第228話 理性の糸
ハッと目を覚ますと、自室のクイーンサイズのベッドで、友里を腕に抱いていて、優はまどろみながら当たり前のように、友里の髪にキスをした。
日曜日、23時。第3日曜日なので、友里のバレエスクールはお休みで、優は友里と、紀世のお見舞いをしつつ、軽くデートのようなことをして、教習所の付き添い、諸々の用事や勉強をすませた。──そして、お風呂上がりの友里の誘惑に耐え切れず、あらがえず、邪魔も入らず、我慢もむなしく、抱き潰した後だった。
(わたしは、どうして、こう……っ)
優の気持ちなどお構いなしな友里は、ひとつも悪くない気がするのに、すこし腹を立てていた優の乱暴な好意を、友里は全て受け止めてくれた。しかし、終わってみれば、すぐに手を出す自分の愚かさに、反省しか残っていない。
友里を見つめた。
友里は悩みなどない風体で、幸せな様子でまどろんでいる。「休みのうちに愛し合っておけて良かった」というような軽い調子だ。よだれが優の部屋着にしみついたが、よく眠っているその様子に、愛おしすぎて抱きすくめた。
「友里ちゃん」
思わず声に出して、恋人の名前を呼んだ。
「ンニャ」
ぎゅうと力を込めたせいか、友里がお腹を押して鳴くおもちゃのように鳴いた。
ハッとして、背中を撫でて、力を弱めると、友里がすやすやと寝息を立てつつ「ユウチャンカワイイ」と呟くので、夢の中でまで、自分が友里に、変なことをしていないといいなと思った。友里は優に対して、懐が広いので、どこまでもゆるしてしまう気がして、気が気ではない。
友里がひとりで考える時間を作ると、高岡と約束したばかりだった。それが先週の火曜日。2週間も我慢しきれず、友里が気を失うまで抱き潰してしまった。
(そんな自分に、遠距離が耐えられるのか)
気持ちでは、友里の決めたことに従うと思っていた優だったが、遠距離を受け入れられると思えなかった。いっそのこと、優も大阪の大学を志望しようと思ったが、頭の中の高岡が「先走らない!!」と止めてくれるので、なんとか踏みとどまれていた。
しかし悶々とする気持ちが晴れて、頭がすっきりしている。欲求を抑えすぎた事にも、すこし反省をした。
「んあ、優ちゃん、おきえるの?」
ねぼけた友里が、呂律の回らない様子で目をこすりながら、優に話しかける。優は、ハッとして友里を気遣った。
「まだ今日のうちだよ、眠って」
「んん、なんか、目が覚めた」
言いながら少し起き上がって、パタリと落ちて、優を抱きしめるようにまた眠るので、優は「かわいい」と言いながら友里を抱きしめかえした。
「優ちゃんのえっち。ちょっと、今日のは、びっくりした」
優は、唸るように謝罪を繰り返すだけになった。
「ううん、すごく丁寧に時間をかけてくれたでしょう?お勉強しなくて平気だった?」
優は「ああ」と嘆息した。思いもよらない方向を心配していてくれて、胸が熱くなった。優が逃げる先に利用する勉強を、友里がとても大事に思ってくれていることに気付いた。優は悩めば悩むほど勉強が捗るタイプなので、自分でも驚くほど結果が良く、そちらにはなんの憂いもなかった。
「それは……大丈夫だよ、友里ちゃんがバイト中に勉強は捗っているし、予備校も理Ⅲ集中講座と、共通用とを予約したし、ワークも滞りなく……」
(わたしがうまく行かないのは、友里ちゃんの事だけだよ)と言いかけて、重いと思い、友里に余計な心配をさせそうで、飲み込んだ。
「なんだ、そうなんだねえ。一緒に生活してたのに、触れるのイヤみたいだったから、ちょっと、わたしに飽きちゃったのかなって思ってた」
ふざけ気味に言うので、真剣に悩んでいたのかと優はドキリとした。
「それは絶対にないよ、友里ちゃん」
「良かった、やっぱり、優ちゃんが触れてくれると、うれしい、愛しいって思うの」
「……」
優は笑顔の友里の唇を親指で撫でた。キスの代わりになると思ったが、柔らかさにときめいて、結局覆いかぶさって、友里の唇を奪った。
「んっ」
友里が高い声を上げて、のけ反る。まだ、体の熱がこもっていたのか、優には判断しかねたが、胸の先を撫でると、明らかに硬くなっていて、キャミソールの上からも輪郭が分かるほどだった。
「やッ、やん…っ、んんっ」
服の上から人差し指だけで先端を、優が撫でると、友里が悶えて、声を上げた。そのまま、片方を口に含む。
「や、優ちゃん、服……っ、脱ぐから待って……っ」
友里の懇願を聞かず、優が服の上から吸うと、友里は体をのけぞらせて、ハアハアと耐えながらも、ビクンと小さく跳ねた。
「あっ……っはあ!はぁ!」
「胸だけで、きもちいい?」
「やあん……っ」
照れたように、友里が悶える。本気で優の与える刺激に、のめり込んでいる時の友里が、発する声がした気がして、優はプツンと、もともと細い、理性の糸が儚く切れた音がした。
慌てて、理性の糸を結び直して、自分を留める。
「ごめん、また、がっついた」
「え、優ちゃん」
優が離れた隙をついて、友里が息を荒げながらキャミソールの肩をゆっくりと外し、胸を露わにしたあと、胸の先だけ両腕で隠しながら問いかけてきた。
「やめちゃうの?」
「!」
ごくりと優は息をのみかけて、グッと気持ちを横にスライドした。
「優ちゃん、今、ゴクって言った?」
「言ってないよ」
からかわれたことを知って、優は額に握りこぶしを当てた。
「~~~!だから、さっきしたばかりで、無理させないために、我慢しているのに、もう、あんまりし過ぎると、友里ちゃんだって、痛くなったり、大変なんだよ?それに、明日、学校だよ」
友里の外れた肩紐を、そっとなおして、こぼれた胸をそこにおさめ、髪を撫でた。
「急に淑女になっちゃうんだから」
「これって淑女なのかなあ……?!友里ちゃんの基準がわからないや」
「……」
友里は、無言で優を見つめる。なにか、言いたげにウルウルと瞳を潤ませていて、優はその蜂蜜色の瞳から、目が反らせない。
友里から目をそらすので、優はドキリとした。追いかけるように、友里の肩を掴むと、友里は困ったように赤い顔で、もう一度優をじっと見た。
「わたし、はしたなくてごめんね。優ちゃん」
小さな声で友里が言って、優の腕をそっと撫でた。
「……まだ、足りないの」
「……!」
今度こそ、ごくりと喉が鳴ってしまうが、友里は優をからかわず、抱きしめて、触れるだけのキスを何度も何度も重ねた。抵抗する力を失った優をベッドに押し倒し、友里は優の名前を耳元で呼ぶ。優は、友里に抱かれながら、理性の糸など、もともとなかったのだと、教えられた。
:::::::::::::::::
月曜日の朝。5時前に、優はランニングの為に目を覚ましたが、とても走り出せる体力が残っていなかった。ほんの数分前まで、友里と愛し合っていて、友里は夢の中へ一足お先に走り出していた。
「い……?」
無理な態勢で、こすり合わせた太ももの内側が、すれていることに気付いて、優は驚いた。人間の皮膚同士が擦れただけで、こんなふうになるほどの状況はまさに動物的で、高岡に言われるわけだなと反省した。
友里に傷がついていないか、優は確認して、少し赤くなっていた部分を消毒して、軟膏を塗った。(お母さんみたいと、また言われてしまうかな)と思いながら、部屋でシャワーを浴びて、自分も薬を塗った。
朝ごはんを食べて目を覚まそうと、優は1階へ降りた。家族はまだ起きておらず、キッチンを静かに使って、炊いてあったごはんで、おにぎりを数個作って、その場で1個食べてから、再度、歯磨きをした。ポットの中にお湯を入れ、スティックタイプの緑茶と、お味噌汁、マグカップをもって部屋へ戻った。友里はまだ眠っていたが、おにぎりの匂いで目を覚ましてしまった。
「ごめん」
「ううん、いいにおい」
いつも目を覚ます度に、優に一目惚れしたかのようにポッと頬を赤らめるので、優は友里のその様子に、ドキドキとしてしまう。
「鮭と、昆布と、おかか。みっつは多かったかな?」
さすがに朝6時まえで、朝に弱い友里の胃袋が起きていないかと思っていたが、ぺろりと平らげてしまったので、苦笑する。
「だって、さっきまで、たっぷり運動してたから、おなか減った」
友里はまだ夜のうちだと主張して、優をどんどん照れさせた。
「も、もう……!友里ちゃん」
「優ちゃん、大好き」
友里に言われて、また優が赤くなるが、頬の端にご飯粒を付けた友里に何を言われてもと反旗を翻し、ご飯粒を唇で取った。友里は、思わぬ反撃に戸惑って、真っ赤になる。
「子どもっぽいの、はずかしい」
友里は、優の前で凛々しく王子様のようでいたいと思っているのか、恥ずかしそうに顔の周りを確認した。甘い空気が流れだして、優はくすぐったくなり、友里も優の胸におさまって、いつでもまた、始められるような状況だった。
「だめだめ、友里ちゃん。今日は学校だよ」
優が理性を取り戻したような顔で、くらくらとしつつ、正論を言う。
「はあい」
友里は、優のベッドに寝転がり、優に向かって「ん」と両手を広げて招いた。
「ちょっとだけ、時間まで、だっこしよ」
「ダメだよ、だって、あの、だから」
言われて優は、友里を胸に抱いた。言葉に出来ない優は、ドキドキする心音を、友里に聞かせた。友里は、「なるほど……」という顔で優の胸をむいむいと揉むので、優は友里を怒らねばならなかった。
「友里ちゃん」
「ごめん、だって可愛いお胸がそこにあるから」
ふざけすぎる友里に、優はどういう感情なのか測りかねた。もしももう、本当に大阪に行くことを心に決めていて、(何年か離れることになる前に、最後の時間を楽しく過ごそうとはしゃいだふりをしているのだとしたら)と思って、急に悲しくなった。
(聞かなければよかった)
ヒナたちから、聞かなければ、いまも幸せの中にいて、友里の愛情をただ感じていられると、思った。友里と、離れるのかもしれない。友里の母がなかなか大阪から帰ってこないのも、友里を向こうで待っていて、すでに決まった未来なのかもしれないと、頭をよぎる。
「友里ちゃんと、いつまでも一緒にいたい」
思わず呟くと、友里がはっきりした声で答えた。
「でも、もう行かなきゃ」
「え?!」
優がぼんやりとした頭で、ガバッと起き上がった。
「学校の時間」
「!!ほんとだ」
優と友里は、慌てて制服に着替えた。
月曜日、リフォーム業者と落ち合う為、午前休みの芙美花に「学校まで送ってください」と頭を下げた。
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