第232話 愛情の伝え方

 持ってきた荷物などをまとめて、尾花紀世おばなみちよの病室で、友里と芙美花が帰り支度をしていると、小波渡こばと蔦木つたきが入ってきた。友里と芙美花は軽く自己紹介ののち、友里がふたりに問いかけた。

「先生方、今日は教習所、おやすみなんですか?」

「午後休。でも良かった、友里さんが来たらどうしようって今、相談してたところだったの」

 小波渡に微笑まれて、友里はにこりと笑う。

「良かった、今日小波渡先生いないなら、行っても意味ないですもんね」

 暗に、小波渡がいなければ実習を受けないと言ったようで、小波渡がはにかんだ。


「あら、友里ちゃんといつの間にそんなに仲良くなったの!?わたしの唯一のお友達なのに」

 紀世が言うと、小波渡がムッとして紀世に言った。

「紀世さん、友達はひとりにつきひとりじゃないんですよ、いろんなつながりがあってですねえ」

 面倒くさい上司に説明する時のような声で、小波渡が続けようとしたが、友里は紀世の肩をつつんとつついた。



「そうだ紀世ちゃん、あれ、今してみようよ」

 友里は、紀世と相談していたことを、耳打ちした。蔦木がその「なかよししぐさ」にいやな顔をするが、小波渡にとがめられてみないふりをする。

「えー、お母さまもいらっしゃるのに、本当に言って平気?」

「大丈夫だよ」

 コホンと紀世が、咳払いをした。なにを言われるのか、戸惑っている小波渡と蔦木に向き直って、腕を組む。


「ふたりも、わたしの友達にならない?」

「!」

「!?」


 紀世は、友達がいないまま死ぬのは嫌だと、友里に言っていた。ダブルデートの後、友里と優、友だちが2人も出来れば、御の字じゃない?と友里にメッセージを送ってきたので、友里はもう少し踏み込んで、蔦木と小波渡にお友達になってもらおうと提案していた。


 優がお勉強している間暇だった友里は刺繍を打ちながら、入院生活中の紀世は、消灯時間をつぶすように、夜の間、ふたりでずっと”友達大作戦”と、大盛り上がりしたモノだったが、いざ口に出してみるとなんだか恥ずかしくて、友里は目を伏せた。紀世も、同じように友里に縋って、沈黙が耐えきれないような顔をした。


「友達って、問いかけてなるものじゃないんですけど、紀世さん」

 小波渡が、思わず突っ込んだ。蔦木は、驚きすぎて言葉を失っている。


「ええ?!!?やだあ、ダメじゃない、友里ちゃん!」

「そのぐらい言わないと、友達って意識しないかと思って!!」

 友里が「わたしも友だちが少ないから!」と、紀世にあわてて言った。友里を抱きしめて、紀世はいつもより輪をかけてふわふわもちもちになっている頬を撫でた。


「わかりました、じゃあ、なりましょう友人」

「私は!もうずっと友達だって思ってましたよ、紀世さん」

 小波渡と蔦木が了承してくれて、紀世はご機嫌になった。

「そしたら私も、内緒話とかしていいんですか?」

 蔦木が言って、小波渡が蔦木の赤いハイヒールを、編み上げブーツで踏みつぶした。

「あ”!」

 なにかがつぶれたような音がして友里は心配したが、紀世にとっては日常の風景のようであっけらかんとしている。(本当に友達になって良かったのかな?)とうっすら思って紀世を見た。

「承諾を得るとホッとするわね」

 友里はその言葉に、「わかるっ」と小刻みに頷いた。

 芙美花が穏やかに見守る中、4人はさっそくメッセージ交換をした。


 時計を見やる。午後15時。芙美花は、友里を見つめた。


「実は、『優に思い出の地で、18時、友里ちゃんが待つ』って伝えてあるんだ」

「え、どこでですか?」

 友里が芙美花に問いかけるが、芙美花はアハハと笑う。

「恋人同士なら、特別な場所、ひとつくらいあるでしょ?初めてのデート先とか、山とか川とか。送るから。ふたりで話し合えるぐらい、気持ちは落ち着いたよね?」


 友里は、言われて、確かに昂った気持ちはすっかり落ち着いているが、それよりも、『思い出の地』が全く思いつかなかったため、顔を青くした。


「あの、限定される場所が、全然思いつきません、小さい頃からどこへでもふたりで行っているから、恋人失格ですか!?」

 聞いていた紀世や蔦木、小波渡も驚いて、一斉にわあっと思い当たるふしを友里に言う。公園やショッピングモール、遊園地、どこもアリで、コレと決定打に欠けた。

「私たちが分散して、優さんを待ち伏せる?」

「旧人類かよ!蔦木。スマホは持ってるんだから、今ドコすればいいでしょ。ただ、思い出の場所はどこ?ってするのはちょっとなあ。じゃあ告ったとことか」

「告白……。豊穣高校……、電車……。沖縄!?」

「おきなわ!?」

 芙美花が、大きな声で友里の言葉を復唱した。

「ごめん、友里ちゃん、18時には間に合わないかも」

 芙美花は、優がそう決めたのなら、沖縄へ朝から向かったかもしれないと思って航空券の予約サイトを検索した。紀世も協力して、旅券を取りましょうかと乗り出したので、友里は慌てて制止した。


「さすがに、優ちゃんだって、それは。でも空港は、確かに、あの……あるかも」

 友里はうんうんと考えて、いちばんの思い出を探る。優と、いつでも一緒にいた場所。


「あ、学校」


 友里は思いついて、すこし照れながら説明をする。


「学科が違うから、あんまり逢えないので、放課後に、15分だけ逢って、お話しする時間を作ってて、それは16時15分からで」

 聞いていた小波渡は、一瞬「ひゅー」と言ったが、ノリが違う気がして黙った。

「18時と指定しちゃったから、学校は閉まってるかもだわね」

 芙美花が、言って友里はもう一度、「あ」と言った。

「18時待ち合わせは、一か所しかないです」

「え、じゃあそこに行こ、近い?」

「はい!」

 友里の元気な返事と一緒に、マナーモードにしていた芙美花のスマートフォンが鳴った。相手は、彗だ。


 :::::::::::::


 15時、制服姿のままの優は、空港にいた。

 友里にここで、熱烈な告白を受けて、人目もはばからず、くちづけをした思い出を思い出し、屋上に向かう。「後悔はしない」と抱き合った日から、半年が経過しようとしていた。まだ半年なのか、もう半年なのか、優には測りかねた。

 友里に大きめに作ってもらったジャンパースカートの裾から風がぬけて優の髪を撫でていく。

「18時……」

 あと3時間、本来なら授業を受けている時間だ。口に出して、優はハッとした。

「18時か!」

 18時に待ち合わせしている場所は、ひとつしかなかった。ペーパームーンだ。まだ戻れるが、優は動けずにいた。そして、ベンチに座っている彗を見つけて、息をのんだ。


「なんで」

「優が空港に向かってるな~と、思って高速で来たら暇で暇で。あえてよかった」

 ぴかりと微笑んで優に駆け寄ってきた彗に、優は学校を無断欠席したことも全てわかったうえで行動されたことがわかって、うつむいたあと、口を開いた。


「でも、ここじゃなかったかも」

「え、そうなの!?外れた。じゃあ行こうよ。送ってく」

 彗は、芙美花に答えを送信して、合ってるか聞いてからにしようと提案するが、優は無言で、彗が座っていたベンチに腰掛けた。

「……このまま友里ちゃんと付き合ってていいのか、申し訳なくなってきた」

「どうしたのさ」

「だって、わたしがいなければ、友里ちゃんは家族と、仲良しだったかもしれないんだよ。大阪で暮らしてて、友人も多くて」


 彗は、スマートフォンを握りしめたまま、優の隣に腰かけて、落ち込む優の肩を叩いた。

「実はお兄ちゃんも、紀世さんとケンカした」

「え!なにやってんの?相手は病人でしょ」

 慰めるどころか、あっという間に突っ込まれて、彗は言葉を失う。妹は兄に辛らつだ。

「あ、ごめん、彗にいも色々あるよね」

 優が、慌てて慰めると彗は復活した。どんなケンカの内容だったのか問いかけたが、彗は口ごもるので、治療方針かなと優は推察して、別の話題にシフトした。


「紀世さんのこと、高校の時から好きだったんだっけ」

「まさか。ただ、忘れなかっただけで、思い出したのだって最近だし。でも、そうだね、忘れないってことは、好きだったのかも。再び出会ったら、好きになったから」


「そうか……やはり、出逢えたら、手離したらだめなのかな」

 彗は優を見つめる。

「そばにいて、存在を感じていればそれは、すごく嬉しいけれど、離れても気持ちは変わらないと、信じられるのも素敵だと思ったんだ」


 彗は、友人や知人に対しては、そう思うと優に告げた。


「ただなあ、恋人だと、これはけんかじゃないって認識でいると痛い目をみるぞ」

 彗がきらりとタレ目を光らせるので、優は観念した。


「わかった!わかりました。けんかした、そして全面的に、わたしがわるい」

「ちがうよ、優、けんかにどちらが悪いかを決めるのはよくない」

 優は思わず、彗を見た。てっきり、彗は優を責めていて、全面的に友里の味方だと思っていたので、お説教だと、意を決した所だった。


「けんかは、気持ちのぶつかり合いだ。折り合いがつけば仲直りして、これからも同じように一緒にいられるけど、ダメならそこの部分をどう擦り合わせれば一緒にいられるか考えなきゃいけない。どちらかが、自分が悪いからと一方通行で自分を変えていくばかりだと、必ず破綻が来る」


 彗は優に、握力強化用の小さなウレタンボールを見せた。

「いろんな考えがあるだろうけど、俺は、感情って、まんまるだと思うんだ。どこかにおさまっても隙間があって、完全に一緒になることは、あんまりない。外圧でいろんな形に変化するけど、真ん丸のまんま。でも、無理して変えるほどにすり減って行って、四角くなったりして、そのまま、もう元の丸には戻れないような気がする」


 優はこくりと頷く。

「喧嘩相手に合わせるばかりだと、優の気持ちのまんまるが、どんどん疲れていっちゃって、友里ちゃんが「大好き!」って思う優自身じゃなくなる気がするんだよ」

 彗は、優のことを5歳の女の子だと思っているので、柔らかな口調で、優をなだめることが多い。

 思わず優は、苦笑して、しっかりと大人のつもりでいたというのに、まるで、幼稚園児のメンタルで、兄の言葉を聞いてしまう。

「優が離れても大丈夫って気持ちが、友里ちゃんに伝わってないと同じように、優も、友里ちゃんが離れたら不安って気持ちを、わかってないんじゃない?ふたりはおんなじ意味なのにさ、おんなじ意味でも、伝え方って、大事だと思うんだ」


 握力用のボールをふたつ、グイーッと重ね合わせて、彗はぺっちゃんこに潰した。

 そして、力を抜いて、2つのボールを、優の手のひらににそっと並べた。ボールは、手のひらのなかでしっとりと元の形に戻っていく、2つとも綺麗な円に戻ったところで、彗が口を開いた。

「まん丸のまま、そばにいなよ」

「うん。ありがとう。彗にいも頑張れ」


 彗が苦笑しながら、スマートフォンを見やって、16時に気付いて、ぎょっとした。

「優、18時まであと2時間しかない。待ち合わせ場所は大丈夫!?」

「え!困る、教習所の傍の喫茶店だと思うんだけど、母に連絡してみて」

 優が言うと、彗が慌てて芙美花に通話した。紀世の病室にいることに彗が動揺したり、だいぶはぐらかされながらも、芙美花は友里との待ち合わせ場所を、ペーパームーンで、おおむね了承するので、彗が優を送ることになった。


 優は彗のSUVの助手席で、とんでもなく大きな牛乳パックを友里に渡される夢を見た。夢占いで、「愛情をたくさんもらっていると感じている」と書いてあって、自分の愛は全然返せてない気がして、頭を抱えた。

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