第235話 メロメロ大作戦
「だからねっ、優ちゃんに、真の意味で必要とされる人間になりたいの」
「……なんのはなし?」
優の自室、夜22時。自分の手のひらをぎゅうっと握る恋人を、優は首をかしげて、じっと見つめた。はちみつ色の瞳に決意を滲ませて、グッと見つめ返すその様子は、いつも優には計り知れないモノを抱えて光り、そしてそれは大抵、優には覆せない強い決定の光でもあった。
「だって、優ちゃんは淑女で完璧だから、病気がでなければ、本当はわたしがいなくても平気なのに、仕方なくそばにいてくれているよね。わたしが優ちゃんを好きにならなければ、優ちゃんは遠くで見守ってるんでしょ」
優は、ドキリとした。確かに言った言葉だ。思わず、反論もできず友里を見つめた。
「わたし、優ちゃんにいらないって思われるのが、とっても怖いの」
「わたしは、友里ちゃんがずっと大事で、好きだっていつでも言ってるよね。他になにもなくてもいいくらいなのに、それだと友里ちゃんが生きて行くのに支障が出来るから……。どうして?まだ信用できない?そこは大前提で、その先の話なのに」
すこしだけいら立って、しかし、怒鳴るように聞こえるかもしれないと、冷静になったので、優はいつもよりもゆっくりと喋った。舌戦になるのなら、友里に敵うはずもなく、優に活路は見いだせないが、それでも友里に気持ちを伝えておきたかった。優は友里を必要としていると言うより、失うことを怖がっている。
「……」
「友里ちゃん?」
「必要だって思うのは、えっちなことだけかな、って思ってたの」
懸命に建築していた優の思考のビルを、打ち砕くように、赤い顔で友里が言う。優はその衝撃で、体をすこし横に傾けて、「は?」と言った。来世はゴジラになりたいと言っていた友里だが、今、まさに優の思考を打ち砕く怪獣のようだった。怪光線を受けて、怒鳴るというより、悲鳴のようになってしまい、優は声をおさえた。
友里は、そんな優に対して、(淑女……!)という顔で見るので、優は顔をしかめる。ふつふつと恥ずかしさがこみあげてきた優は、あまりにもひどいやり取りをした気持ちがして、友里を睨むように見た。
「大事なことだけど、そればかりと思われるのは心外だ。気持ちを、伝えきれないから、触れたいって思うのは、友里ちゃんだって一緒でしょう?」
「そう、だから遠く離れたって大丈夫っていうんだもんね、わたしはふたりで、いっぱいしたいから、むり。優ちゃんはやっぱり淑女だ」
「友里ちゃん……!」
「だから、あのね、お誘いは封印して、優ちゃんに必要とされる子だって証明したいから1ヶ月、時間をくれませんか?その間に、お父さんのことも何とかしてみる!」
「1か月?」
「優ちゃんメロメロ大作戦!」
「……な、なにそれ」
「優ちゃんを1ヶ月、わたしの思うままに口説いて、わたしに夢中にさせることで大阪へ行けと、言えなくさせるの」
はあとため息をついて、優は赤い顔を隠すように一度両手で覆ってから、しばらくじっとして、顔を上げた。友里が困ったように待っていて、目をそらす。
「友里ちゃんが、好きだからわたしだって、触れたいし、したいからいつもしているでしょ」
言いながら、友里の髪を撫でて、頬に触れると、友里がビクリとして優を見上げた。
「なんのはなしだっけ……?」
せっかく構築した友里への説明を、破壊しつくされた気がして、優はしどろもどろになった。優が触れる手のひらをそっと自分から外し、友里はその手をぎゅっと握った。
(そんなの、夢中なのは今に始まったことじゃないのに……?)優は驚いて、口が聞けなくなる。
「そばにいたい!って、なにがあっても、わたしを手放したくない!って、優ちゃんが言うくらい頑張るから!」
「……手放すつもりは、ないんだけど」
(どんなことをするんだ?友里ちゃんが無意識にしてることすら、ドキドキするのに?)
優は好奇心が抑えきれず、友里がどんな気持ちでそれを言い出しているか、はかりきれてもいないと言うのに、思わずうなずいてしまった。そして、友里の首に手を回して、キスをしようとすると、友里が思い切りグイっと優の顔を押しのけた。
「優ちゃん、本気に、してない?もしかしてふざけてると思ってるのかな?わたしは本気なんだから、優ちゃんが、わたしをえっちなこと以外で、本当に必要としてないとわかったら、わ、わ、わ、わ、わ……うう、言いたくない。別……れる覚悟で!」
涙声で、友里が背水の陣であることを告げる。優は血の気がサッと引いた。
「別れる……?本気で言ってるの?」
優は、いやいやと首を振る友里の首に手を回す。言葉で伝えきれない気がして、友里の瞳を探った。
「ぜったいいやだ、試すようなこと、言わないで」
「えっちだけ」と言われたことは、心外だったが、優は友里に口づけをした。優のキスをうっとりと一度受けてしまって、友里はビクリと震えて、顔を横にそむける。優は追いかけて、友里の耳や首筋にキスをする。
「だ、だから、こういう……」
「まだ言う」
友里の口をふさぎたくて、優はもう一度キスをした。友里が、優の唇を両手で覆って、グイッと腕の限りに押しやる。
「優ちゃん、わたしと離れて暮らしたら、こういうことだって、したいって思っても、簡単には、出来なくなるんだよ?だから、これは優ちゃんが言うようにした、わたしとの、練習でもあるんだから」
「おしおきというわけ?」
「ちが……っ」
優は友里を、ベッドに押し倒した。自分だけ起き上がって、覆いかぶさりながら、キャミソールに短パンという、ほぼ下着姿の友里を、まじまじと見つめた。以前の友里は、ナイトブラもつけていなかったので、すこしは優に配慮するようにはなっているが、煽情的な姿は、誘惑しているようだと、いつも優は思う。
「じゃあ、この格好も見おさめ?」
「恰好?」
友里は「お誘い」などと口にするくせに、格好に対しては意識をしていなかったようで、(これのどこが)という顔で優を見上げた。露わになっている友里のおへそを、指先でなぞると、友里はビクリと跳ねあがった。
「だって、お誘いって言ったらもっとスケスケでつるつるとかじゃないの?普通の綿だよ」
友里が全く分かってないと思い、優は、言葉を濁す。
「……友里ちゃんがわたしを口説く間、わたしも友里ちゃんを口説いていいの?」
「それは」
友里は優に反論されるとは、全く考えていなかったようで、戸惑ったように首を振った。
「ダメ、優ちゃんの言葉は全部正しい気がするから、絶対負けちゃう」
「わたしだって友里ちゃんを、口説き落としたい」
耳から首筋、鎖骨を唇で優しく撫でながら、脇腹をふわりと触ると、友里は足をモジモジとして優の腕辺りに顔を擦りつけた。
「こ、こういうのは無しなら」
「いや。さわるよ」
「ずるい~!」
「友里ちゃんをひとり占めしていたいけれど、好きだって思う友里ちゃんは、世界中を旅して、全ての人に愛されている友里ちゃんなんだ。わたしはそのお土産話を聞ければ、それで充分なのに、友里ちゃんがそばにいれくれるから、嬉しくて離せなくなったけど、引き留めている感じがしている」
言いながら胸をまさぐると、友里が喘ぎ声をあげて、しかし、答えようと必死に、溺れるように宙を泳ぐと、言った。
「ひとり占め、したいなら、してほしいのに。まって、お土産話?……っ、わたっしは、欲張りだから、本当は、お話なんかじゃ足りなくて、アッ、あ、一緒に感じて、見て、触って、共有して、楽しかったね!ってほほ笑み合っていたい。お話だとどうしても、汚かったり、怖かった部分は省いちゃうし」
ビクンと体を震わせて、友里は、話をしている間は優の手を引きはがそうと抵抗しつつ言うが、優が首筋にキスをすると、ぐったりと優に身を任せた。
「はあっはあっはあっ──もうっ、わかった、優ちゃん」
友里が優のほほにキスをした。許しを得た気がして、優はお返しに友里の頬にもキスをした。
「……汚いものだって、お話ししていいんだよ」
優の言葉に、友里は驚いたように一瞬、見上げたが、優が胸の先端を口に含んだので、目を伏せ、腰をくねらせた。その位置に停滞したまま、優がもう片方の先端にも指先でゆっくりと刺激を与えると、友里の汗が玉のように沸き上がり、しばらくその刺激に耐えるように震えて、一度大きくビクンと跳ねた。
「わたしが行く場所に一緒に行くのではなくて、友里ちゃんがいたい、行きたい場所に、いてくれるのがいいんだ」
優が友里から唇を離し、そのまま友里の体の曲線に沿って下へ降りていく。友里のお腹から、太もも辺りまで、唇で撫でるようにすると、チラリと友里を見た。恥ずかしそうに小刻みに震えて優を見ている友里を見て、いつもなら剥ぎ取らない、友里の下着をゆっくりと脱がした。友里は肩をすぼめて、その刺激に耐えるように目をぎゅッとつぶった。
「だから、いたい場所が、優ちゃんの、そばなんだって、どうしてわかってくれないの?」
涙声の友里に、優は刺激を与える手を止めることはせず、友里が何度も達するまで友里の体を翻弄した。
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次の日。目が覚めると、優は目の前に、友里がいて驚いた。ベッドのマットレスに顔を乗せて、優が目覚めるのをずっと待っていたようだ。
「?!」
「おはよう!優ちゃん、良い朝だね!」
ランニングウェア姿の友里は、立ち上がるとピカピカの笑顔で優に話しかけた。
「ランニング!いこ!」
優はずっと、友里との早朝ランニングを夢見ていたが、まさか叶うとは思っておらず、まだ夢の中なのかと思い「友里ちゃんが壊れた?」と思わず呟いた。
「心頭を滅却すれば、早起きもなんとかなった。メロメロ大作戦です!」
友里は昔から、思い込んだら一途ではあるが、では今までだって、出来たはずじゃないかという気持ちが、すこしだけ優の胸に残った。
しかし、ふたりで走っているうちにどうでもよくなり、楽しくなった優と対照的に、友里は、すっかり落ちた体力でぜえぜえと肩で息を繰り返している。ちょうど高校生活最後の競歩大会も近いので、優は、友里にまた一緒に走ろうと提案してみた。
「もちろん、頑張るよ。優ちゃんにカッコいいとこ見せるね」
友里は、赤い顔で汗だくだが、笑顔で答える。
お弁当、新しいシャツも作って、友里は溌溂としている。
優は、友里に流されるまま。
友里が優と手をつないで登校したと、ちょっとした騒ぎになった。
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