格好悪い二刀流

@chauchau

嫌いじゃないよ、


 子どもの頃思い描いた大人は、もっと偉大で格好良いものだった。

 なんにでも成れると思っていた。ヒーローは本当に居て、正義はみんなを守ってくれて、綺麗なお嫁さんと可愛い子供に囲まれた立派な父親に成れると思っていた。

 子ども向けアニメのように、最後はみんながハッピーエンドを迎えられると思っていたんだ。


 いたんだ。


 結局。

 俺は俺にしか成れなくて、


 自伝を出す人や、テレビに出られるような人は一握りだけ。

 今日も出社して、上司に怒られながら同僚と悪口を言い合って、そこそこの成果を残して、半年で瞳の色が消えた新人にフォローを入れて、しっかり残業してから帰宅する。

 歯車。歯車。歯車。

 歯車。歯車。歯車。

 俺は歯車だ。


 悪いことじゃない。

 起業する気なんてない。会社に飼われていたい。出社したくない。責任なんて持ちたくない。そこそこの給料があれば良い。

 年相応の地位で、年相応に部下に疎まれて、年相応に上司の顔色をうかがって生きていたい。

 定年になったら会社を辞めて、年金だけで生きていきたい。そのためにも貯金はしないといけない。欲しいゲームもあるけれど、やる時間とやる気力がない。問題は後者のほう。


 盆と正月には帰省する。

 集まった親戚のおっさん共には覇気がないと背中を叩かれる。口答えはしない。適当に誤魔化し笑いをして酒を注ぐ。

 子どもはまだか。嫁はまだかとせっつかれる。愛想笑いで逃避する。


 彼女は居た。

 居ない時もある。


 最近じゃ居ない期間の方が長くなった。

 結婚はしたいけど、したくない。


 子どもの居る友人の話を聞くたびに羨ましいと思うけれど、次の日にはやっぱり面倒くさいと風呂につかる。

 婚活サイトには登録して、二ヶ月で飽きた。まだヤリ目的だったほうがやる気になったかもしれない。


 昔ほど、熱中するものが減っていく。

 代わりに、惰性で続けられるようにもなっていく。


 休みの日には掃除する。

 一人暮らしを始めてから自分に課したルール。いまでは、曜日を確かめる伝統行事。


 一週間分の洗濯物を洗濯機に放り込む。

 水回りに放置系洗剤を垂らす。

 掃除に邪魔な小物をベッドに移す。


 掃除機をかける前に埃を取る。


 もふもふの埃取り。

 意味があるのかないのかしらないけれど、汚れていくだけ意味はある。


 パタパタ。

 パタパタ。


 パタパタ。

 パタパタ。


 ベッドの下にはきっと埃が溜まっている。

 分かった上で見ないふり。あそこは年末だけのお楽しみだ。そう言っておけば罪悪感は薄くなる。


 移し切れていなかった小物もベッドに移す。

 延長コード、なぜここにあるのかリモコン、昨日読んだ本、そして、えんぴつ。


 右手に埃取り、

 左手にはえんぴつを。


 格好の悪い二刀流。

 小学生の頃であれば、すぐさまはじまるチャンバラバトル。俺が武蔵でお前も武蔵。おしゃまな女子が掃除しないと怒るのをうるさいなと悪口を飛ばした。きっと彼女はもう結婚しているだろう。


 ちょっとだけ、

 ちょっとだけ、


 鑑の前で構えてみせる。

 格好の悪い二刀流。


 描いた未来とかけ離れたいまの俺。


 嫌いじゃない。

 嫌じゃない。


 俺は俺を頑張っている。


 馬鹿みたいだと笑ってみた。

 馬鹿みたいには笑えない。


 なんとなく、

 久しぶりに飲まないか。


 友人に連絡を入れてから、

 俺は掃除を終わらせた。

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