第24話 二人目の犠牲者

 学園祭実行委員会の面々は、ファミレスから出ると各々帰路に着いた。


 神山桃子かみやまももこは、姉の千春ちはると一緒には帰らなかった。

 コンビニエンスストアに寄ったということもあるが、帰ってからをするまでは、気まずいと思ったからだ。


 真っ暗な夜空がグズついた。

 シトシトと降り出した雨は、次第に強さを増していった。濡れたアスファルトの臭いが鼻につく。

 毎日の通学路も、夜の雨で知らない道に思える。どこか異次元にでも迷い込んだのか……と、恐怖すら感じる。


 (参ったなぁ、ケチらないでビニール傘買えばよかったかなぁ……)

 ずぶ濡れのシャツが肌に張り付いて気持ちが悪い。身体もだいぶ冷えてきた。


 しばらく歩くと、右手に廃屋が見えてきた。そこは、桃子が子供の頃からすたれていて、いつ 誰が住んでいたのかも分からない。赤い屋根には何かが落下してきたような大きな穴が開き、窓ガラスは全て割れている。庭だった所は雑草が生い茂り、腐った木材が何本も積み重ねられている。昼間に見ても、この廃屋だけは、暗く感じる不気味な場所だ。


 桃子は速歩で通り抜けようとした。

 その時、ふと廃屋の影に気配を感じた。じっと目を凝らすと、人影のようなものが浮かんできた。


(うっ!ヤバい!)


 桃子は、直感的に『逃げなきゃ!』と身体が反応し、雨粒を弾いて走り出した。


 黒い人影も走り出す。あっという間に追いつかれると、後頭部に鈍い痛みを覚え、そこからプツリと意識がなくなった。


 どれくらい経っただろうか……桃子は、カビ臭さとホコリで咳込せきこみ目を覚ました。


 朦朧もうろうとしながら辺りを見回す。


 ここは、畳みが敷かれた部屋で、サイドボードには割れた食器がいくつも散らばっていた。ヒビの入った食卓や、破れて綿の飛び出したソファーは、雨漏りでびしょ濡れになっていた。天井からは、雨露を弾く蜘蛛の巣が張っている。


 桃子は、すぐに廃屋の中だと認識出来た。


 その部屋の入口に、先程の人影が立っている。


 は黒いシルクハットに黒のポンチョ、カラスのクチバシのようなペストマスク……


(Dr.ペスト!……やっぱり美井びいじゃなかったのね……)


 桃子は、雨の冷たさと恐怖で身体が震えた。


「あ、あんた……一体何者なの?……何が目的?」


 Dr.ペストは、微動だにせず何も言葉を発さない。

 じーっとこちらを見ている。


 桃子は、隙を見て逃げようと、ゆっくりと立ち上がろうとした……


 カクンッ


「え?何……?」


 桃子は目を疑った。両足のアキレス腱がパクパクと口を開いていた。


「い、いやああああっ!!」


 不思議と痛みは少ない。だが、両足の感覚が全くなかった。


「嫌だ……なんで……なんでこんな事を……」


 ガクガクと怯える桃子に、Dr.ペストは右手に持つナイフをチラつかせ、左手はサムズアップ……Goodサインをしてみせた。


 そして……ゆっくりと近づき、床に伏せている桃子の前でしゃがみ込んだ。


「い、嫌……何をするの?……やめて」


 桃子は、顔を覆い隠すように、震える手をかざした。


 Dr.ペストは、一呼吸置くとナイフを持つ右手を素早くスライドさせた。


 すると、カビた畳みの上に何かがボトボトと転げ落ちた。


 桃子の指の数が……減った。


 ……桃子は


 終わりだ……

 殺されるんだ……


 そして、か細い声で


「……痛い。わ、私を殺すのね?……」


 Dr.ペストは、大きく首を縦に振り、またGoodサインを陽気にしてみせた。

 まるで、このを楽しんでいるようにも見えた。


「お、お願い……せめて、最後に……姉貴……千春ちはるに電話させて……」


 Dr.ペストは、桃子の肩に手を置くと、ゆっくりと首を横に振った。


 桃子は、涙で溢れる瞳をそっと閉じた。


(千春……ごめんね。大好きよ)


 Dr.ペストは、立ち上がると雨漏りでびしょ濡れのソファーまで戻った。

 そして、ナイフを投げ捨てると、ソファーの陰からを出した。

 かなり重たいのだろう……Dr.ペストは少しよろめいた。


 桃子は、目を細めてその様子を伺った。

 Dr.ペストが、何やら紐のようなモノを片手で勢いよく2回引いた。


 すると、室内にオートバイの様なエンジン音が響き渡り、高速回転するチェーンの音が桃子の耳をつんざいた。


「い、いやぁあああっ!誰か、助けてぇえ!」


 桃子の悲鳴とチェーンの音は、虚しくも……激しい雨音にかき消された。


 ……


 ……


 ……



 Dr.ペストは、を終えるとエンジンを切りソレを投げ捨てた。

 代わりにナイフを拾い上げ辺りを見回す。

 そして、ソファーの上に立つと、雨漏りの流水で、ナイフにベッタリと付着したを洗い流した。



 







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