第54話 少年と情報交換

 九条菜々花ボクは、学園祭の準備を抜け出し、國枝彩希さきねぇが入所していた児童養護施設にやって来た。


 昔からあった公民館を改装したようで、決して綺麗とは言えないが、立派な建物だ。芝生の庭には、ちょっとした遊具が置いてあった。


 ボクは自転車を停めると、恐る恐る玄関へ入った。


 真正面のホールの壁には、子供達の描いた元気な絵が沢山並んでいた。


「あのぉ、すみませ〜ん」


「はーい」


 事務室から、女性の職員さんが出て来て対応してくれた。


「3~4年前、こちらに國枝彩希くにえださきさんって方、いらっしゃいましたでしょうか?」


 職員さんは、頬に指を宛てがい小首を傾げた。

 しかし、直ぐにボクのおバカな質問を理解してくれた……


「あー!倉科彩希くらしなさきちゃんね。今はさんね」


(そっか……國枝は養子縁組の後だった。恥ずかしい……。彩希姉ぇは、倉科さんだったのかぁ)


「その彩希さんのことで聞きたいことがあるのですが……」


「ごめんなさい。あなたはお友達のようだけど、個人情報は教えられないのよ」


「あ、そうですよね!なんかすみませんでした!」


 ボクは、赤面しながら頭を下げて玄関を出た。


 そこで、ある女性とすれ違う。


 着物が似合う、上品な中年女性が施設へと入って行った。


「こんにちは」


「あら、静江しずえさんいらっしゃい!みんなー、國枝のおばさんが来たよー!」


(國枝!……彩希姉のお義母さん?)


 子供達は、その女性に駆け寄った。


「こんにちは。お菓子を買ってきたから皆で召し上がりましょう」


(す、すごく上品で優しい笑顔だ。彩希姉ぇが言ってた冷たいイメージとは違うなぁ……?)



 学校へ戻ろうと、自転車に鍵を差した時だった。


「おーい、自転車のお姉さん」


(ん?)


 建物の影から、少年が小声で手を振っていた。


 ボクは、少し警戒しながら少年の元へと行ってみた。

 少年は、キャップのつばを後ろにして被り、太い眉毛で力強い眼差しをしている。


「お姉さんは彩希姉ちゃんの……子分?」


「こ、子分……というか、妹分かな」


 少年の、唐突で的を射たような質問に、ボクは思わず苦笑いを浮かべた。


「そうなんだ。あのさ、チビ姉さんの知りたい事を教えるから、現在いま 彩希姉ちゃんがどんな感じか教えてくれよ。情報交換だ」


(ち、チビ姉さん……)


「まあ、いいけど……」


「よし!交渉成立!俺は青山あおやまタケル、中学2年生。中学を卒業したら働きに出て、彩希姉ちゃんと結婚する男だ!ヨロシクな!」

 タケルは、大きな目をキラキラさせて


(彩希姉ぇはモテるなぁ……)


 ボクは、驚いて口角がヒクついた。


「あ、よろしくッス!ボクは九条菜々花。彩希姉ぇは、今 高校3年生で生徒会長をやっているよ。抜けているところもあるけど、友達も沢山いて充実した生活してるよ」


 タケルは、顎に手を当て眉を八の字にした。


「ほうほう……で、まさか彼氏とかいないよね?」


「か、彼氏……。まあ、いないけど。モテますよ、彩希姉ぇは」


「まあ、俺よりイイ男なんていないのだろう」


 タケルは、自信たっぷりにニヤリと口角を上げた。


「で、チビ姉さんは何が知りたいんだ?」


(いや、菜々花って名乗ったのに……まあいいけど)


「昔、ここで彩希姉ぇが事件を起こしたと聞いたんだが、その事を知りたい」


 ボクの真剣な眼差しに、タケルもふざけるのをやめ、笑顔が消えた。


 そして、ゆっくりと口を開いた。



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