第229話 どうして
お昼休み、家庭科準備室から出てきた友里を、ヒナが呼び止める。友里は、パタパタとヒナに駆け寄って、布の入ったビニール袋を、トートバックにしまいながら、にこりとした。
「友里、ごめん!」
話し出す前に謝ったヒナに、友里は驚くが、ヒナが、友里からの相談を、優に伝えてしまったことを早口で謝った。
「ああ、そうだったんだ!だから」
(優ちゃんが、えっちを躊躇してたんだなあ)
さすがにそれは口には出せず、しかし昨日は朝まで抱き合った日なので、すこし照れて、友里はパタパタと手で顔を扇いだ。
「いいよ、いいよ、心配してくれたんでしょ」
「友里ぃ」
ヒナが、ボロボロと泣き出すので、むしろ秘密を抱えさせた自分が悪いと、ヒナを抱きしめた。家庭科室に戻って、先生に少しの間、お話しをさせてほしいとお願いすると、ミシンの調節をしていた先生が、笑顔で頷いて、教室を明け渡してくれた。
家庭科室の丸椅子に腰かけて、ぐずぐずと泣きながら、ヒナは友里が離れるかもしれないことも不安だったと打ち明けてくれた。まったくそのことには気付いてなかった友里は、そちらについても謝った。
「でも困った。そうなると、優ちゃんは、離れる意思というか、シミュレーションをいっぱい考えているかもしれない!」
「え、どういうこと?」
「優ちゃんは、いつも離れたくないって言ってくれるけど、すごく良い子だから、わたしが幸せになるなら、手離してもいいってどこかで思ってるの、だから」
友里の言葉に、ヒナはあわあわと手を振る。
「な、なにそれ?!なんで?ごめんね!?言っちゃったから」
友里は、優の性格を思って、はあと大きなため息をついた。
「それだ~、なんかずっと、神妙な顔してたのは、それだねえ。誕生日がどうとかじゃないわ。もう~、どうして優ちゃんは、優ちゃんなのかなあ!?ううん、いいのいいの。それはもう、ずっとだから。よ~し、いっちょまた、喧嘩すっか!!」
友里が、ふざけて握りこぶしを作るので、ふざける時の友里が、本当は緊張していることを知らないヒナは「喧嘩って、大丈夫なの?」とくすりと笑う。友里はヒナの心労をごまかせた気がして、申し訳なさ半分で、ヒナにもう一度謝った。
「ごめんね」
「ううん、黙ってられなくて、こちらこそごめんね」
ヒナが言うと、友里はううんと首を横に振った。
「心配してくれたのは、わかるから」
友里がうっすら微笑むと、ヒナは友里の手をそっと取った。
「……朱織が、ロミジュリと友里たちが違うって言ってたけど、やっぱちょっと、似てる気がしてきた。ふたりで逃げて、死んだりしないでね」
友里は舞台を何度か見たことのあるロミオとジュリエットの物語を思い出して、親同士が敵対しているわけでも、戦争前夜のわだかまりがあるわけでもないが、確かにお互いのことしか見えてないバカップルぶりは近いかもしれないと、雑念がクルクルした後、唸った。
「死なないよ!!優ちゃんが生きて、どんなおばあちゃんになるのか見たいんだよね!?優ちゃんのお母さんもお父さんも全然老けないから、優ちゃんもあのまんま美人さんかもだけど!」
友里が言うと、友里とヒナは、今のままの優の傍に、友里だけ皺皺の小さなおばあちゃんになっていく姿を想像して、噴き出した。
「やだー!」
「あはは!ありえそうで怖い。不死身優ちゃん!」
友里は笑って、大きな机に置いたトートバックを枕のようにして、呟いた。
「優ちゃんと、一緒にいつまでもいられたらって思うのは、贅沢なのかな」
ポツリとヒナに問いかけてみた。
「全然、好きな人と一緒にいたいって思うのは、当たり前のことでしょ」
姉たちを一緒にするために、何年も有したヒナの言葉は、友里を勇気づけた。好きな人のために離れたキヨカと真帆の気持ちは、ヒナと友里には全く理解できなかった。
「前は、ジュリエットもロミオも上手く立ち回ればいいのに!って思ってたけど、優ちゃんに恋をしてから、ロミオのことも、ジュリエットのことも、すごくわかるんだよねえ。優ちゃんは優ちゃんだから大好きなのに、優ちゃんだから、困ることがいっぱいある」
友里が言うと、ヒナがすこし考えてから、くすりと笑った。
「優さんも、同じこと考えてそう」
「え?!」
ヒナに言われて、友里はドキリとした。今までは、自分が優を好きでいればそれでいいという思いが全てだったが、最近は、優が、自分のことをどう思っているか、常々気になっている。
「友里が可愛いせいで、自分でもどうしようもない方向に、振り回されてみえる」
「そうなの?!全然、余裕に見えてる」
友里は、自分ばかりがはしたなくて、優が、それに寄り添う形で甘える素振りを見せてくれているような気がしていた。
「えー!うそでしょ?すご~~く、動揺してるし、友里じゃなければ悩まないのにってことに悩んで、くだらないことで嫉妬するし、かわいい人だと思うよ」
「カワイイ!?」
「え、ごめん、優さんをカワイイって思うのは、友里だけの特権?」
「ううん、うんん」
友里は、久しぶりに見つけた同士の腕をぎゅっとつかんだ。「優かわいい同盟」の新メンバーを離さないという気持ちで、「まだ時間ある?」と息を荒げるので、ヒナが「ち、近い」と怯えながら友里を見つめた。アイロンで作るワッペンバッチに『ユウチャンかわいい同盟』と描いて、困り顔のヒナにプレゼントした。
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火曜日は、軽くデートをしてから帰ることが定番になっている。優とのほのぼのとした時間を大事にしたかった友里は、なかなか言い出せず、しかし、ようやく駒井家に着く手前で、言い出した。
「優ちゃんに黙ってること……実はたくさんある!」
突然の友里の申し出に、優が驚きの声を上げる。
「車の件とか、新作の衣装もだし、あ、これは、いつも作ってるから形がってコト」
サプライズが苦手だという優の為に、話したい気持ちがあるが、どうしてもビックリした優が見たい友里は、その辺りをわあっと話すので、優は、とりあえず家に入ろうと友里を促し、ふたりで慌てて駒井家に戻った。
夕ご飯はすでに食べてきているので、自室で、制服を着替えた後、優は友里の手を取って、対面に座った。
「例えば、起き抜けに結婚式をするから、式場に行こう!とかじゃなければいいんだ、わたしだって小さなサプライズは用意しているよ」
優が友里ならやりかねないような大掛かりのサプライズを空想して、照れながら言った。
「友里ちゃんは、わたしのことばかりだ」
「そうなの、わたしって、優ちゃんのことしか、考えられないの。だから、優ちゃんを、傷つけたくなかったって、わかってくれる?」
「……」
友里は「うん」と、頷いて、優に2歩近づいて、キスをした。
「優ちゃん、スキ」
「友里ちゃん」
友里は、キラリと光った優の瞳にドキリとして、ベッドを思わず見てしまうが、それよりもキチンと話さなければならないと思い、優が握ってくれてる手を、握り返した。
「あのね、お母さんが大阪から、帰ってこないのは……お父さんと、暮らしているからなの。もう、わたしも、すぐに来いって言われてて」
「……うん」
友里はドキドキしながら、優の反応を見つめた。友里の中では、ヒナに相談した時点で、NOが決まっていて、優の耳まで届く前に友里が倒した話だったが、優が、確かにこの話を自分の中で咀嚼し終えていることを感じた。どう思っているか、悪い方ばかり考えてしまう。
「優ちゃんと、離れるのはぜったいいやだし、お父さんと住むのは無理!だから、学費出してもらえないなら、2年仕事して、それから東京の服飾専門学校にいく」
友里の考え抜いた計画を聞いて、優は明らかに驚いた顔をした。
「離れないってコト?」
「そう!そばにいるのは、予定通りだから、相談しなくてもいいって思ったの。まずは高校を頑張って卒業して、就職して、優ちゃんと一緒に東京に行くの。自分で学費も全部用意して、だから、優ちゃんと離れる選択肢はわたしのなかにはないの!」
友里は思っていたことを、ちゃんと優に伝えた。優が喜んで、ハッピーエンド!となると思っていたが、優はまず眉をしかめた。
「待って、学費は無償とはいえ、友里ちゃんのお父さん、生活費まで出さないつもりなの?」
優が、怒ったような声で言う。友里はこんな短い言葉で勘づかれると思っていなかったので、困ったようにうつむいた。
「地理が離れたら、心が離れるのか試せって言われて、マジでムカついたから、こっちから言い出した感じ。お試しなんかで、離れるわけないじゃん!!って啖呵きったんだけど、結局、優ちゃんちにお世話になっているから、かっこ悪いんだけど」
はしゃぐような仕草で、友里が言うが、優はなにか悩んでいるような顔で、身振りで、言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「できれば、一緒に悩みたかった」
静かな声で、優に言われ、友里は、ハッとした。確かに、そうだと思って、なにも言い訳をせず、「ごめんなさい」と謝った。
「だきしめたい」
てっきり厳しく怒られると思っていた友里は、優の言葉に驚いた。
「え!……」
両手を広げて待っている優に、友里はおずおずと体を縮ませた。
「えっと、お願いします」
友里は照れてはにかんで、すこし躊躇した後、優の膝に乗り、胸にポスリと頭をのせると、優がぎゅうっと抱きしめるので、おもわず赤面した。
「なになに?優ちゃん、どうしたの?」
「はあ……、愛おしいなと、思って」
深いため息で、呆れるような口調なのに、愛を囁かれて、髪を撫でられる。頭をイイコイイコと何度も往復する優の手のひらを感じながら、友里の頭の中ははてなでいっぱいになった。
「わたしだって、もうそんな泣き虫じゃないし、そんなに弱くないんだから、一緒に戦わせてよ」
友里の中で、泣いていても、プリンでご機嫌になる優が思い出された。でもそれは、友里のために、ご機嫌のふりをしてくれたのだと、今ならわかる気がした。
そのまま、座っていたベッドに倒されて、キスを、優からそっとされて、友里は胸がぎゅと締め付けられた気がして、涙がこぼれた。「今はわたしのほうが、泣き虫かも」友里が、すんと鼻を鳴らして言うと、優がぎゅうと抱きすくめるので、友里も優を抱き返した。
「ひとりで悩ませてごめんね」
「ううん、だって、わたしが決めなきゃいけないことだったし」
「……違うよ、友里ちゃん、そうじゃなくて。自分のことだから、悩まなくていいって、ことじゃないんだ」
優が、思い悩んだように息をのんだ。友里は、うっとりと優を見つめる。友里は、問題は解決したと思い、優の部屋着のシャツの袖をつまんだ。自分が縫製した優のシャツは、すこしふんわりと、手足の長い優のために大きく長く取っている。
「友里ちゃんは、自分のことになると、途端に、投げやりになる気がする」
言われて友里は、まだお話しが続いていたことに、首をかしげた。
「わたしの行動理由は、わりと単純で、優ちゃんと一緒に言いたい!ってコトなんだけど」
「わたしが悩んでいたら、なんとしてもその憂いを取り去りたいと頑張ってくれるでしょ」
「うん」
優がなにを言っているのかわからず、友里は首をかしげた。
「毎日、通話しよう」
友里は一瞬、ぽかんとしたが、優の言葉の意味に気付いて、唇を震わせた。
「やだ、どうしてそういうこと言うの?大阪に行けって、言うの?」
まさかだよね、と追加しながら、優を見上げた。
「友里ちゃん、ほんの少しの時間だよ、離れたって気持ちは変わらない。わたしが大学を卒業して、成人したら、一緒に暮らせばいいよ」
友里は、やはり思い描いていた通り、優が離れる決意をする時間を与えてしまったのかもしれないと、思った。
(ああ、どうして優ちゃんは、優ちゃんなの!?)
ヒナに叫んだ言葉を、また頭の中で繰り返した。
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