「それでその子とはどうなったの」

「その子って」

「あなたが好きだった子のほうに決まってるじゃない」ベッドの上でシーツにくるまりながら洋子さんが僕にきく。

 話すんじゃなかったかな。

「別に何もないですよ」

「そうなんだ」

「今会ったら言えるの」

「実は好きだったって」

「言えるかもしれませんね。その時になってみないとわからないけど」

「多分言えないな」

 洋子さんはそう言って笑っている。洋子さんの言うとおり、智美とはいつになってもそんな感じなのかもしれない。

 洋子さんは裸のまま椅子にすわってピアノを弾きはじめる。ピアノといってもキーボードだけれど。

「ワルツですね」

「わかるようになったんだ」

 いくらなんでも僕だって。

「あたしね、コンサートピアニストになる気なんてなかったの」

「今でもそうなのよ」

「そんなこと言ったって今や若手の注目株じゃないですか」

 洋子さんを二度目に見かけたのは駅前でチラシを配っていた時だった。覚えていたのだろうか僕を見るとにっこり笑ってチラシを渡してくれた。

「小さいところだけれど、来てください」

 ほんとに小さい会場だった。それでも客はまばら。帰るとき洋子さんに呼び止められてお茶を飲んだ。その時僕は子どもの頃聞いたショパンの話をした。洋子さんは興味深そうにその話を聞いていた。

「それでずっとノクターンばかり聴いてるんだ」

「ワルツも聴きなさい。それからほかにも」

「でもよかったですよ、今日の演奏。曲は知らないけど」

 僕がそう言うと洋子さんはうれしそうに微笑んでいた。

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