第227話 ダブルデート

 紀世が豊富な財力を見せつけるように、去年の夏の初め、高岡と一緒に行った遊園地を貸し切りにして、4人で遊ぶことになった。

「夜は、やってないっていうから!1時間だけ!乗れるだけ乗るよ!」

「遊園地いくなら、今日お見舞いに行った時に言っといてくれればよかったのに」

「サプライズよ、サプライズ!たのしいでしょ」

「も~」

 紀世はドレープのたっぷり入った長袖の白いシャツに、赤いスカートをまるでお姫様のようになびかせる。『紀世の危篤』という嘘の知らせに、取るものも取らず、白いTシャツに足首までの黒いキャミワンピースを羽織ってきた優と友里は、はからずもペアルックのような恰好で、紀世に「デートっぽい」としきりに褒められて、立ったまま見つめあった。たしかに、実際のデートでここまでのお揃いコーデはあり得ないので、友里は、優に満面の笑みをむける。すんでのところを、邪魔をされた優は、すこしもやもやとしているが、ため息と一緒に吐き出した。


「ふたりってお付き合いはじめたの?」

 友里は、すでに、「楽しもう!」と気持ちのスイッチを切り替えたようで、ポジティブにはしゃぎだした。ネオンに輝く園内で、好奇心いっぱいの表情で友里が問いかけると、彗は「うん」と嬉しそうに頷いた。

「優たちが大阪に行ってる時だよ」

「え、じゃあもしかして、2週間記念デート?すごい!おめでとうございます!」

 友里がキャッキャと喜ぶと、彗は照れて頭の後ろを掻いた。


「ねえ!なにしてるの!?友里ちゃんをエスコートするのは、私の仕事!」

 彗に言って、紀世は、友里と腕を組んだ。まだ状況にのめりこめずにいる優が、驚いて紀世を引き離すと、紀世が、ぽかんとして笑った。

「あらあ、優ちゃんってば♡」

 優の嫉妬に、紀世は笑い、彗ははにかみ、友里は真っ赤になって「ユウチャンカワイイ」と鳴いた。

「1時間だけなんでしょ!?早く、好きなのえらんで乗りなよ」

 優が紀世にそう言うと、紀世はジェットコースターを選ぶので、優と彗は脱落して、やはり紀世が友里をエスコートするように、手をつないで乗った。

 田舎で娯楽が他に無いので、優はこの遊園地に友里と何度も来ている。しかし同じジェットコースターに乗るたび友里は「Gがたまらない♡」と大喜びなので、以前、高岡にもらえなかった写真を悔いながら、優は(何度見てもかわいい)と眺める。海賊船に乗ったり、観覧車に乗っているうちに、1時間はあっという間のように思えた。


「お化け屋敷のキャストも呼んだの!はいらないのはもったいない!!」

 紀世に言われて、彗と優も、しぶしぶ入ることになった。おばけが苦手な優は、ウォークスルータイプの迷路を、目をつぶったまま友里の補助で駆け抜ける。

 友里は「すごい!本物みたい!本物、知らないけど!!」と実況してくるので、優は気が気ではなかったが、目をつぶっている間も友里がずっと手をつないでいたので、なんとか正気を保てた。


「お疲れ様♡」

 外に出た瞬間、ホッとして目を開いた優に、ゼラニウムの香りがふんわりと香った。どこで入れ替わったのか友里が紀世になっていて、声の出ない悲鳴を上げた。

「ごめん、ほんとに出口1分前だよ」

 友里が、優の腰に抱き着いて、何度も謝る。

「友里ちゃんは悪くないのよ。だって、可愛いんだもん、優ちゃん」

「紀世さん、ほんと、やめて」

 優は、ぐったりとして、友里に寄り掛かった。友里は「ユウチャンカワイイ、羽のようだよ♡最高♡カワイイカワイイ♡」と抱き留めるので、紀世はお腹を抱えて笑った。


 彗が紀世の肩を抱いた。

「そろそろ、帰ろっか」

「もうそんな時間?」

 時間を忘れてはしゃいでいた3人は、彗の言葉に時計を見て、「あら」と言った。

「またこようね!」

 友里が言うと、紀世は、こくりと頷き、口角を上げた。

「すっごい楽しかった!私、友人と遊園地に来たの初めてだわ!」

「ええ~」

 彗が驚いて、紀世の顔を覗き込んだ。パッと紀世は立ち上がり、「延滞金が出ちゃう!」とダッシュで事務所へ駆け込んだ。貸し切りだったので、お金を支払って契約が終わったとたん、放送連絡もなく、電気が消えていく様を、4人で見守った。

「あ~、消えていく様子も、綺麗ねエ」

 紀世が呟いて、暗闇の中、長い髪を風になびかせた。

 点検の為か、観覧車とジェットコースターの明かりは、まだついていて、虹色に輝いている。友里はなぜか泣きそうになって、景色がゆがんだ。


「さみしいよ」

「そうね、ふふ、でもこんな風に消えていきたいわ。いきましょうか」

 紀世が、友里の肩を抱いて、優と手をつないだ。紀世から、ゼラニウムの香りが淡く香って、優と友里はその香りに慣れてきた気がして、微笑んだ。

 彗が、寂しそうにするので、「アハハ!」と笑って、紀世は駆けだすと、彗にピョンと飛びついた。彗は慌てて紀世を抱き留めて、お姫様抱っこの形で、彗のSUVまで運搬させる。

「お姫さま」

「友里ちゃんが私の女王様で、優ちゃんが、女王様の大事なプリンセス、そして私が、彗さんのお姫様、じゃあ彗さんは?」

「うわ、すごい面々。運転、責任重大だね」

「彗さんはプリンスって即答なさいよ?!どうしてすぐ従者みたいになるのよ」

 アハハと紀世が笑うので、優と友里も噴き出した。

「彗にい、確かに今のは、彗にいが悪い」

「彗さんは、プリンスですよ!」

 友里のフォローに、彗は運転をしながら、力なく笑った。


「どこかでお茶したいけど、お忍びだから、ダメよね、プリンス」

 助手席の紀世が、彗の片手に指を絡ませて、問いかけた。

「ドライブスルーならいいよ」

「あ、じゃあ、あれ食べてみたいわ、マクドナルド」

 優と友里は、「つかぬことをお伺いしますが」と紀世に問いかけた。まさかの、「ファストフードを食べたことのないお嬢様」に、気分が高揚した。

「明日の朝の車の匂いがキツイぞ、俺!」と涙声だが、彗は、「紙袋の匂いがいいよね」と、さいごには乗り気で、限定メニューと、ハンバーガーセットを4人分購入して、車の中に、ポテトの匂いを充満させた。3人の姫たちがご機嫌なので、我慢したようだ。夜景の見える駐車場に停めて、4人で車の中でハンバーガーを食べた。


「ん!なにかしら、これ……。まあ!これは?はじめての味だわ」


 紀世はかぶりついて、わからないという顔をした。ポテトも、「おいもの匂いがしない」…と衝撃を受けている。

「これが……ファストフード」

 なにか、雷でも落ちたかのような、ものすごくシビアでシリアスな声がして、優と友里は「ファストフードを食べたことがないお嬢様」の初感想に、噴き出す。

「でももう1回は食べたくなる味ね!不思議!かおりかしら」

「そうなの!やみつきになっちゃう!!」

 友里は、2kgやせる計画を抱えている体に、深夜のファストフードを投入したことを、今更後悔したような声を出したが、1秒程で、まあいいかとすぐに復活した。


「優ちゃんは、ダイエットに賛成してないんでしょ」

 助手席から、紀世に言われて、優は無言を貫いた。

「もしも優ちゃんが、友里ちゃんの為にダイエットしてほしいって思ってたら絶対止めるもんね、まあ、頬のぷにむには、優ちゃんの意思で守られているのね」

「……!ちがうからね?!ただ、この、空気で、友里ちゃんだけ食べないなんて、ありえないだろ?」

「なにヨ、ふたり、ちゃんとお話し合いはしてるの~?意思の疎通は、わかってるハズじゃ無理なのよ?!」

 優は慌てて手を振るが、友里に不思議な顔で見つめられた。運転席と助手席の彗と紀世が、大笑いするので、優だけがきょろきょろとしている。


「はーおかしい」

 紀世は、ゴミ袋にすべてを片付けて、あたりを綺麗にしてから、セットのドリンクを飲み干した。

「ほとんど氷ね、喉乾いたわ」

 優はホットの紅茶、友里は、紙パックジュースでふたりともまだ飲んでいなかったので、一斉に、紀世にわたそうとしたが、彗が先に、アイスコーヒーを、紀世に手渡した。

「まだ口付けてないから」

「あら、いいの?ありがとう」

 言うと紀世は、彗の頬にキスをした。

「!」

「唇は、ふたりの時にねえ」

 頬に赤い口紅を付けて、真っ赤になる彗に、くすくすと紀世が言って、後部座席の優と友里は、夜景を見ているふりをした。



 病院に戻って、彗が紀世を「お姫さまだから」と車椅子に乗せた。職員用駐車場に車を置きに行ってる間、3人で待った。

「友里ちゃん、優ちゃん、今日はとっても楽しかったわ。2人、いつまでも仲良くいてね」

「ただのお別れのあいさつにしては、大げさだな」

 優は言って、友里も頷いた。


「うふふ、だって仲良しには、喧嘩とかしてほしくないなあって思って。なにか思い悩んでることとか、あったらすぐ、お互いに相談しあうのよ」

 友里の手を握って、優にバトンタッチのように、重ねた。

「だってふたりには、ずっと一緒にいてほしいし」

「紀世ちゃん」

「友里ちゃん、いつまでも女王様みたいに、溌溂としててね。優ちゃんはそのまま、可憐でいるのよ」

「あはは、可憐って」

 優がはにかむと、友里がうんうんうんうんと首がもげるのではないかと思うぐらい縦に振るので、優は、そのぐらいで……と友里を止めた。

 彗が戻ってきて、紀世がふたりに手を振る。

「お忍びの時間はオシマイみたい。またね、退院したらまた遊びましょ!」

「うん、またお見舞いに行くよ!」

 友里も手を振って、紀世を笑顔で見送った。


 :::::::::::::


「ちょっと茉莉花に、にてるかもしれない」

 パワフルな女性を、全てアメリカにいる叔母だと思う優に、友里は苦笑する。

 彗はこのまま当直なので、優と友里は、優の母親に送迎を頼んだ。

「……ねえ優ちゃん、わたしにはわからないけど、紀世ちゃん、すごく……」

 言葉に出したら、本当になってしまう気がして、友里は、『悪い』という言葉を使えなかった。

「体も、すごく軽かったし、香水もお化粧も、綺麗だけど、なんか」

 友里が、戸惑いがちに優を見つめる。

「きっと、わたしたちに、聞かせたくないと思っているのかもね」

 優は、友里も隠し事をする気持ちがわかるのではないかと、見つめた。見つめるだけで思いが通じないことは、わかっている。


「友里ちゃん、なにか、悩みがあったら、すぐに相談しあおうね」

 へらっといつものように微笑む友里に、優は胸が苦しくなった。

「優ちゃん、わたし、なにか不安にさせた?」

 逆に友里に問われ、優は息をのんだ。

 高岡が、黙って待てと言った理由が分かった。ここでヒナに聞いたことを話してしまったら、ヒナに対する友里の信頼を失ってしまう。優は、グッと息を飲み込んだ。


「──誕生日もうすぐだから、なにかほしいもの、あるかなと思ってさ」

「真剣に聞くから、なにかと思った!」

 友里が、脱力したように、優の腰にしがみ付いた。

 あれも欲しいこれも欲しいと言いつつ、友里は結局のところ一番欲しいのは優だという。

「優ちゃんがそばにいてくれれば、ハッピー倍増」

 あざといぐらいの笑顔に、優は苦笑した。

「わたしは、時々、胸が苦しすぎるかもしれない、好きすぎて」

「……!ユウチャンカワイイ!」

 友里が、赤い顔で鳴いて優にしがみついた。ちょうど芙美花の車が2人の傍に横づけした。


「仲良しさん、おかえり」

「ただいまあ」


 ふたりは微笑んで、お土産話を聞いてもらいながら、駒井家に帰宅した。

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