第5話

「まさかライラさま、もう手を出してしまったとか……!?」

「いえ、さすがにまだ。……でもエヴァンジェリンさまが助けてくれないなら……」


 なんて言いながら子うさぎのようにチラッとわたくしを見つめてきます。……これは哀れみを誘っているようで、ちゃっかり脅してきていますわね。ライラさま、いい根性をしています。


 わたくしはため息をつきました。


「はぁ……仕方ありませんね。ライラさまには負けましたわ。とりあえず、オズワルドさまに聞いてみましょう」


 ついでに、その“魔法の薬”とやらもオズワルドさまにチクって……じゃなくて、報告しなきゃ。そんなことを考えながら、わたくしはオズワルドさまの書斎に行きました。


 話を聞いたオズワルドさまがにっこりと微笑みます。


「なら、エヴァンジェリン。君がライラ嬢にどの薬がいいか決めてあげるといい」

「わたくしがですか!? 無理ですわ、全然知識が足りませんもの!」


 わたくしはあわてて拒否しました。

 けれどオズワルドさまはゆったりと構えたまま動じません。


「今の君なら、ライラ嬢に必要な薬がわかるはずだよ。私も隣で見ているから、まずは思うようにやってみるといい」


 オズワルドさまの言葉に、うず、と抑えていた好奇心が騒ぎ出します。

 勉強の成果を実際に活用できるのって、考えただけでときめくことなんですのよね……。おまけにオズワルドさまもついていてくれるから、間違えても訂正してくれるはず……。


「ね、エヴァンジェリンさまお願い! もう本当に手立てがないの!」


 そう懇願されて、わたくしはついにうなずいてしまいました。


「わかりましたわ。わたくしがライラさまのお薬を見立てます」


――決意したわたくしは、すぐにライラさまを座らせるとじっくり観察します。


 ライラさま、十七歳。体型は中肉中背で背筋はまっすぐ。目はきらきらと輝き、若木のような健やかさを放っています。


 それから口の中を診たり、お腹を触ったり。あとは普段の生活などについてもお聞きします。舌は綺麗なピンク色で、お腹も……うん、硬いですわね。


「ライラさま。もしかして汗をかきやすかったり、のぼせやすかったりはしませんか?」

「えっ、よくわかりましたわね。そうなんです、すぐ顔が赤くなってしまうんです」


 それを聞いて、わたしくしはにっこり微笑みました。


――これで材料は大体そろいました。


 ライラさまのお悩みはにきび。そしてライラさまの体質は“”ですわ。


 そんな彼女にお薬を出すとしたら、これが一番だと思います。


「でしたら、ライラさまには清上防風湯セイジョウボウフウトウがぴったりだと思いますわ」

「セイジョ……封筒?」


 ライラさまが不思議そうな顔で聞き返します。わたくしはうなずきました。


「はい。簡単に言うと、コガネバナの根っこを主にしたお薬ですわ。体内の熱を逃がして、炎症を抑える。ライラさまにぴったりのお薬だと思います」


 漢方の大きな特徴の一つに、“症状だけではなくその人の体質に合わせて決める”というものがあります。


 例えばライラさまのように、活気に満ち溢れて体力がある方のことを“実証じっしょう”と分類して、“実証じっしょう”の方に相応しいお薬を処方するんです。……まあ正確には陰陽いんようやら五行ごぎょうやらいろいろあるんですけど、ややこしいので今回は簡略化していきますわ。


 逆に、見るからになよやかで線の細い方は“虚証きょしょう”と呼ばれ、同じにきびでも胃腸の弱さを考慮したお薬が選ばれるんです。


 ……そうですわよね!? オズワルドさま?


 わたくしが心配そうに彼の方を見ると、オズワルドさまはにっこりと微笑んだまま、包みを差し出しました。そこには“清上防風湯セイジョウボウフウトウ”と書いてあります。


 どうやら、わたくしが見立てた薬は合っていたようです!


「エヴァンジェリンさま、ありがとうございます! お薬はなんかうさぎのフ……じゃなくて、独特の見た目ですけど、頑張って飲みますわね!」


 でかけた言葉を、ライラさまは慌てて呑み込みました。

 うん、まあそう見えますわよね。気持ちは痛い程わかりますわ。


「二週間くらいで効果が出てくるはずですが、一ヶ月経ってもだめな時はまた相談しましょうね」

「はい!」


 薬の包みを抱え、目を輝かせてライラさまは意気揚々と引き上げていきました。

 その馬車を見送りながら、わたくしはオズワルドさまに話しかけます。


「お薬、ちゃんと効いてくれるといいのですが……。オズワルドさまもありがとうございますわ。今度、お礼をさせてくださいませ」


 実はわたくしのお薬もなのですけれど、オズワルドさまには一切お金を払っていないのです。


 というのも、金銭が絡むと法律やら薬師組合やら、色々筋を通さないといけない部分が多いんですのよ。


 だからわたくしたちが薬をやり取りするときもあくまで趣味として、嗜んでいる程度に抑えなければいけないのです。


 お礼ももちろん、お金以外のお品をお渡ししてきました。贈り物の範疇はんちゅう、ってことですわね。


 今回の贈り物は何がよいかしら? ボタンやピンなど、殿方が身に着けるものはひととおりあげてしまったし……。


 なんて悩んでいると、オズワルドさまがスッ……と一歩近づいてきました。それからわたくしの髪をさらりとすくいとったのです。


「それなら、君の髪に口づける権利をもらいたいな」


 言って、返事も待たずにオズワルドさまがわたくしの髪に口づけました。


 亜麻色の髪にゆっくりと落とされる、オズワルドさまの唇。

 その横顔は繊細で美しく、伏せられたまつげから覗く瞳は紫水晶のよう。


 ちゅ、と聞こえる濡れた音に、わたくしの顔が一瞬で赤く染まりました。


「な、なな、なっ……!」


 威力が反則ですわ!!! 刺激が強すぎて法に引っかかりますわ!!!


 髪に口づけされただけなのに、まるで自分が愛撫されているのを見ている気分になってしまいましたわ!?


 美形の威力、恐ろしい……!


 動揺するわたくしを見て、オズワルドさまが手で口を押さえて笑っています。


 たまにこういう茶目っ気を発揮されるのは知っていましたが、今のは大変心臓に悪いですわ……! すぐにでも動悸を鎮める漢方を飲まないと。えーとえーと、何だったかしら!?


「ふふ、からかって悪かったね。君があまりに可愛いものだから、つい気持ちを抑えられなかった」

「かか、可愛い……!? お、オズワルドさま、こんな方でしたっけ……!?」


 次々と飛び出す甘い台詞に、わたくしが酔ってしまいそうです。必死に手でぱたぱたと風を送っていると、オズワルドさまが「そういえば」と口を開きました。


「ライラ嬢には何も口止めをしなかったけれど、大丈夫なのかな?」

「え? 大丈夫とは?」

「いや……ライラ嬢が君に漢方をもらったと社交界で言いふらしたら、もしかしたらお客さんが殺到しないかなと思って」

「えっ」


――そしてその言葉は、すぐさま的中することとなったのです。

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