第55話 彩希の起こした事件

 

 児童養護施設ここでは、男女それぞれ(公民館の時に会議室だった)広い部屋に、ベッドと机がひとり一組、それがひと部屋に十数組置いてある。

 21時で消灯されるが、まだ眠るには早い小学校高学年や中学生は、卓上ライトの小さな灯りで、本を読んだり、勉強をして過ごす。

 23時を過ぎると、当直の職員が巡回して来る。それを合図に皆、ベッドに入る。


 4~5年前、國枝彩希くにえださきは、この施設で年長者、皆のお姉さん的な存在だった。


 彩希は、毎晩トイレへ行く為、夜中に目を覚ます。

 たまに、保健室の明かりがほんのり点いている事がある。

 今まで、特に気にも止めていなかったが、当直がいつも同じ男性職員の時だと気が付いた。

 

 おかしいと思った彩希さきは、寝室を見回った。

 すると、小学校低学年の男の子が一人いない。

 ベッドから落ちたのか?と確認したが、やはりいない。

 彩希は、もしやと思い明かりの点いた保健室をそっと覗き込んだ。



 彩希は、全身に虫酸むしずが走った。


 なんとおぞましい事か、その男性職員はベッドの上で、小学校低学年の男の子に悪戯いたずらをしていたのだ。


 彩希は、我を失った。

 ペン立てに入っていた、先の尖ったハサミで職員に襲いかかった。



 大声で叫びながら、何度も何度も男の背中を刺した。


 血しぶきが舞い上がり、ベッド回りのカーテンは、真っ赤に染まった。


 男の子も、返り血を浴びガクガクと震え怯えていた。


 その後、男性職員は入院した。

 命に別状は無かった。

 そして、退院後 警察に出頭することを約束した。


 しかし、男は退院間近に病院の屋上から飛び降りて自死した。


 被害にあった男の子は、トラウマを抱え精神病棟で過ごすことになった。


 人助けとはいえ、過剰防衛をしてしまった彩希だったが、施設の職員や仲間達の温情で、警察沙汰にされる事はなかった。




「……まあ、そんな感じだ」


 青山あおやまタケルは、少し伏せ目がちに話してくれた。


 九条菜々花ボクも、自分の知らない彩希姉ぇに少し動揺したが、自分が同じ立場だったら……と、考えると頭の中にモヤがかかった。


「ありがとうタケル君、色々知ることが出来て良かった!」


「おう」


 タケル君は、少し恥ずかしそうに笑った。


「あ!俺も國枝くにえだのおばさんからお菓子貰わなきゃ!じゃあな、チビ姉さん、彩希姉ちゃんを頼むぞ!守ってやってくれよな!」


 タケル君が出した小指に、ボクは自分の小指をギュッと絡めた。



 

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