第10話 遭遇

 九条菜々花くじょうななか関瑠羽太せきるうたは教師の車で病院へ来ていた。

 瑠羽太の何針か縫った耳以外は、二人共幸い軽い打撲で済んだ。


「皆、無事に帰ったかなぁ?」

 菜々花ボク不安げな顔をすると、


「何も連絡がないんだ、無事ってことだべ」

 るぅちゃんは、ガーゼで包まれた左耳を掻きながら微笑みかけてくれた。


 そこへ、車を出してくれた教師がスリッパをパタパタさせ戻って来た。


「二人共、親御さんには連絡しておいたから。もう遅いし、帰りも私の車に乗って行きなさい」


「あ、俺は家近いんで歩きまーす。菜々花は送って貰えよ、じゃあまたな」

 瑠羽太は踵を潰した靴に履き替え、ひとりで病院を後にした。



(夜は少し冷えるな)


 瑠羽太は、ブルッと身震いすると、肩をすくませ家路を急いだ。


 向ケ丘公園むかいがおかこうえんを通り過ぎる時、街灯の下に人影を見た。

 それは瑠羽太の方へゆっくりと近づいてきた。俺は少し警戒する。


「よう、耳大丈夫だったか?」

 乙羽野おとわのキリトだった。


「おう、どうした?キリト……少しビビったわ」


 二人は、公園のベンチに座ると、自販機で買った缶コーヒーで身体を温めた。

 キリトはコーヒーをひと口すすると話を切り出した。


「菜々花に何か聞かされたか?」


「ん?いや、特には何も……」

 瑠羽太は首を傾げた。


「やっぱりまだか……本当は明日皆と話そうと思ったのだけれど、瑠羽太には少しでも早く伝えておこうと思ってな……」

 キリトは人差し指で眼鏡をなおした。


「おう……な、なんだよ?」

 瑠羽太は、ソワソワして足を小刻みに動かした。


「実は昨夜この公園でさ……云々」

 キリトは菜々花に起こった出来事と、Dr.ペストについて説明した。


「ポンチョにシルクハットで、カラスのくちばし型のようなペストマスクねぇ……確かに不気味だな……てか、ソイツが菜々花を?……くそっ!絶対ぇ許さねえし!」

 瑠羽太は、コーヒーを飲み干すと、缶を力いっぱい潰した。


「明日その動画を見せて貰うといいよ。遅くに悪かったな。じゃ、また明日」

 キリトは手を振ると、ゴミ箱に缶を捨て公園を後にした。


 瑠羽太は自分が情けなく、また恥ずかしかった。皆が……そして、菜々花がこんな大変な事になっているのに、自分はツッパって勝手に皆を遠ざけていた……。


 皆はそんなことは気にせず、自身に戻る居場所を与えてくれた。温かく迎えてくれた。

 瑠羽太は誓った。必ず犯人を……Dr.ペストを捕まえてやると。


 瑠羽太は、帰ろうとベンチから立ち上がり、ゴミ箱の方へ向かった。

 そして……缶を捨てようとしたその時、後ろから影が伸びてくる。

 危険を察知し、素早く振り向いた。

 そこに立っていたのは、ナイフを振り上げたカラスのくちばし黒マスクのソイツ……Dr.ペストだ!


 ぞくり……


 瑠羽太は、咄嗟とっさに身体が反応し、ナイフをかわした。

 そして、手に持っていた缶を投げつける。

 缶はマスクに当たり、カツンと音を立てた。

 一瞬怯んだDr.ペストだが、すぐに体勢を立て直す。


 瑠羽太は一歩後ろに下がり、拳を構えた。


(コイツが奈々花を……た、確かに怖ぇ……)


 瑠羽太は、身体中からドッと汗が噴き出した。


 Dr.ペストのナイフを持つ革手袋がギリッと音を立てる。


 くるりとナイフを逆手に持ち返ると、一歩前へ飛び出し素早く八の字に振り回した。


 瑠羽太は、大きくのけぞると自販機の裏へと転がり込んだ。

(やばい……やばいやばいやばいべ、コイツは只者ではない。殺される……このまま逃げるか……いや、捕まえられないまでも、正体を知るチャンス……よしっ……一か八か……)


 瑠羽太はゴミ箱に目をやった。

(よし、これだ!行くぞっ……!)


 意を決して飛び出し、ゴミ箱を持ち上げ胸のあたりに構えると、Dr.ペストに突っ込んだ。


「うおおおおおおおっ!!」


 Dr.ペストもそれを胸のあたりで受けると、腰の位置を下げ足を踏ん張る。


 しかし、瑠羽太の勢いに押し込まれズルズルと後退し、足がもたつき勢いよく街路樹に激突した。


 Dr.ペストは脱力し、膝から崩れ落ちた。

 前のめりに倒れたままピクリとも動かない。


 瑠羽太は肩で息をしていた。噴き出した汗を袖で拭うと、荒い息を整えた。


(気絶してるのか?だとしたら顔を見るチャンス……いくか、いけるのか俺?……いってみるか……よしっ!)


 瑠羽太は息を殺し、そーっとそーっと震える手で不気味なマスクに手をかけ……ようとした、その時!


 Dr.ペストはガバッと起き上がり、ナイフを一振りした。

 あまりの速さに、瑠羽太はかわし切れず、刃先が右腕をかすめた。

ぅっ」

 後方に転がり距離をとる。すぐさま立ち上がり構えをとる。

 しかし、すでにDr.ペストは公園の正面口へ向かい走り去っていた。


 黒いソイツは、夜の闇の中へと消えていった。


 瑠羽太は、気が抜けてその場へ倒れ込むと、大きく息を吐いた。

 いつものような喧嘩ではない。初めて命の危機を感じた。


 そう考えると急に怖くなった。


 冷たい風が、瑠羽太の右腕の傷と肝を冷やした。














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