第44話 瑠羽太の珈琲修行③
マスターの井上さんは、ニヤリと含み笑いを見せた。
「ワシが教える事はもう無いが、
「お客……様?」
「ワシの客は、ほぼ常連さんと話したな?それに、珈琲一杯に値段がついて無いとも教えたの?正確には最低額がある。『130円』じゃ」
「え?130円って、缶コーヒーじゃあるまいし……」
オレの頭の中は、硬い結び目のようにこんがらがった。
「つまり、ワシがお客さんのオーダー通り 満足のいく珈琲を提供すれば、それ相応のお代を置いていく。口に合わなければ130円を置いて帰るって事じゃよ」
「ま、まじっスか?それで、井上さんは130円だったことはあるんですか?」
「無論……無い」
井上さんは、ドヤ顔で白い
「そこでじゃ!瑠羽太君が、今から来る常連さんの口に合う珈琲を提供出来るかテストじゃ。130円以上のお代を頂けたら合格」
井上さんは、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「よし!やってやりますよ!」
オレは、不安を隠せてない強がりを見せた。
「もうすぐやって来るのは、ランチ終わりのOLさんじゃ。オーダーは、程よい酸味とフルーティーな香り。食後に飲むスッキリした珈琲が好みじゃ」
「わ、わかりました!」
入口のドアが開き、鈴の音が鳴った。
「マスターこんにち……あら?新人さん?」
やって来たのは、色気のある美人OLさんだ。
「実はのぉ……云々。という事で、ひとつ頼まれて貰えんかね?」
「あら、面白そうね。じゃあ宜しく頼むわ、ボウヤ」
OLは、艶のある赤い唇で微笑んだ。
(フルーティーと言えば、ハワイ産の珈琲!豆を低温で浅煎りする事で、酸味とフルーティーな香りを高める!)
「お待たせしました」
(納得の珈琲を淹れる事が出来た!さあ、どうだ?)
「じゃあ、頂くわ」
OLは、その色気のある唇でひと口啜った。
オレは、固唾を飲んで女性の評価を待った。
「うん、美味しい……でも、私のオーダーとはちょっと違うわ。コクが強すぎて胃が荒れそう」
オレは、ガックリと肩を落とした。
「ごめんね、ボウヤ」
OLは130円をカウンターに置くと、ハイヒールを鳴らして店から出て行った。
「カッカッカッ、まあ始めはそんなもんさ」
井上さんは、豪快に笑った。
井上さんに、お客様のオーダーを聞く、そしてメモを取る。
これを繰り返し、繰り返し……
「うーん、美味いけど……違うね」
「キミ……僕のオーダーちゃんと聞いてた?」
「おっ!美味しいね!これはこれで嫌いじゃないよ……でもオーダーとは違うね」
「あー、惜しいなぁ。何か足りないんだよなぁ」
……
……
結局、現在10選10敗、1300円……GET。
「どうじゃね?……自分的に何か課題は見つかったかい?」
「すみません……全くです」
オレは、しゃがみ込んで項垂れた。
「さて、そろそろ最後の客が来る。不動産屋を営む岩田さんの好みは、強い酸味とコク、口に残るような苦味じゃ。まあ、酒の後の口直しなじゃ」
「よし!最後にビシッと決めます!」
オレは、立ち上がり頬を両手で二度叩いた。
「井上さん、こんばんは。いつも遅くにすみませんなぁ」
岩田さんは、オレの珈琲査定を快く引き受けてくれた。
「あっ、その前に……少し岩田さんと話をさせて下さい」
オレのお願いに、井上さんは白い顎髭を触りながら口角を少しだけ上げた。
岩田さんは、不思議そうな顔をする。
オレは、5分程岩田さんと他愛のない世間話をさせてもらった。
そして、自分との戦いが始まった。
(数十種類の豆から選定、抽出はサイフォン式だから12gで。焙煎は時間をかけずに中煎り。そして、微調整をしながら粗挽きで。
後は、サイフォンに煎りたての豆とお湯を淹れて抽出する)
「お待たせしました。どうぞお召し上がりください」
「うん、いい香りだ。では頂こう」
オレに、焦りはない。
(必ず良い評価を頂ける……はず)
岩田は、ひと口啜ると眉間に皺を寄せた。
(え……?ちょっ……まさか、ヤバい?)
「美味いっ!」
岩田が、唸った。
分厚い財布から1万円を取り出すと、カウンターの上に置いた。
「ガハハハッ!兄ちゃん、店出さないか?俺の管理する物件を提供するぞ?」
オレは、有り難い申し出をお断りしたが、それだけの評価を頂けた事に歓喜した。
「どうやら、ワシの課題を理解出来たようじゃの」
井上さんは、嬉しそうにサムズアップをした。
「オレが最初にここへ来た時に井上さんが作ってくれたのは大衆向けのブレンド珈琲です。勿論、極上の。
しかし、井上さんは普段それを作る事はない。提供しているのは、常連さんひとりひとりに合わせた、全てブレンドが違う珈琲……って、事ですよね?」
目を瞑り、オレの話を聞いていた井上さんが大きく頷いた。
「その通りじゃ!……よくもこの短時間でそこまで見抜いた。……ワシは何度か弟子をとったことがあるが、130円に嫌気がさして皆 すぐに辞めていったよ。辞めなかったのはお前のマスター 濱田だけじゃ。まあ、アイツは半年掛かったがの。瑠羽太君、キミには天性の才能がある。直ぐにでも、コーヒーマイスターの資格を取るといい。全く大したもんじゃ」
業界の重鎮 井上さんの言葉に、オレは揺るぎない自信を持つ事が出来た。
井上さん、そしてオレのマスター濱田さんに改めて感謝した。
オレは、深々と頭を下げた。
夕食は、井上さんに回らない寿司をご馳走になり、宿泊するホテルへ戻った。
緊張が解けて、直ぐにベッドへ倒れ込んだ。
(実のある1日だったな)
しかし、そう思ったのは一瞬だけ……。
オレの頭の中は、仲間達の顔で埋め尽くされた。
(明日は、早めに帰ろう)
何時間経っただろう?
オレは、息苦しさと身体の痺れで目を覚ました。
!!
「やぁ、
オレの上に、Dr.ペストが馬乗りになっている!
「テ、テメェ!どっから入った?」
身体を起こそうとするが、痺れと重さで力が入らない。
「そんな事はどうでもいいさ。それより瑠羽太、こんな時に自分磨きの旅とはね……。未来が無くなった仲間もいるというのに、薄情な男だ」
Dr.ペストは、肩を揺らし笑った。
情けない……オレは何も言い返す事が出来なかった。
「畜生っ!お前は一体誰なんだ?本当にオレ達の仲間なのか?」
「どう……思う?瑠羽太は自分自身を疑わないのか?」
Dr.ペストは、右手に持つナイフを見つめながら質問してきた。
「じ、自分……?何言っていやがる?」
(くそっ、身体が全然動かねぇ)
Dr.ペストは、鼻先が触れる程 顔を近づけてきた。
「今 目の前にいるDr.ペストは、お前のもうひとつの顔だったら?幻のように消えたら?」
Dr.ペストの息遣いが微かに聞こえる。
幻なワケ無い!
「うぉおおおっ!!」
「ハァハァハァ……そ、そんな……」
オレが、身体を起こすと……Dr.ペストは消えていた。
そう、幻のように。
「夢だ……夢に決まっ……てる」
RRRRR……
「モシモシ、関です……はい……はい……分かりました」
……行方を
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