第5話 ペストマスク

 あまりに現実離れした九条菜々花ボクの告白に、皆は耳を疑った。


 少しの沈黙の後、乙羽野キリトキリちゃんが口を開いた。


「菜々花は嘘をつくような人間じゃない。それは皆わかっている。ただ、あまりに現実味がなく皆混乱してると思うんだ。詳しく聞かせてくれるかい?」


「うん、わかった」


 ボクは。夕べの出来事を事細ことこまかに説明した。特に、自分だけ逃げてしまったこと、もしかして助けられたのかもしれないということを涙目で話した。


 皆の顔は青ざめていた。


「そんなことはない!菜々花は間違ってないぞ!逃げて正解だ!無事で良かった!まじで」


 神山桃子桃ちゃんはボクの頭を撫で、優しく微笑んだ。


「てことは菜々花、犯人を見たんじゃん?」


 天音琉空琉空ちゃんは落ち着かない様子で、ワクワクしながら尋ねた。不謹慎だが、が大好きなのだ。


「うん。十数秒だけど、動画を撮ったよ!」


「でかした奈々花!」


 皆で顔を寄せ合い、スマートフォンの画面に釘付けになった。

 そこに映った悪魔のような所業は、画面越しでも不気味さや恐怖が伝わってきた。


「ちょっと遠目で分かりにくいけど、もしかして仮面を付けてるかい?」

 キリちゃんは人差し指で眼鏡をなおすと、目を細めて、もう一度再生した。


「うん、してたよ。黒のポンチョを着て、シルクハットを被ってた……」


「ふむふむ、それで?」


 皆、耳を大きくして聞いている。


「黒い手袋にナイフを持ってた……」


「……で、肝心の仮面は?」


 ボクは、人差し指と親指で丸眼鏡を作り、それを両目に充てがうと、口元をタコのようにとがらせて……


「……こーんなやつ」


「それって……じゃん」


 皆は、琉空ちゃんのひと言に、プッと吹き出した。


「違うよ!ひょっとこじゃないもん!もっと怖い仮面だもん」


 ボクは必死に説明するが、皆には面白い顔にしか見えないらしい。


「……あっ!」


 伊集院継治継ちゃんは何かに気がついたようで、パソコンを開きキーボードを叩いた。


「も、も、もしかして、これ?」


 パソコンのモニターをを皆の方に向けた。つぎちゃんが検索したは、まるでカラスとがったクチバシのような黒くて不気味な仮面だった。


 心地よく暖かい天気の中、皆は背筋を凍らせた。


「なるほど、ペストマスクか……」

 キリちゃんがつぎちゃんに確認する。


「う、うん。そ、その通りだよ」


「なんかのアニメのキャラもこれ被ってるじゃん。それで、この仮面は何なんだ?」


 琉空ちゃんが尋ねると、物知りのキリちゃんが語り出した。


「十七世紀のヨーロッパで、ペスト(黒死病)という伝染病が大流行したんだ。あまりにも強い感染力の為、患者を診察する際に医者は完全防備する為に、全身を覆う黒装束にシルクハット、革の手袋、そしてこの尖ったクチバシのような仮面を付けていた。それがペストマスクと呼ばれている。当時はこれで感染が完全に防げると思われてたようだが、実際に感染は防げなかったらしい……」


 皆、真剣に聞き入っていた。


「でも、犯人は何故この格好を?何か意味があるのか?」


 桃ちゃんが不思議そうに腕組みをした。


「いや、意味は無いと思う。恐らくこの格好なら、誰がどこから見てもわからない。防犯カメラに映ったとしても身バレはしないだろうと踏んでるのだろう。それにこんな奴を目の前にしたら、怯えて、向かってくる人もいないだろうしね。」


「確かに……」


 キリちゃんの考察に、皆が深く頷いた。






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