第43話 瑠羽太の珈琲修行②

「お、お邪魔します!」


 関瑠羽太オレは、マスターの井上さんに促され、レトロな造りのカウンター内へ入った。

 ここへ入るだけで、身も心も引き締まる。


 オレは、不器用ながらもいつも通り、自分なりのブレンド珈琲を井上さんに差し出した。


 井上さんは、香りを嗅ぐとひと口啜った。


 オレの心臓は、外に音がもれているのでは?と、言うくらいバクバクしていた。


「むっ!こ、これは……」


 眉間に皺を寄せる井上さん……

 オレの心音はピークを超えていた。

 身体にノイズキャンセリング機能が欲しい……。


「瑠羽太君、これが濱田君の教えたブレンドかい?」


「いえ、ボクはただのウェイターなので……珈琲の作り方は勝手にと教わってます」



「ほほぅ。なるほど……で、キミはこれを濱田く……いや、マスターに飲ませたかい?」


「あ、はい。飲んで貰ったのですが、『ほーん』って言われただけで……」


 オレは、苦笑いを浮かべた。



 井上さんは、何やらブツブツ独り言を……?

(アイツめ、そういう事か……)



「あのぉ、井上さんの評価の方を……頂けますでしょうか?」


 オレは、井上さんの顔を覗き込み、恐る恐る尋ねた。


「おお、そうじゃったの。ワシは正直にハッキリ言うぞ。嘘やお世辞は面倒くさいんでな」


「は、はい!」


 オレは、覚悟を決めた。

 どんな評価も受け入れて、井上さんに勉強させて貰う!



「まずは、香りと強めのコクがガツンと来る。ところがその後、酸味と甘味がそれを上手く中和する。そして最後に、ほのかな苦味が口に広がり、後味もスッキリする。……これは、既にされたオリジナルブレンド珈琲じゃよ。そこら辺の喫茶店より格段に美味い」


「……え?……ええ?……えええっ!ま、まじっスか?」


 オレは、宝くじでも当たったかのように驚いた。



「マジじゃよ。もしかして、濱田君に店を継がないか?とか、言われんかったか?」


「あ、はい。言われました……」


「まあ、そういう事じゃよ」


 オレは歓喜した。


「やったぁー!!」


 恥ずかしげも無く、まるで子供のようにジャンプして喜んだ。


「ワシから教えられるのはひとつだけ。コクをほんの少しだけ抑えることじゃ、微調整でよい。コクが強いと、飲む人によってはひと口目で不快感を与えてしまう可能性もあるからの」


「はい、わかりました!」


 オレは、メモとペンを取り出し井上さんの言葉を一字一句漏らすこと無く書いた。


「今どき珍しいの?メモはスマートフォンに出来るじゃろうに?」


 井上さんは、首を傾げた。


「あー、出来ますけど、なんか書いた方が覚えられる気がして……」


「そうか」


 井上さんは、優しい笑みを浮かべた。


「ところで井上さん。今日は休業日ですか?」


「はて?なんでじゃ?ウチは年中無休じゃが?」


 井上さんは、また首を傾げた。


「いや、その……表に看板とか出てなかったんで……(照明暗いし)」


 井上さんは、この界隈かいわいで有名な人なのに何故こんな店を?と、オレは疑問に思った。


「あー、ウチの店はの、9割以上が常連さんなんだよ。毎日決まった人が、決まった時間にやって来るんじゃ」


 井上さんは、白い顎髭を触りながら答えた。


「それで……利益は出るんですか?」

 

 失礼かとは思ったが、つい口が滑った。


「出てるぞ。額は、その月によるがの。経営者としては3流だとは思うが、ワシは利益とか考えてないんじゃ。お客さんに出されたオーダーに、どれだけ近いものを提供出来るか?これが、結果的に利益と繋がると思ってるんじゃよ。甘い考えかのぉ?」


 井上さんは、豪快に笑った。



(これがという事なのか……)


 オレには、まだ理解出来なかった。未熟者って事だ。


「おっ、そうだ!いい事を思いついたぞっ!」


 井上さんは、左のてのひらに右の拳を叩きつけた。






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