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「清香ちゃんは」ホールの近くにあるカフェで僕は智美にきいた。
「友だちに会ってくるって」
「ピアノを弾いていた女の子、清香ちゃんの友だちなの」
「ヴァイオリンの伴奏の子」
「そう」
「でもね、ヴァイオリンの伴奏っていうと怒るんだって」
そう言って智美が笑っている。
たしかにその昔はヴァイオリン助奏つきのピアノ・ソナタという時代もあったし、
今でもほとんどの外国語表記ではヴァイオリンとピアノのためのソナタだ。
「確かに日本語の表記は誤解されやすいよね」
「でも今日はヴァイオリンの人のほうが上なんでしょう」
「まあね」
「ユウタ君は会社に勤めてるんじゃないの」
そう言って智美は紅茶を一口すすった。僕もティーカップを口もとに運ぶ。
「注目されてるっていっても、まだ駆け出しだからね」
「小さい会場ではマネージャーさん一人だし、それに今日は児島君もいたから」
「こんなときは手伝わないとね」
智美は何回か僕の言ったことにうなずいた。そして何か言いたそうにぼくのほうを見る。
「今日は清香ちゃんに誘われたの」
「それもあるけど、洋子さんのピアノが聴きたくて」
「いっしょにピアノ習ってたんだ。洋子さんは中学の時引っ越しちゃったけど」
その時、洋子さんがカフェに入ってきた。
「ホントに智美なの」
洋子さんが懐かしそうに智美に声をかける。
「ご無沙汰してます」智美は立ち上がって洋子にお辞儀をする。
「良かったです、特にショパンのノクターン第一番。洋子さん、お得意でしたもね」
「ありがとう」
洋子さんはそう言って智美に椅子にすわるよう手で合図をしたあと、僕のとなりにすわった。
「ユウちゃんが好きだった子って智美だったんだ」
洋子さんそう言って悪戯っぽく笑う。
僕は智美の顔をじっと見ていた。
時は流れて 阿紋 @amon-1968
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