第42話 瑠羽太の珈琲修行①


 関瑠羽太せきるうたは、学校が休校の間に『Cafeるしえる』のマスター濱田はまだの師匠が営む、東京の喫茶店へ修行にやって来た。


 身近で起きているDr.ペスト事件が気がかりだったが、学園祭実行委員会のメンバーの後押しもあり、上京を決めた。

 中でも、一番傷心しているはずの神山千春かみやまちはる先輩は、誰よりも温かく送り出してくれた。



(やっと着いたあぁ……遠すぎだろ、東京)


 瑠羽太オレは、初めての大都会にワクワクしながらも、人の多さに圧倒されていた。


(うおっ!危なっ!)


「あっ、すみません!」


 オレは、行き交う人々に戸惑い、ぶつかってばかり。

 それに比べて、大都会の住人はスイスイと人波を掻き分けて行く。


 なんとか券売機の前まで到着したが、路線図はまるでカラフルな迷路のように複雑に絡み合っていた。


 乗り間違えもあったが、何とか無事に目的地のある新宿に辿り着く事が出来た。

 人波に押し出されるように駅の外へ出ると、マスター濱田に書いてもらった地図を出した。


『駅から2ブロック目を左に曲がり、更に1ブロック目をすぐに右へ、そこから1ブロック目を右へ。その並びの3軒目を………』


(ち、地図じゃねえ……文字じゃん。しかもって何だ?海外かよっ?)


 ブツクサ文句を言ってしまったが、あっさりと喫茶店へ辿り着いた。


 そこは、古びた雑居ビルだった。

 あまり人の往来も無く、ビルのテナントもポツポツと空き家になっていた。



(えっと、この外階段を下った所が店か。なんか真っ暗だけど……今日は休業日か?)


 オレは、とりあえず薄暗く狭い階段を下りた。

 すると、木製で黒塗りのシンプルな扉に『喫茶INOUE』という看板が斜めにぶら下がっていた。


 オレは、なんとも言えない不安を覚えた。


(よしっ!行くか)


 意を決して扉をゆっくりと開けた。


 カランッカランッ


 と、鈴の音が鳴る。


 そこは、カウンター席だけの細長い作りの小さな喫茶店で、キャンドル風のシャンデリアが程良い光を放っていた。


 白い顎髭あごひげの小さな老人が、新聞を片手にカウンターの奥に座っていた。


「あのぉ……すみません」


 オレは、恐る恐る声を掛けた。


「いらっしゃい」


 老人は、新聞を畳むと椅子から立ち上がり、こちらへゆっくりと歩いてきた。


「あ、あのオレ……いや僕、関瑠羽太せきるうたと申します……」

 オレは、緊張の面持ちで、背筋を伸ばし挨拶した。


「あー、向ケ丘のね!よく来たね、いらっしゃい。まあ、こっちへ来て座りなさい」


 老人は、にこやかに答えた。


 彼こそが、オレのマスターのマスター、井上いのうえさんその人だった。


「あの……遅れてしまってすみませんでした」

 オレは、頭を垂れた。


「なぁに、気にする事はない。ワシも時間に縛られて生きるのは嫌いじゃ」


 そう言って笑って見せた。


「ワシが、濱田の手解きをした井上じゃ、宜しくの。早速じゃが、ワシのれた王道のブレンド珈琲を飲んでみるかね?」


「は、はい!お願いします!」


 オレは、ワクワクしながら席に着いた。


 井上さんは、慣れた手つきで……しかもものすごいスピードで珈琲を差し出してきた。


「はい、お待たせ」


 白いシンプルなカップに、珈琲の黒色がキラキラと輝き、煎りたての香ばしい匂いを湯気が運んでくる。


「では、いただきます」


 オレは、まず香りを嗅いでひと口すすった。


(おおっ!これはっ……)


 香ばしい匂いが鼻を抜ける。

 フルーティな酸味に程良い苦味、柔らかな甘みと、爽やかなコク……どの味も主張はしないが、それぞれの深みを感じバランスが良い。

 口当たりも良く、後味もスッキリしている!


 オレは、驚愕きょうがくした。


「こ、こんな素晴らしいブレンド珈琲を飲んだのは初めてです!」


「はっはっはっ、そいつは嬉しいねぇ」

 マスター井上は、顔がほころんだ。


 オレの濱田マスターのブレンド珈琲は、良い意味でクセがあるが、井上さんのブレンドは、まさに王道って感じだ。


「じゃあ次は、瑠羽太るうた君のブレンドを飲ませて貰おうかの」


 井上さんの唐突な言葉に一瞬アタフタしたが、早速オレの入れる珈琲を飲んで貰えるなんて、こんな有り難い事はない。


「自分なりに……いつも通り作るので、評価をお願いします!」











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