第242話 誕生日パーティ


 友里と優がアルバイトを済ませ、駒井家に戻ると、いたるところにバルーンが置いてあって、いつもの居間は、まるでダンスホールのようにミラーボールが輝いていた。待っていた芙美花に、友里はピンクに青い水玉のワンピース、ポニーテールを大きなおだんごに、80年代風ファッションを着つけられた。優は、水色地に、紫の水玉のワンピースを着て、髪をオールバックにポンパドール、髪の一束がくるんと額に落ちている。

「ちょっと恥ずかしい」

「似合うよ、凛々しくてきれい!」


 チャイムが鳴って、芙美花が出て行く。男性の声がして、優と友里は顔を見合わせた。高岡の父親が、芙美花と智宏に挨拶をしている。

「夜分遅くに、すみません。お誕生日おめでとう、友里さん」

 恰幅のいい高岡の父親に言われ、友里は笑顔でお礼を言った。朱織は、紺色に水玉のワンピースを図らずも着ていたので、さんにんでお揃いの様になる。

「今夜は泊まって行ってね」

「ありがとうございます。突然のご訪問、申し訳ありません」

 芙美花に頭を下げて、友里と優の元へササっとかけてくると、友里の腕に高岡はしがみ付いた。

「恋人らしいことできてるかしら」

「ジュリエットなら、ロミオの誕生日に家に来るなんてことしないで、部屋で悶々としてるんじゃないかな?」

 優に言われ、朱織はキッと睨んだ。

「仲良し!仲よくしよう!!」

 友里がパンと手を叩く。



 なぜ、こんなことになったかと言うと、それは数時間さかのぼる。


 ::::::::::


 優と友里はアルバイト先へ向かうガラガラの電車の中、ふたりでスマートフォンに書かれた高岡からのメッセージを見つめる。


高岡【ロミジュリみたいに4日だけ。疑似恋愛相手として、友里をお借りできないかしら。あと、気になっているだろうから言うけど、性的なことは当然ナシで】


 高岡は、自分の役作りの為のプランを、友里と優にメッセージで送りつける。アルバイトの時間に間に合わないとのことで、メッセージをやりとりするために、ついに優と友里、高岡のグループチャットが作られた。


 電車の中で、優は、頭の中の高岡が、(結構、貸しがあると思うんだけど)と言っていそうな雰囲気に黙り込んで、しかし表情は完全にNOを示している。

 高岡【駒井優以外に大好きなものを作った友里の様子も疑似的に感じられると思うんだけど、どう?】

「それは……!」優が友里の様子を見ると、友里はいつもそれを言われているので動じてないようだった。


 高岡【友里があなたを好きでも嫌いでもない状況に、なってみたいって言っていたじゃない】

 友里がハッとしてスマートフォンから目を離して、優を見上げるので、優は、慌てて友里に言い訳のように言葉を紡ごうとしたが、真実だったのでなにも言えなくなった。

 友里【優ちゃんはわたしにメロメロなのに、わたしだけ他を向いてていいの?】

 友里が言うので、優は固まって友里を見た。


 高岡【あなたの味方になってあげるって言ったでしょう?】

(……別れさせようとしないでって、言ったじゃない)

 優【意味が違わない?】

 出会った頃の敵意むき出しの顔の優に戻ったようで、高岡はそのメッセージに苦笑した。


 高岡【どう友里、お互いが思う恋人ごっこをしてみない?】


 友里【いつも高岡ちゃんには迷惑をかけてるし、役作りの特訓なら、お手伝いしなきゃ】

 友里が乗り気になるので、優は思い切り早くフリック入力した。


 優【ダメ、ロミオとジュリエットだって、すぐにそういう仲になったじゃない。友里ちゃんはわたしのものだ】

 優が無表情のまま、画面では悲鳴のように叫ぶので、友里はくすぐったくなって、しまりのない顔で、優の腕に絡みついた。


 高岡が【私は真面目に言っているのよ】と書いてきて、ふたりのことを見られている気がして、慌てて離れた。睨みつけられたような気持ちになった。


 友里は、「あ」と言った。友里が、ひらめいたような顔をする。


 友里【ジュリエットの気持ちがわかるぐらい、愛してみるの、ヒナちゃんはどう?】

高岡【なぜそこで、ヒナ】

 優は、友里の思惑がわかって、ギョっとしたが、高岡には全く分かっていないようでホッとする。ヒナは高岡に片思いをしている。

 友里【ロミオは見知った人ではないから、知らないことが多くて、しかも、言わなくても通じるってことがないから、必死に口説いているうちに、離れがたくなっていったんじゃない?知りたいっ、知ってもらいたいって思ってどんどん好きになったとか】


 高岡【私、恋を知らないから、どんなものか全くわからないのよね。だから、友里ならメロメロな状態を疑似的にできるんじゃないかって思ったのよ、ヒナを呼んだら意味が違ってこない?】


 優【メロメロって、ずっと言うけど、どういう状況なの】

 優が、いまさら聞けない英単語を問うような気持ちで、そっと言った。友里が、なるほどと頷いた。

 高岡【駒井優、あなたみたいな状況のことを言うんだけど、客観視できてないのね】

 友里【わからなかったから、かたまってたんだね、優ちゃん!】


 高岡【なら駒井優でも、良いか】


 優が「え」と首を振って友里をじっと見る。


 友里【しょうがないな、じゃあ、不詳、荒井友里、メロメロ彼女になります!】

 高岡【でも駒井優に、勉強させる方がいい気がしてきたわ】

 友里【あれ!?そうなの?じゃあ、ヒナちゃんも呼んで、誰にするか高岡ちゃんが選んだらどう?】

 高岡【友里はどうしてもヒナを関わらせたいのね……なんなの?】

 友里【だってほら、最新の、ちゃんと、お友達になった子で……、こういうイベントには、参加してほしいというか】

 高岡【真面目にやりたいんだけど】


 友里はしどろもどろに横を向いた。優は、友里が嘘を付けない上に、画面上ですら演技が棒であることをようやく知った。今この場に高岡がいたら、表情でバレていただろう。助け舟を出すべきか悩んだが、友里可愛さに負けた。


 優【ジュリエットは天真爛漫で誰からも愛されていたのに、強烈に、自分から欲しがったのがロミオでしょう。高岡ちゃんにたりないのは、「欲しい」って思う感情じゃないかな、そしたら、誰かを選ぶって言うのも参考になりそうだよ】

 高岡【ふうん、友里が良いって思っているけれど、確かに、その気にさせてくれる人を選ぶの、すごく気が重いから、その辺りの感情は得難いわね】


 優は、ヒナに現状の連絡をした。ヒナからは、すぐに連絡が戻ってきたが、【ジュリエット争奪戦ってこと!?】と言われ、優はため息をついた。


 そして、高岡の役作りのための恋人選びが始まり、友里が誕生日会に「恋人なら誕生日には一緒にいるべきでは」と、招待したというわけだ。

 ヒナは、突然のことに準備が間に合わず、残念ながら不参加だ。


 :::::::::::::::


「まずは優ちゃんと高岡ちゃんでやってみたら?」


 友里の提案に、優と高岡は「この世の終わりが来ました」と放送が流れたらきっとそういう顔をするだろうな?という顔をした。先に高岡が叫んだ。


「ロミオが、ティボルトに恋を囁くようなものよ!?」

 ティボルトとは、家長の娘であるジュリエット・キャピュレット家の次期当主で、ロミオというより、ロミオの生家、モンタギュー家を憎んでいる。原典にはないが、宝塚などでは、ジュリエットへの片思いも良く演出される。ロミオが決闘でティボルトを殺してしまうため、両家の諍いは取り返しのつかないことになる。


「高岡ちゃんは、ジュリエットでしょ!ティボルトがジュリエットに片思いしてるの、けっこう素敵よ。今日はキャピュレット家のパーティ的なもので、ティボルトから愛を囁かれる状況みたいな?」


 友里がしつこいので、優は高岡に向き直った。高岡も、少しだけ優の気持ちがわかって、言葉を受け付けようと口を一文字にした。


「高岡ちゃん……、きみは、わたしの光」

「待ち構えてても、ゾッとする、よく真顔で言えるわね、役者になればいいのに」

「この世のすべての美しいモノよりあなたが美しいと思う。なにもいらないから、そばで笑っていて」

「ねえ、さっきからその言葉、どこから出てるの!?」

 高岡が叫んで、優を殴るふりをするが、その拳を宙に振り回す。友里も「確かに素敵、さすが優ちゃん」と浮かれ気味にうっとりしている。


「友里ちゃんの真似」

 言われた友里が目を丸めて、優を見上げた。

「そこまで素敵には、言ってないよね?!?!」

 慌てた友里だが、高岡は分かったようで、うんうんと頷いた。

「友里ね。してるわ。そんなようなことは毎日のように言ってる」

「言ってるよね?」


「なんで急に仲良しになるの!?」


 友里が優と高岡に向かって叫ぶ。

「でもこんな、無表情で言われてもね、友里を口説く時みたいに、桃みたいな顔しなさいよ」

「桃!?──友里ちゃんが、わたしを可愛いって言うわけだ」

 くすりと呆れたように優が笑う。


 高岡の父との会話が終わった芙美花と智宏が、居間に戻って来て、音楽を付けた。

「今日はダンスパーティー。ファーストダンスは、恋人同士が躍るのよ」

 芙美花がそう言うので、「恋人ごっこ」である高岡は遠慮して、優と友里を真ん中に追い出した。優はよくわからないという顔をして、友里が主導権を取った。振り回されるように踊る優に、芙美花が笑って、彗と、智宏がハンディカメラを回した。


「ちょっと、ふたりで撮らないで」

「いや、角度で見えないこともあるし」

 真顔で言う智宏だが、彗はカメラを下ろした。優だけが照れて、友里は大きな口で笑った。優に友里の八重歯が見えて、優は穏やかな心持で、友里を見つめた。


「こんばんは」

 彗が高岡のそばに来たので、高岡も挨拶をした。

「珍しい、友里ちゃんのお友達」

「そう、みたいですね。あんなにいいこなのに」

 踊るふたりを眺める。彗がうんうんと頷いて、カメラを構えた。

「お兄さんだけでなく、優さんのご家族全員が、友里にとんでもなくやさしくみえますけど、どうしてですか?」

「普通に、ふたりの兄でいるつもりで甘やかしてるんだけど、友里ちゃんには、優の為に、悪いことしてるなって思うから、なんでもしてあげたいんだよね」

「このド派手なパーティーも……?」

 普通の家では、ミラーボールが回ったりはしない。

「これは、うちの趣味!」

 アハハと彗が笑うと、戸惑い顔の高岡を、友里が呼んだ。

「高岡ちゃん!」

 友里に手を引かれて、高岡も踊る。いつも中央に置いてある大きなガラスのテーブルはどこかにしまわれ、ソファーも壁に配置されているので、中央は広く、さんにんが踊っても充分なスペースがあった。

「バレエしてるとダンスも上手くなるの?」

 優に問われ、高岡は戸惑いがちに言う。

「いろんな踊りをするのよ、モダンもジャズもするし……ね、友里」

「わ~、わたし男性で、やりたい!」

「……仕方ないわね、もう」

 友里と朱織が、体を付けてモダンダンスを踊るので、優は少し離れて、それを手拍子で見守った。芙美花がタンゴを流すので、友里と高岡が顔を見合わせて、キリッと表情を変え、タンゴを踊り出すと、皆で歓声をあげた。


「はあ、ロミオとの関係を知ったティボルトはこんな気持ちかな」

「なんの話?」

 言われた彗は、優を見るが、「こっちの話」と彗は、ひと口紅茶を飲んだ。


 スクエア型のケーキにこれでもかとイチゴのみが乗っていて、友里はわあと歓声を上げて、少し泣いた。

 平日だというのに、夜半過ぎまで、駒井家ならではの派手な誕生日パーティは続いた。

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