第231話 むすめたち
優が友里を探して東奔西走していた頃、友里はビジネスホテルに芙美花と一泊した後、全身初夏らしいコーディネートを施された上、サロンで全身ケアを受けて、平日の早朝から、まったりとしていた。
「優から除毛の話も聞いてるから~」
サロンで様々な契約をあっという間に結んでしまう芙美花は、優となにがあったかも、なにも聞かず、ただただ友里に豪遊を与えてくる。学校や教習所、アルバイト先に行きたい旨を伝えても首を振る。
「ダメダメ、こんなメンタル弱っている時に、危ないよ!教本でも『眠かったから10分休んで運転した』って項目は×でしょ!?」
勢いに押され、施術者もくすくすと笑った。友里は、優との部屋にスマートフォンを置き去りにしたので、各所への連絡は芙美花がすべてしてくれた。目が覚めると、髪はツルンツルン、肌は爪先まで光をまとい、全身、完全に「誰!?」状態になっていた。
「さすが、わたしの娘。磨くほど光りますわ~。おなか減ったよね、中華で満漢全席しよ~♡あ!楽しみ方がバブルすぎる!?行きたいとこあったら言って」
芙美花は友里に問いかけるが、バブルがなんのことかわからない友里は慌てて手を振った。ドンドン初めてのことを与えられて頭がいっぱいで、最悪の出来事を考える隙が無いのは、恵まれていると思った。友里は、ハタとした。
「そうだ、紀世ちゃんのお見舞いに行きませんか?」
友里は、芙美花が彗との関係を知っていはいるが、紀世について何も知らないのではと友里は思った。忙しい芙美花が、自分のために休みを取ってくれたのは、幼いころから親身になってくれているけれど、優の彼女だからだ。それならば、紀世も芙美花の娘として、3人で仲良くできればと思った。
芙美花は、思いもよらない提案に、少し驚いた。
「友里ちゃんってばこんな時まで人のこと?──そこがいいとこね。では、中華の匂いをさせて病院に行くわけにはいかないので、満漢全席は今度にして、湯葉でも食べてから行きますか」
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閑静な住宅街を抜け、しばし森の中へ入る。広い駐車場のお見舞い専用駐車場に芙美花の白いセダンを停めた。経営に関わってはいないが、婦長が挨拶に来た。
「はじめまして、紀世さん。彗がお世話になっております」
「いえ、いえ、このような姿で申し訳ないです。彗さんには、私のほうこそお世話になっております」
紀世が寝姿を謝罪すると、芙美花はにこりと笑った。
「友里ちゃん!すっごい美人さんじゃないの!?彗はめんくいだったのね!?」
ツンとすました顔をほどいて、芙美花がわあっと盛り上がるので、友里はそうでしょう!?と一緒に盛り上がった。紀世たちはポカンとした後、クスクスと笑った。
持ってきた花などを、芙美花が、部屋の隅で生ける、はさみの音を聞きながら友里は紀世を見た。
(少し、また痩せた気がする)
紀世がにこりとほほ笑むので、返事のように笑った。
「具合はどう?」
「明日手術になった」
「!そうなんだ」
「すこし大掛かりになるけど、優ちゃんのお父さんたちを信じて、体を預けるわ」
「何時からなの?明日もお見舞いに来るね」
「10時からだけど、術後はせん妄が出るかもだから、家族だけでいいらしいわ。駿が来るから、もしもお見舞いに来てくれるなら、1週間後ぐらいがいいかしら」
友里が確認すると、自分の誕生日付近で、ソワっとした。
「あら、誕生日!なにかほしいものある?あ、ううん、いわないで!ちゃんと準備するから、絶対待ってて!」
「え、なになに?」
「喜ぶものよ!」
うふふと笑う紀世のベッドに、友里が覆いかぶさる形でばたりと倒れ、好奇心いっぱいの顔で紀世を見上げる。
「貰いたいみたいでアレだけど、当日はアルバイトだから、木曜日に来るね。元気な紀世ちゃんがプレゼントだよ」
「うん、まってる」
紀世が微笑むと、サラサラと髪が肩からこぼれて、友里にかかったので、そっとなでると、ゼラニウムの香りがした。芙美花が、活けた花を窓辺においた。
「わあ、素敵です」
「ふふ、これだけは得意なの」
紀世と芙美花が微笑み合うので、友里は(面会大成功かも)と、ホッとした。
「ところで、保護者付きだから黙ってたけど、友里ちゃん今日は、おさぼり?」
「あ~~、えへへ」
えへへではごまかしきれず、優と喧嘩したことを芙美花からあっという間に暴露されて、友里は顔を覆った。
「パアッとはしゃごうって思ってたのに、紀世さんと私を、引き合わせるために、時間を割いてくれたの、いいむすめでしょ」
「姫……!」
紀世が、友里をまた「姫」と呼ぶので、友里は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
「紀世ちゃんがイイコだよって、きっと逢ったほうがよくわかるからとおもって」
「やっぱり友里ちゃんとお友達になって良かった」
「わたしもだよ!?」
紀世に言われて、友里は顔を真っ赤にして唸った。
「なにがあったか、聞いていい?実は!わたしも彗とケンカ中なの!」
「え!?」
気さくな雰囲気で気軽に、紀世は友里に言った。
友里は、すこしだけ迷って、しかし芙美花にも詳しい話をしていなかったので、口を開いた。
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彗と紀世の喧嘩のほうが気になる友里だったが、先にと促されて、概要を話した。
「大阪に来なければ、学費を出さないなんて、友里ちゃんのお父さん、思い切ったねえ」
紀世と芙美花が、同じタイミングで唸って、お互いに顔を見合わせた。
「優ちゃんが、まさか遠距離に前向きなんて」
「友里ちゃんを大事に思っているから、出た言葉だと思う」
友里はこくりと頷いた。芙美花が、(一軒家はそれなりの支払いが発生するのもだから……、あとで友里ちゃんのお母さまに確認しましょう)という顔で頷くと、紀世も同じことを心配に思ったようだったので、芙美花がサムズアップした。
「あの子、友里ちゃんと離れると、話せなくなる病気を抱えてるのよね」
「心配」
「それをおしてでも、友里ちゃんと、ご両親の縁を切りたくないと思ったのね」
芙美花はハッとして、手を振った。
「ごめん、この言い方だと語弊が生まれるわね。決して病気が楽になるから、あなたといるわけじゃない、そもそも、あなたが好きでたまらないからの根底があって、あ~これも、ちがう。ただ、大事でしかたないの、それだけは了承して」
芙美花はオデコに拳を当てて、考え込んだ。友里は、優に似ているなと思った。
「守るものが無ければ、──親ながら、すこしひどいことを言うけど──あの子はどんどん無慈悲に誰彼かまわず倒していくと思うのよ。でも、友里ちゃん、あなたが大事だから、敵対せずに、引くことをえらんだのだわ」
「そんな」
友里は、じわっと涙が浮かんだが、頭を振って、耐えた。
「……どうしても、優ちゃんにとって得があるから一緒にいてくれるほうがいいっておもっちゃうんです」
「ん?」
「わたしが、好きだからっていう言葉だけでは、納得できなくて。優ちゃんにとって、楽だからとか、病気が治るからとか、…………え」
「え?」
言いよどんだが、友里は個室に甘えて、はっきりと言ってしまう。
「えっちが、できるから、そばにおいておきたいと思われているほうが、楽というか」
「ごほっ」
芙美花がむせて、紀世が「こら」と言った。おかしなところに入った空気を追い出すまで、しばらく時間がかかった。
「私の子どもさんたちは、好きな人にしか、そういうことをしたいと思わないと思いますよ、たぶん」
友里が、あまりにもぶっちゃけた心配事を言うので、芙美花は苦笑した。
「あんまりかわいくて、自分のものだと、思いきれないのかしら」
紀世が言うと、友里はすこし俯いて、足元を見た。
「それは、わたしこそなんだ。自分だけが、優ちゃんの、深い部分に踏み込むことが、許されているんだっていう安心感を、感じているのに、自分だけが優ちゃんの特別なわけないってどうしても思っちゃう」
「優は頑固で、これだと決まったモノだけ、自らが戦って自分のものにするの」
芙美花が、言った。
「彗は、一見柔和だけど、長距離走をしていたこともあって、黙々と目標に向かって、無理だと言われてもニコニコして、優のように攻撃も反論もしないけど、絶対自分のモノにしているの」
友里と紀世は、母親の分析に、顔を見合わせた。友里も紀世も、優と彗を頑固だとは思うが、穏やかな人だと思っている。
「お互いが好きなものが全く違うから、争ったことはないけど、ふたりが同じものを欲しがったら、と思うと、どっちも退かなくてちょっと怖いなと親ながらに思う」
「?」
「友里ちゃんも紀世ちゃんも、手放す気は絶対にないってこと……だから必要とされてないかもなんて、不安に思わないで、ふたりとも」
「じゃあ、なんで……!どうして、大阪に行けなんて言うんですか?」
「彗だって、手術してみろなんて、5割の確率で、死んじゃうのに」
友里は驚いて、紀世を見た。彗との喧嘩の理由を知って、グッと息をのむ。
紀世が、ハッと口を押さえて、友里には黙ってたことを、小さく謝った。友里は、なにも言えず、ぎゅっと紀世の手を握ったが、紀世がポンと友里の背中を叩いた。
「彗にムカつくから、口は聞いてあげないけど、絶対生きて戻ってきてやるのよ。わたしの負けず嫌いを見越して、そういうつもりで、ケンカを吹っ掛けたと思わないと、あの人を選んだ、わたしの審美眼が疑われちゃう」
紀世が言うので、友里は微笑んだ。
「もしかして優ちゃんも、わたしのために言ってくれたのかなって思ったんだけど、どうしても悲しくなるよね」
紀世とふたりで、涙が出てきたが、紀世が以前、友里が泣いていた紀世にプレゼントした試作品の刺繍ハンカチを、「お守りにしてるの」と取り出してくれたので、嬉しくてほほ笑んだ。
「そうだ、刺繍ハンカチ、今度もってくるね。今日は、飛び出してきちゃったから」
友里は、「友情」を意味するミモザをたくさん刺繍したハンカチを紀世にプレゼントする約束をした。
「あら、どこかの国では、ミモザの花言葉って「秘めたる愛」になるんじゃなかったっけ…優ちゃんに嫉妬されちゃう」
「え!愛とか恋の花言葉は全部、優ちゃんにあげなきゃだから、どうしよう、他のお花にしてもいい!?」
「あはは!そうね、ごちそうさま」
友里が紀世に好きな花を聞くが、ほとんどが「愛」で困ってしまう。紀世が豪快に笑って、笑顔で見守っている芙美花にお礼をした。
「芙美花さん、ありがとうございます。彗のこと、誤解したまま手術うけるとこでした」
「いつか、本人たちに、聞いてやってね。きっと照れ屋だから、本心は言い切らないでしょうけど」
友里は、芙美花を見つめた。
「わたし、みんなが幸せになれる方法って、ないのかなっていつも思っているのに」
「うん、友里ちゃんっぽい」
芙美花は、それが友里のいいところだと褒めた。
「お父さんのことになると、全然ダメで、こんな自分が、すごいいやです」
「ああ……」
芙美花は友里の手の甲に、ポンと手を置いた。
「人はされたようにしか、愛せないものよ」
「…………愛された、って記憶がないうちは、愛さなくていいってコトですか?」
紀世の言葉に、芙美花は困ったようにほほ笑んだ。
「ところで友里ちゃん、仲直りの仕方とかわかる?大丈夫?わたしと考えましょ」
「わかんない、いつも優ちゃんが、全部許してくれて終わるの」
「彗もそういうとこありそう。どうしよう」
紀世と友里は、うーんと唸った。
「私には、全部友里ちゃんが赦しているように見えるけれど」
芙美花が言うと、友里は、そうかなと首をかしげた。
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