たーしゃしょーいちろー

エリー.ファー

たーしゃしょーいちろー

「たーしゃっ、たーしゃっ、たーしゃっ」

 なんか声が聞こえる。

 たーしゃっ、と叫ぶ声が聞こえる。

 こんな森の奥に誰かいるのかな。

「たーしゃっ、たーしゃっ、た、たーしゃっ」

 ここは神聖な森だから、私たち森の守りびと以外は誰も立ち入っちゃいけないって、言われてるのに。

 一体、誰だろう。

「たっ、たた、たたっ、たーしゃっ、たたーしゃっ」

 少しずつ激しくなってる。

 この森の空気の影響を受けてるんだ。

 霧が濃いため、影しか見えない。

 たぶん、おじいさんなのかな。

 でも、若々しいパワーのようなものも同時に感じる。

「たたたっ、たたっ、たーしゃっ、たたーしゃっ」

 もしかして。

 もしかしたら、あの人は。

「たーしゃっ、たーしゃっ」

 そうだ、やっぱりそうだ。

 自己紹介の練習をしてるんだ。

 自分の苗字を一生懸命に口に出してるんだ。

 たーしゃっ、たーしゃ、って。

「たーしゃっ、たたーしゃっ、たーしゃっ」

 頑張れ。頑張れ。頑張れ。

 言える。言えるよ。絶対に言える。

 苗字は聞き取りにくいけど、言えてるよ。

 後は、名前だけ。

 名前だけだよ。

 頑張れっ、頑張れぇっ

「たーしゃっ、たーしゃっ、たぁーしゃぁっ」

 いけるよ、いけるよっ。

「たーしゃ、としゅひこです」

「そっちかーーーーい」

 あっ、しまった声が出た。

 気づかれた。

 逃げないと。

 まずい、捕まったら殺される。

 こちらがハッとした瞬間に、抱きしめられたらその勢いでTONIGHTは過ぎ去ること間違いなしだ。

 逃げなければ。

 逃げなければ。

「たっ、たっ、たっ、たーしゃっ、だーじゃぁっ」

 こっちに向かって走って来た。

 この霧の中で方向を間違えずに走ってくるなんてあり得ない。

 どうして、一体、どうしてなんだ。

 そうか。

 耳が良いんだ。

 そんなのは当たり前のことだ。

 なんで気付かなかったんだ。

 もっと、声や足音に細心の注意を払うべきだった。

「たーしゃっ、たーしゃっ、たーしゃっ」

 なんで、あの呼吸の仕方で走れるんだ。

 ずっと空気を吐きっぱなしじゃないか。

 たーしゃっ、のどこで吸ってるんだ。

「たーしゃっ、たーしゃっ、たーしゃっ、たーしゃっ、たーしゃっ」

 駄目だ。

 捕まる。

 殺される。

 誰か。

 誰か助けて。

 誰か助けて。

「そこの君」

 そう話しかけられて横を見る。

 すると、そこには全力で走る僕とは全く違い、涼しい表情で並走する老紳士がいた。

 白髪に鋭い眼光。そして、スーツを身にまとっている。

「スタッフさんだよね。僕、まだタクチケもらってないんだけど」

 本物だぁっ。

 すげえっ。

「ねぇ、タクチケ」

 すげぇっ。

 生で会っちゃったよっ。

「あの、タクチケ」

「すみません、私は局の人間じゃないんですよ。後ろから追いかけてきている方がスタッフなんで、そっちからタクチケをもらってください」

「あ、そうなの」

 私は少し走ってから、振り返る。

 牙をむき出しにして飛び掛かってくるトシヒコ。

 そして。

 それを仁王立ちで迎える背中。

 この勝負、一体どうなると言うんだ。

「たたっ、たーしゃっ、だーじゃあっ、だぁーじゃぁっ」

「タクチケ」

 私は命からがら帰宅した。

 そして、テレビをつけて。

 田原総一朗さんの出演しているテレビ番組を見ることにする。

 議題は、聖なる森に大量発生しているクリーチャーについて。

「僕に似たクリーチャーが多く現れて困ってるんですよ」

 田原さんは笑顔で腕を組んでいる。

 あぁ、そういうことか。

 それなら、色々と安心だ。

 ガイドラインにも則っている。

 間違いない。

 良かった、良かった。

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