第50話 パパの説教

 夜風が窓をカタカタと揺らした。

 九条菜々花ボクは、関瑠羽太るぅちゃんが帰って来たのではないかと、何度も覗き込んだ。

 いるはずも無い……ましてや何度かけても電話は通じない。


 真っ暗な部屋の小さなベッドの隅で、膝を抱え込み鳴らないスマホを見続けていた。


 ボクは、ふと思った。あそこへ行けばるぅちゃんに会えるかもしれない。


 もう外は真っ暗闇。

 竜之介パパとの約束を破って出かけるのは心苦しいが、動かずにはいられなかった。


 ボクは、自転車を飛ばし向ケ丘むかいがおかの見晴らし台へと向かった。


 夜の風は冷たく、胸元から入り込む風に身体を震わせた。


 坂道がキツくなると、自転車を降りて引っ張った。

(普段、この坂道を自転車で登っているるぅちゃんは凄いなぁ。やっぱ男の子って感じだ)


 坂道を登りきると、荒れた息を整え自転車を停めた。

 自動販売機の明るさに目を細めた時、街を眺める人影が見えた。


「るぅちゃん!」


 思わず声をかけた。


 掛け声に気づいた人影が、こちらへ近づいて来た。


「あれ?九条さん?」


 人影は、喫茶店のマスター濱田さんだった。


 ボクは、慌てて挨拶をした。

「あ、こんばんは。あの、その……」


 濱田さんは、ニッコリと微笑むと自動販売機で温かいお茶を買ってくれた。


「瑠羽太のことだろ?俺もまだ連絡がつかないんだ。アイツはさ、何にでも一生懸命なんだ。いつだって全力だ。今は事情があって姿を消したのだろうけど、必ず戻るさ。俺との約束、そして……九条さんとの約束があるしな」


 濱田さんは、笑顔でボクの肩に優しく手を置いた。


 そうだ!ボクもるぅちゃんを信じるだけだ!



 帰宅すると、パパは怒っていた。

 約束を破り、自らを身の危険に晒したからだ。


 パパは、怒って声を荒らげるようなタイプでは無い。

 静かに、さとすように言い聞かせる。

 ……けど、今回は違った。

 怒鳴ることは無くとも、気持ちを全面に出して怒った。


 ボクは素直に謝った。

 濱田さんに会い、家の前マンションまで送って貰った事を伝えた。


 ……それから、今日起きた恐ろしく悲しい事件の事を話した。

 ボクは、幼子のようにパパに抱きついて泣いた。


「またか……それは可哀想に」


 パパは、ボクを優しく抱きしめ、頭を撫でてくれた。


 それから、ミネラルウォーターを冷蔵庫から持ってきてくれた。

 ボクは、ひと口飲むと心を落ち着かせた。


「それは辛い思いをしたね。パパも心が痛むよ。もしも菜々花が……と、思ったら頭がパニックになってしまう。立て続けに女の子が無惨に殺されている。早く、元の平和な街に戻って欲しいよ」


 パパはそう言うと、煙草を持ってベランダへと出て行った。




 パパ……



 パパ……



 パパ……



 ボク、友達って……



 ひと言も……



 言ってないよ?






 黒崎守は、帰宅して熱いシャワーを浴びた。

 ベッドへ入ると、サイドテーブルから充電していたスマホを手に取った。

 そして、メールを一件打った。


 ぼんやりとしたスマホの画面に写り込む、黒崎の口角は上がっていた。





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