第238話 飴
いつもはひとりで歩く、駅からアルバイト先までの道で、友里はまるで、初めて一緒に歩くかのような気持ちになりつつ、15cm背の高い優を見上げた。(神さまが計算され尽くしたみたいな横顔のラインだなあ)とうっとりしていると、ビルの隙間から夕暮れの太陽の強い光が優の背に走る。
高岡に、「自分から話す」と言った、優の言葉が、どんな内容なのか、美しい声で話してくれると思っていた友里は、無言で優を待つ。待つ時間を、大事にしようと思った。
「友里ちゃん、やっぱりわたしが全部悪い。ごめんね」
しかし、優が細かい説明を省いて、すべてを内包して、結論としての謝罪をするので、うぐぐと唸る。「だから、メロメロ大作戦はもうやめてほしい」と優が続ける。優にプルプルと震えるウサギの耳が見えるようで、友里はすべてのわだかまりなどを捨てて、なでなでしたくなる気持ちを持て余した。
「ごめんねより、メロっメロにしたいよ〜」
「もう、充分メロメロだよ。どこまで好きになればいいの?」
優が困ったような顔で友里に言うので、友里はびっくりして優をじっと見た。優が赤い顔で、友里の手をとって、2回、ぎゅうぎゅうと繋いだ。
「伝わった?」
小さく首をかしげて小声で友里に言うので、友里は我慢しきれず、「ユウチャンカワイイ」と鳴いてしまう。友里が「大好きって意味だよ」と言った仕草をしてくる優に、頬を赤く染める。優のそれは、「大好きだから、もう暴走をやめて」という意味だ。
「でもずるい!これはわたしが考えたのに!優ちゃんかわいい!可愛くてメロメロしちゃう!わたしがめろめろにしたいのに!!なでなでしたい!!!」
怒っているような声が出たと言うのに、優がはにかむので、友里は悔しそうに地団駄を踏むつもりで、地面を固く踏みながら歩いた。
優が、友里のアルバイト先まで付き添うので、友里が不思議に思っていると、店内に
「26日にお見舞い、行っても平気?」
「うん、あとで優さんに、時間などを連絡しとく」
駿が友里の連絡先を聞かずにいる状況は、優への気遣いだ。優は、ジャケットを脱ぐと駿の隣に座り、駿がウェイトレスに際限なくメニューを頼もうとするので、全てをキャンセルして、野菜大目のメニューにした。姉弟のように仲良しに見えて微笑ましい。微笑むと、友里はあまり深く考えず、職場へ入って行った。
「あの卓やばくない?」
あまり話をしたことのない、村瀬がくるまでの1時間で新しく入った同僚の女子大生が、仕事をはじめた友里に、駿と優を指差して言う。
「完璧美男美女」
(あっ優ちゃん、女の子に見られたよ!やったー!)と思ってこくこくとうなずくと、駿がA4ほどの大きな茶封筒を、優に預けている様子が見て取れた。ぼうっとそれを眺めていた友里に、同僚が続けた。
「あのくらい美形だと、ふたりでいてくれたほうが、安心するよね」
「どういう意味?」
「ほらあそこに他人とか、自分が入るとさ、宝石店の中のファンシーグッズ的な?私も荒井さんも、かわいいけど、そこじゃないってとこない?」
同僚は作り終えたパンケーキを運んでいく。友里は、優と駿をちらりと見た。ふたりは気付いて、友里に手を振るので、友里は振りかえし、茶色の制服から注文用のハンディを取り出して、ふたりの元へ駆け寄った。
「追加でポテトなどいかがですか?」
「目が合ったから呼んだだけですよ、殿下。でも、それください」
軽薄な風体で、ハーフアップした髪をサッと指ではじきながら駿が言うと、友里が、チベットスナギツネの様な表情で追加の注文を通した。それをみた優は、少しだけ我慢したが、友里が駿の軽薄な態度に対応するために、さらに高岡の真似をしたことに気付いて、我慢しきれず大笑いをした。友里は久しぶりに優の大笑いを見て嬉しくなり、しばらくその顔を維持して優の笑顔を堪能した。優は我慢しようと震えるが、なかなかすぐに止めることが出来なかった。駿が優に対して珍しいものでも見たようになっていた。
「だって友里ちゃんが、ひどい、あはは」
「優さん、笑顔、かわいいっすね」
「!!」
「あ、ダメだよ、駿さん、その話題は」
優が引き留めるが、友里はダッシュで更衣室へ行って戻ってくると、駿にワッペンバッチをスッと手渡した。「YU CHAN KAWAII alliance」と青いフェルトで大きく書かれている。
「優ちゃんかわいい同盟」
駿が読み上げると、友里がサムズアップをする。駿も無言で頷き、高価な茶色い皮のかばんに、それを取り付けた。
「なんで」
「殿下に頂いたので」
「ねえ、ふざけてるでしょ、友里ちゃんの作ったモノが嬉しいだけで、わたしには、ふざけてるよね?」
「そんなことは……」
「友里ちゃんに対する態度と、わたしへの態度が違いすぎるんだよな」
駿は優の態度に、ふくふくと震えて笑った。
「丁度いいですね、これ。優さんにも友里さんにも、忠誠を誓える感じ。姉に見せたら、奪われそうだから、2個欲しいなあ」
駿が言うと、友里はお見舞いに持っていくことを約束した。優は駿を睨みつけた。はあとため息をついて、しかし友里のように姫だの殿下だの言われても面倒だと友里に言うので、友里は、「確かに」と言いながら、職場に戻った。
同僚の女子大生が、友里に近づいてきた。
「あのふたりと知り合いだったの?紹介して!」
友里は首をかしげた。
「でもさっき、自分には似合わないって言っていなかった?無理しなくていいよ」
友里は、宝石のようなふたりに、カワイイファンシーグッズな自分はお門違いと言われたと思っていたので、友里の友達だからと仲良くする必要はないと告げる。
「はあ?そういうんじゃないじゃん!荒井さんが仲良しならさぁ?私だって!」
言われて友里は、駿と優を見た。友里を見ていたらしい、ふたりが手を振るが、注文ではないと思い、手を振るだけで同僚に向き直った。
「仲良しに見える!?うれしい!」
にへっと笑うと、友里は注文ボタンが付いた卓へダッシュで向かった。注文を取り、辺りを片付けていつもより多めに働いていると、先ほどの同僚が、毒気を抜かれたように友里を見ているので、友里は褒められた嬉しさのままに、彼女にも手を振った。一応自分の後輩になるので、仕事をお願いすると、彼女も慌てて銀食器をとりに、働きだした。
「友里ちゃん、わたしそろそろ、予備校へ行くけれど、帰り迎えに来てもいい?徒歩だけれど」
「もちもち!歩いて帰ろうねエ、うれしい!」
メロメロ大作戦中で、駒井家から優と歩いて登校している友里は、自転車を駅に置くことが出来ないが、少しでも長く優といられて嬉しいと伝えられて、優ははにかむ。駿が、会計を払いながら、友里と優を交互に見て、「失恋したばかりの身に堪える」というので、友里は「失恋では、ないじゃん」と言いつつ慰めるように、カード明細のレシートと、甘いものが苦手な優には渡したことはないが、小学生用サービスの飴を駿の手のひらに置いた。
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駿が駅へ、優が予備校へ向かう道すがら、優は紀世の手術が成功したものと思い、お祝いの言葉を告げようとして、駿が小声になるので様子をうかがう。
「実は……友里さんが心配すると、困るので内緒にしてほしいのですが、まだ目覚めてないんですよ」
優が驚いて言葉を失っていると、駿は医者が言うには、2・3日で目覚めるだろうという話だと続けた。駿は多少気落ちした様子で、しばし考え込んでいたが、すぐに紀世とそっくりだが、ふた回り大きな体で伸びをするようにカラ元気を見せた。
「すみません、優さんなら大丈夫かなって思ってました。大丈夫ですからね」
優が心配そうにしているのを悟って、駿は笑顔を作った。
「ごめん、もうちょっと、自分が強いつもりだった」
「いえいえ、姉と仲良くなってたんですね、嬉しいです」
駿が、襟足を撫でながら、言葉を続ける。
「以前、姉が、おふたりに対して失礼なことをたくさんしてしまって、すみませんでした」
駿は、孤独だが、帝王のような紀世の人生こそが、姉の生き方だと思っていたことと、夢や希望、淡い恋や友人を欲しがっていたことなどが結びつかず、未だに戸惑っていることを優に告げた。
「わたしたちは、寂しがりで夢にまっすぐな紀世さんしか知らないから」
優が言うと、駿は少し笑って、しかし今の紀世のほうが好きだとはっきり言った。
「優さん、ふたりのためにできることは、なんでもするよ」
優がほんの少しだけ、申し訳ないように頷いたのを見た駿が続ける。
「命を助けてもらった、優さんと友里さんに幼いころからずっと憧れてきた。でも逢えて、姉のことも、俺のことも、親身になってくれて。友人として、できることはなんでもしたいって思っただけだよ」
ハッとして、優は手を振る。
「説明させて、ごめん」
「優さんには、言わないと、わかんないかなってカンジがしたから」
「そんなに頭かたそうにみえる?」
「自分がこう!って思ったとこにプロテクトかけて、こちらとの相違がある場合には相手の意思は尊重しよう、だが曲げることはないって顔してますね」
「え、ええ……」
優は駿の自分への分析に、少し戸惑ったが、確かにそういう部分が大きいと思い、こくりと頷いた。きっと友里にもそういう部分が出ていて、友里を惑わせているのだろうと反省した。
「ありがとう。自分の悪いところに気付けたよ」
優が反省の様に言うので、駿は大きく歩幅をとって、少しだけ優の前に出て、優に目線を会わせた。
「物事には全部、裏と表があって、良いように働くときと、悪いふうに働くときがあると思っていて。今のは、「俺に迷惑をかけてるかな?!」って優さんが凹みそうだったから、お伝えしただけで、いつでも良いように取ってくれて、いいんですよ」
優よりも少しだけ背の高い、全体的に大きなライオンのような駿は、子どものように微笑んで言った。
「その、バランス感覚、見習いたい」
尾花駿が、話術に長けていたことを思い出し、優は純粋に称賛した。重義航との駿の出来事を思い出す。お互いに想いあっているが、別れることを選択している。(言葉一つで、友人としか思っていない人間に、自分を抱かせるようにも、別れるようにも仕向けることが出来るのだものな……)感心するが、それを口に出すことはしないでいたが、駿が優の心を読んだように、ニコリとほほ笑んだ。
「隙を見逃さないことですよ」
「隙」
「ちょっとした喜怒哀楽で、心が動く瞬間に隙ができるんで、その隙間で、自分ができることを探すんです」
優は、感じ取っても瞬時に対応することが難しい上に、コントロールを悟られて、友里に嫌われないかと不安を覚えた。
「ま、普通はしないから、姉に下僕体質っていわれるんですけどね!?」
駿は、最後に自分を落とすことで、優の不安を取り去るように笑った。
「友里さんと、なにかあったんですか?」
優は思わず駿を見た。隙があったのか?と、「そんなにわかりやすいか?」という言葉が、口から出かけたが、それを問うのも正解を引き当てたと伝えるかのようで、言葉を濁す。
「航の言葉を借りれば、バカップルが、お別れの際に指先を弄ぶこともなかったし」
「そんなこといつもして……ないよね?」
優は赤い顔で、自分に自信が持てず、駿に問いかけた。
「そもそも、俺と待ち合わせ、友里さんに、「どーしたの」ぐらいは聞かれると覚悟していたのに、お会計でも、飴を俺にだけとか?」
「今、わたしにちょっと、怒ってるから」
「友里さんが優さんに、怒るわけない」
「……なんなの、その自信」
駿は友里が駿にだけ渡した飴を、優の手のひらに置いた。
「友里さんの愛情は、全部優さんに」
「──そうありたいよ」
優がため息交じりに言うと、飴を受け取った。駿は笑って、カバンにつけた「優ちゃんかわいい同盟」のワッペンバッジを指さした。
「その全てがかわいいので大丈夫だと思います」
「……同盟に入った人は、すぐにそういうふうになるから嫌だ」
優が、イーっと整った歯を見せて怒るので、駿は目を丸めて驚いたあと、アハハと笑った。
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