雪彦は心配性
「明日から出張で暫く留守にするからな」
帰るなり一狼さんはそう言って、重たげな鞄をドサリと置き、窮屈なネクタイをほどいて椅子に投げた。
「また、一狼さん。何時も言ってるでしょう? 皺くちゃになるって」
つい、煩く言ってしまうのは性分だから。そうでないとこの屋敷はとんでもない事になってしまう。
「ああ、悪いな雪彦」
「あれえ? 雪彦も明日からサークルの合宿だとか言ってたよ」
かんなは、こう言う時だけ妙に鋭いとこを突いてくる。野生の勘と云うべきか。
「そうですか。《奇遇》ですね、一狼さん」
嘘のつくのが苦手な一狼さんに代わって先手を打ったけど、一狼さんは早くも動揺していた。
「そ、そうだな。奇遇だなあ~ははは……」
駄目だ、これでは《嘘》ついてます。って顔に書いてる様なものじゃないか。
「俺様のお茶は一体誰が入れるんだ? そこの娘の入れた物は絶対に飲まんからな!」
よっぽど、前回かんなが入れたお茶が気に入らなかったらしい。ミハイルが口から唾を飛ばして、熱弁を振るっているし、レッドは寝起きのためか、トマトJを飲みながら舟を漕いでいる。
「お茶は……そうですね。インスタントで我慢して下さい」
かんなが入れるよりは、まだマシとミハイルは渋々頷いた。
――あくる日の朝――
「雪彦、もう行くの?」
眠い目を擦りながら、かんなが聞いた。僕はリュックを肩に掛けて言った。
「ええ、後を頼みますね」
玄関で手を振るかんなに笑いかけて、ドアが閉まった途端に走り出した。
流石に一狼さんと一緒に出るのはマズイと思ったので、余裕がある振りをしていたが実は集合時間まで、あと幾らもない。
これで、二日連続で走っているなと思いながら、朝で良かったと思った。
夏の、日中の暑さにはとても耐えられそうにない。
東京の夏は特にそう思う。長野に帰るのも悪くないなと、少しだけ思ったのだった。
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