第53話 國枝家

 校内は学園祭の準備で賑やかになっていた。


 特に委員会長にして、生徒会長の國枝彩希くにえださきは、大忙しでアタフタしていた。


「委員長、屋台のタープ足りませーん」


「それなら、旧校舎跡の倉庫にあるから、男子に持ってきてもらってね」



「おーい國枝、この機材って体育館でいいの?」


「あ、待って!それは九条くじょうさんのお父様が着色して下さるので、中庭へ運んで」



「彩希先輩、保健所から申請された用紙って徳山とくやま先生でしたっけ?」


「そうよ、受け取ったら屋台の見える位置に飾ってね」



 そんな感じで忙しい中、九条菜々花ボクは空気を読まず登場した。


「彩希姉ぇお疲れ様!少しだけ休憩しない?」


 ボクは、自販機で買ってきたスポーツドリンクを手渡した。


 彩希姉ぇは、微笑み頷いた。


 ボク達は、誰もいない静かな屋上へ上がった。


 北風が首元を撫でて通り抜けた。


「うぅ〜、寒い……」


 ボクは、堪らずブルブルと身震いした。


「彩希姉ぇはあっちもこっちも大忙しだね」


「そうね、でも皆楽しそうに準備してくれて嬉しいわ」


 彩希は、スポーツドリンクを喉を鳴らして飲み、渇ききった身体を潤した。


 風は少しだけ心地よくなり、彩希の疲れを少しだけ癒した。


 少し間を置いてから、ボクは気になっている事を……彩希姉ぇの顔色を伺いながら尋ねた。


「あのさ、九条竜之介パパに聞いたんだけど……彩希姉ぇって……その、あの……児童養護施設出身……なの?」


 彩希姉ぇは、遠くを見つめて答えた。


「うん、そうなの。私は、母子家庭で育ったんだけど……私が5才の時に母が自死してね。確か、親戚のお世話になる予定だったのだけど、結局 施設で生活する事になったの」


 ボクは、自分から質問したのに、何と返答したらいいか分からず、まごついた。


 それを察したように、彩希姉ぇは話を続けた。


「それで、中学校入学に合わせて、國枝くにえだ家に養子に貰われたの。施設に迎えに来てくれたお義母かあ様は、着物が似合う美人で、笑顔がとっても優しくて、繋いだ手はとっても温かくて……私は幸せな気持ちになったのを覚えてるわ」


 ボクは、彩希姉ぇの話を傾斜して聞き入った。


「國枝家に着いて最初に案内されたのが、私の部屋よ。生まれて初めて自分の部屋を持てたの。ベッドと机にクローゼット、そして壁一面の本棚には沢山の本が並んでいたわ。私が読書が好きということを施設の方に聞いて、お義母様が用意して下さったの。私は、とても舞い上がったわ。」


 ボクは、まるでひとつの物語を聞いているようにワクワクしていた。ところが……ここから話の流れが一変する。


「ある日突然、お手伝いさんが辞めてしまったの。理由はわからない。その日から、お義母様は笑顔を見せなくなったわ。そして、今までお手伝いさんがやってきた仕事を全て私にやらせるようになったの。炊事、洗濯、掃除といった当たり前の事、それに礼儀やマナー……これは格式高い國枝家ならでは。でも、ショックだったのは、お義母様が私を避けるようになったことよ。会話は勿論、挨拶も、目も合わせてくれなくなった……私が、これらのことを上手く出来ないのが原因なのかと、自分なりに一生懸命にやってはみたのだけど……」


 彩希姉ぇは、沈んだ顔で苦笑いを浮かべた。


「そ、そうなんだ。お義父とう様はどんな方なの?」


 ボクの質問に、彩希姉ぇは表情を曇らせた。


「菜々ちゃんだから話すけど、お義父様は……鬼畜よ」


「え……?」


「お義母様が、お茶会や買い物などで家を空ける時、必ずお義父様の部屋に呼ばれるの。私の身体は彼の玩具……好き放題に遊ばれる。そして、彼の言うがままのコトをする……私は薄汚いけがれた女なの」


「そんな……お義母様や警察に話すべきよ!そんなの、絶対に許されないよ!」


 ボクは、涙目で訴えた。


「それはダメ!絶対にダメなの!私の育った児童養護施設は、國枝家の融資で成り立っているの。もし、そんなことが発覚したら融資も止まって、私の施設の仲間達が行き場を失ってしまうの!だから……私が我慢してればいいだけ……それだけよ……だから、ね?……菜々ちゃんもこの話は心の奥底に閉まってちょうだい」


 彩希姉ぇは、悲愴な顔を隠すように笑って見せた。


 ボクは、子供のように泣きじゃくった。

 ボクが彩希姉ぇを励まさなければいけない事なのに、涙を止める事が出来なかった。


 彩希姉ぇは、ギュッと抱き締めてくれた。

 ボクは、甘くて優しい匂いに包まれた。


 暫くして、屋上の扉が開いた。


「あー、こんな所にいた。彩希、徳山先生探してたよ!早く来なー」


 彩希姉ぇのクラスメイトが迎えに来た。


「わかった、今行くね!じゃあ菜々ちゃん、またね」


 ボクはひとりになると空を見上げた。

 雲はゆっくりと形を変え流れて行く。


 (そういえば、パパが言ってた彩希姉ぇが施設で起こした暴力事件って、何?とても信じられないよ)


 ボクは、居ても立ってもいられなくなった。

 駆け足で階段を降り、昇降口で靴を履き替えた。

 キョロキョロと辺りを見回すと、クラスメイトを見つける。


和泉いずみちゃん、ちょっと自転車貸して!」


「いいよー、鍵着いたまだからー」


「ありがとう!」


 自転車置き場へ行くと、重なり合った自転車にイラつきながら、和泉ちゃんの自転車を引っ張り出し、校門を出た。


 ボクは、児童養護施設に向けて自転車を走らせた。










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