」

「そうだな…私にもそう見えた」

「良かったですね。息子さんに会えて」

「あぁ、ここからが始まりだ」

 ユーリィは初めて、マティスの穏やかな表情を見た。出会った8歳のあの日から、一度も見たことのない顔だ。ずっと犯人を恨み憎み、苦しくもがいてきた彼が…。

 今、少しでもこの時が続けばいいと、ユーリィは思っていた。










 その日、ワイトはマティスの腕の中で眠った。昔はよくこうやって、夜が怖いと言う息子を抱きしめながら寝たものだ。一緒に朝まで寝てしまって、家事が何一つ終わっていなくて焦ることもしばしあった。思い出すと幸せなことばかりだ。

 束の間の幸せであった。


 翌朝、ワイトは、マティスの腕の中で、死んでいた。

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