第6話
「エヴァンジェリンさま! わたしにも美肌のお薬をわけてください!」
「わたくしには痩せ薬をお願いいたしますっ!」
「私にはその両方をくださいませ!!!」
ライラさまにお薬を上げた一週間とちょっとあと。
突如わたくしが滞在するオズワルドさまの別邸に、馴染みの令嬢たちが押しかけてきました。
どうやらオズワルドさまの読み通り、ライラ嬢は社交界で盛大にわたくしのことを話してしまったようなのです。
彼女のにきびが治った証でもあるのでそれは喜ばしいのですが、実際問題そう簡単には行きません。わたくしは謝りました。
「皆さま、本当にごめんなさい。お薬をお分けしたいのは山々なのですが、これ以上大々的になると、薬師組合の方々に目をつけられてしまいますの。期待に応えられなくて本当に申し訳ないですわ……」
よよよと泣きながら“薬師組合”を強調すれば、令嬢たちはがっかりしながらも皆大人しく引き下がってくれました。
そりゃあそうですわね、そういう方々に目をつけられたら怖いのは、皆百も承知ですもの。
……でもその中で一人だけ、最後まで残った令嬢がいました。
「ディアナさまは、どうなさいましたの? と言いますか、珍しいですわね。ディアナさまはこういう流行ごとに乗るタイプではありませんのに」
そこに佇んでいたのは、ディアナ子爵令嬢――いえ、今はディアナ侯爵夫人ですわね。半年前に侯爵家に嫁いだばかりの、新婚ほやほやさんなのです。
普段から奥ゆかしく静かな方ではいらっしゃるのですが、今は静かというより身を震わせて泣きださんばかり。
「……ごめんなさい。ご迷惑だとはわかっていたのですが、他に相談できる方がいなくって……」
「気にしないでくださいませ、お友達ですもの。喜んで相談に乗りますわ。さ、このお茶をどうぞ。気持ちが落ち着くジャスミンと蓮の実のお茶ですわ」
ディアナさまをソファに座らせると、わたくしはお茶を差し出しました。
一口お茶を飲んだディアナさまがほっ……と吐息をもらします。それから、静かに口を開きました。
「……私が侯爵家に嫁いで、半年になります」
「よく覚えておりますわ。ディアナさまの花嫁姿、とってもお綺麗でしたもの。……もしかして、婚家で何かあったんですの?」
尋ねると、途端にディアナさまの顔がくしゃりと歪みました。
「……家の皆さまはとても優しいんです。旦那さまもお優しくて……」
「まぁ、とても喜ばしいことですわ。新婚生活は順調ですのね?」
「はい……。でも」
ディアナさまはそこで一度言葉を切り、それから蚊の鳴くような声で言いました。
「……子が、できないんです」
それきり、ディアナさまは黙ってしまわれました。
「まぁ……お子が……。それでずっと悩まれていたのですね」
――嫁いだ貴族女性、とくに上位貴族にとって、世継ぎの誕生は死活問題です。
かく言うわたくしも、王妃になって王太子を生むことを考えただけで胃が痛くなっていたくらいですもの。
わたくしはそっとディアナさまの手に自分の手を載せました。
「でも……ディアナさまはまだ嫁いで半年でしょう? そんなに焦る必要はないのではなくて?」
「いいえ、エヴァンジェリンさま。まだ半年じゃないのです、もう半年なのです」
そう言って首を振るディアナさまの顔は切羽詰まっておられます。
「今はまだ半年と言っていられますが、一年経っても駄目だったら? 二年経っても駄目だったら? ……その時のことを考えると、とても不安なんです」
「まあ……。ディアナさまは慎み深く慎重な方ですが、それはいささか心配しすぎだという気がしますわ。何か、不安になるような心当たりがありますの?」
わたくしが尋ねると、ディアナさまはぎくりとした顔をしました。それから観念したように息を吐きだします。
「……実は、昔から月のものが不順なんです。来たと思ってもすぐ終わったり、かと思ったら二月も三月も来なかったり……。だから子ができない原因があるとすれば、きっと私ですわ……!」
そう言って、ディアナさまはわっと泣き出してしまいました。ずいぶんと思い詰めていたようです。
わたくしは慌てて彼女の隣に移動すると、華奢な肩を抱き寄せました。
「それはおつらかったでしょうね。でも、あなたに原因があると決まったわけではありませんわ。それに、不順でも子を授かった方はたくさんいますのよ」
そう言っても、ディアナさまは「でも」を繰り返すばかり。
しょうがないですわね。見たところディアナさまは著しく自信を喪失していらっしゃいますもの。そういう時、他の方がどんなに慰めても、言葉が届かないことは多々あります。
わたくしは泣くディアナさまをじっと観察しました。
ディアナさま、十八歳。身長はやや高めですが、とにかく細身で華奢な方です。普段からお声も小さく、風が吹けば飛んでいきそうな儚さを持っていらっしゃる方ですわ。
本当はお口の中なども拝見しなければいけないのですが、この方の場合は明らかに虚弱……じゃなかった、“
女性特有の悩みに加え、精神も衰弱していらっしゃるとくると……ここはやはりあれかしら。
「……わかりましたわ。わたくしのお薬を少しお分けしましょう。……ただし、他の方には内緒ですわよ? また押しかけられたら今度こそ組合に怒られちゃいますから」
それからわたくしは応接間を出て、オズワルドさまの元に向かいました。
書斎でお仕事をしていた彼はわたくしを見ると、まるで待っていたかのように微笑みます。
「それで、ディアナ嬢には何の薬がふさわしいと思ったんだい?」
「まあ、なぜそのことを?」
「彼女だけまとっている空気が重かったからね。君が放っておけるはずないだろうなと思っていたんだ」
やっぱりすべてお見通しでしたわね。
わたくしはディアナさまに申し訳なく思いながらも、意見を聞くためオズワルドさまにすべてお話ししました。
「それで、君はどう思う? ディアナ嬢に相応しい薬は?」
「わたくしは……
ライラさまのようにしっかりした体型の方でしたら同じ悩みでも
「うん。さすがエヴァンジェリンだね。私もそれが適切だと思う」
褒めてもらって嬉しくなりながら、わたくしはすぐさま差し出された包みをディアナさまに持っていきました。
薬を見て、ディアナさまが涙ぐみます。
「ありがとうございますわ、エヴァンジェリンさま……! 本当に、なんて感謝したらいいのか」
「いいんですのよ。わたくしはお薬を用意しただけ。もししばらく飲んでも効果が実感できなかったり調子が悪いようなら、またいらしてくださいね。それから、これも持って行ってください」
そう言って握らせたのは、食材とレシピのメモです。
ディアナさまの場合、小豆やナツメ、レーズンにピーナッツなどをおかゆに入れて食すのもいいし、プルーンやドライフルーツをワインに漬け込んで食べるのも滋養強壮効果が見込めるんですの。
「ディアナさま、帰りの馬車でも涙ぐんでいらっしゃったわ。お薬、助けになれるといいのですけれど……」
馬車を見送りながら、わたくしは呟きました。
ディアナさまも侯爵夫人ですから、きっとわたくしの所に来る前に相談した医師も多いはず。けれど、わたくし同様いい手立てが見つからなかったのでしょうね……。
わたくしは漢方を飲み始め、ここで養生生活を送るようになってから驚くほど胃痛は減っていました。この国の医学を否定する気は全くありませんが、同じような人たちに、手段の一つとして漢方を堂々と提示できたら……。
ついそんなことを考えてしまい、ため息をついてしまいます。
それから、オズワルドさまの書斎に向かいました。
「あの、今回もありがとうございましたわ。……そ、その、お礼を、しなければと思っているのですが……」
いつも通り、平静に。
そう思って口を開いたのに、声が上ずってしまいましたわ。
だって前回同じことを言った際には、その、髪にキス、されてしまったんですもの。今回だって、何があるかわからないでしょう!?
わたくしの気持ちに気づいたのか、オズワルドさまはにこりと笑いました。
「それなら、今度は頬に口付ける権利が欲しいな」
ぼんっ! と一瞬にして、わたくしの顔が赤くなりました。うう、そんな予感はしていましたけれどやっぱり……!
こうなったら目をつぶってやりすごさなければ!
わたくしがぎゅっと目をつぶって待っていると、頬にオズワルドさまの指が触れました。大きな手がさらりとわたくしの髪をかきあげ――それから耳元でささやかれました。
「――返事がないけど、構わないということかな?」
低く、甘い声。全身にぞくりとしびれが走ります。
あああ! そんな声でささやくなんて反則ですわ! 思わずビクンッてしちゃったのが猛烈に恥ずかしいですわ!
わたくしが返事の代わりにコクコクとうなずくと、くすりと笑う声が聞こえ、それから頬にやわらかな唇が触れました。
ああ、わたくし、もう何も悔いはない……じゃなかった! 淑女たるもの、喜んでいる場合じゃなかったです!
「そそそそそそれではあたくし、部屋に戻りますわねっ!」
動揺しすぎて“あたくし”なんて言ってしまいましたわ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます