第19話 正体

「さ、彩希姉ぇさきねえを離せ!!」


 九条菜々花ボクは、恐怖よりも先に怒りを爆発させた。


 叫び声を聞きつけ、皆が教室から飛び出して来た。


 そして……絶句した。


 Dr.ペストに、首を押さえつけられ、ナイフを突きつけられて、恐怖に怯える國枝彩希くにえださき……


 ボクは、改めてこの状況に恐怖した。

 しかし、彩希姉ぇの真っ青な顔を見ると、怒りに震えた。


 黒いマスクから何の感情も読み取れないDr.ペスト……


「おいおい、どうなってる?……なんであの野郎が?」


 関瑠羽太せきるうたは困惑していた。


「あ、あれが……Dr.ペスト……」

 他の皆は、初遭遇したソイツの不気味なで立ちに怯えるばかりだ。


「おいっ菜々花!もっと下がってろ!離れるんだ!」


「絶っっ対に嫌だ……!!」

 るぅちゃんの必死の問いかけに、ボクは聞く耳を持たなかった。


「九条!言うこと聞いて、離れなさい!」


 学園祭実行委員会の担当教師徳山杏子とくやまきょうこが叫んだ。


 しかし、ボクは先生の声すら聞こうとはしなかった。


「やいっDr.ペスト!教室側には皆が、こっちの通路にはボクが……挟み撃ち状態でキミには不利だよ、観念して彩希姉ぇを離せ!」


 ボクはDr.ペストを睨みつけた。


 するとヤツは、彩希姉ぇの首元を右腕で締めながら、ジリジリと下がり、壁に背中を付けると左右をゆっくりと見回した。


「お前に何ができる?九条菜々花くじょうななか……」


「……っ!!」


 Dr.ペストは、声を出した。

 マスクでこもってはいるが、低音からして恐らく男だろう……。


「例え敵わなくても、になれば飛びついて転ばすことくらいは出来るよ……」


 ボクは、決死の覚悟で両手を広げた通路を塞いだ。

 皆には、ボクの小さな身体が、まるで大きな壁のように見えていた。


 乙羽野おとわのキリトが腫れ物に触るように語りかけた。


「菜々花、わかった!そっちは任せる……けど、少し冷静になれ……熱いままだと足元をすくわれるぞ」


「うん、わかった……ありがとうキリちゃん」


 ボクは、ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けた。


「チッ……調子に乗るなよ……」


 Dr.ペストは、ボクの気持ちを逆撫でるように、ナイフの刃先を彩希姉ぇの首にチクリと刺した。少量の血が滲み、彩希姉ぇの表情が歪んだ。


 しかし、ボクは微動だにせず、只々ただただDr.ペストを睨み続けた。


 誰もが気を抜けない緊張状態が続く……


(あれ?おかしい……何、この違和感……?)


 ボクは、頭の中に何かが引っ掛かった……


 膠着状態こうちゃくじょうたいが続く……ほんの1~2分の事だろうが、1時間にも2時間にも感じる。


 焦りからだろうか……Dr.ペストが叫んだ。


「いい加減にしろ!九条菜々花くじょうななか!そこをどけ!」


 その刹那……


 彩希姉ぇは、黒いマスクに手を掛けると、力の限り引っ張り上げた。

 ペストマスクは外れ、床に転げ落ちた。


 !!


 あらわになったDr.ペストの正体に、誰もが動揺した。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る