第224話 必ず出会って、恋におちる


「待て蔦木、友里さんたちはなにも知らないぞ」

 慌てて小波渡が、睨む蔦木を友里から引き離した。

 そしてごまかすように、小波渡が、高い柔らかな声で、優と友里に送迎を申し出た。優は、彗の車の中に貴重品が全て入ったままで、友里も帰宅用の小銭を自分の分しか持っていなかったので、小波渡の言葉に甘えた。


 猫グッズがたくさん入っているエメラルドグリーンの軽自動車で、小波渡が柔らかな運転をする。


「蔦木は、ほんと、失礼で、ごめん」

 ウインカーを出しながら止まった交差点で、小波渡が口を開く。

「蔦木と私は、中高一貫の中学舎からの同級生で、紀世さんは2個下。紀世さんとは、仲良く……う~、小間使いみたいなことを勝手にしてたんだ」

 小波渡はなにか歌を流そうと、オーディオを操作し、ボーカロイドの曲を流した。『君がいれば世界なんか崩壊していい』というような歌詞に、友里は(その後どうやってふたりで生きて行くのかな?)と首を傾げた。


 車が再発進する。優と友里の家がある方向へ向かう。


「猫をね、紀世さんが拾って蔦木に預けたことがあって」

 中学舎で一緒だった頃の昔話だと、小波渡が始めたので、友里と優は黙って聞いた。

「3か月後ぐらいに蔦木が、猫をどうしますかって聞いたら、紀世さん、まったく覚えてなかったんだよ」

「え」

「でも、そこで思い出して、全員で、おはぎって名前つけて、蔦木は紀世さんが譲ってくれた猫だから、ずっと大事にしててさあ。1年後、うちらが高校に上がった頃、おはぎが、腎臓病になっちゃって、安楽死を勧められたの」


 蔦木は止めたが、小波渡が中学生の紀世に相談すると、紀世が、すぐにおはぎを連れて、別の病院へ駆け込んだ。おかげで一命をとりとめ、いまも蔦木の家でのんびりと過ごしているそうだ。

「思い込んだら一直線なとこあるよね、紀世ちゃん」


「そうただ一直線なだけだと私も、思ったんだけど、蔦木は、自分だけが紀世さんが本当は心が温かいことを唯一知ってる友人だと、思い込んで、中学の屋舎に入り浸って、紀世さんが他人を排除するのを手伝ったり、悪役令嬢の取り巻きかよ!?みたいな……。紀世さんが同じ短大に入ってこなかったんで、すこしは離れたんだけど、──ガンが分かって、「治療して」とお願いしても聞いてくれなかった時、ようやく「私たちを友人と思ってないのかも!?」と気づいたんだ。

 だから、友里ちゃんなんて言うぽっと出のJKに、紀世さんを助けられるたびに、自分が唯一の友達なのに!って思う、自分にイラついて、無言になっちゃうみたい」


 ほんわかとした柔らかな口調だが、友里が傷つけられた気がして、優は友里の肩を抱いた。


「あ、ごめんごめん、違うよ。私は、本当に感謝している!蔦木は、そう思っているって話。結果として治療してくれることは、良いことだから。結果論より過程を大事にするタイプの蔦木は、友里さんに歯向かって、仕事とプライベートをわけないダメなやつに成り下がってるんだけど、本当は気のいいやつだから、あんまり嫌わないでおくれ」


 柔らかな口調で言われ、友里は「大丈夫です」と言った。

「でもあの!!!受講料が増えるのだけは、ほんとうに困るので、何とかしてください!!!」

 心の底からのお願いで、友里が叫ぶ。小波渡は蔦木がしでかしている友里への諸々の嫌がらせや出来事を知り、「私が責任をもって対処する」と謝った。

「いや、最終的に出来ないのは、自分が悪いんですが」

「圧迫かけて運転させたら、誰だって無理だよ。きつく言っておくし、職を辞させるかもしれないなあ」

 柔らかな口調だが、強い意思で小波渡が言うので、友里は震えあがったが、優が思っていたよりも、友里にされている細かな嫌がらせを初めて聞いたせいで怒っており、「ぜひそうしてください」と言うので、友里は自分の発言に、重い責任感を感じて、小さくなった。


 優と友里の家に着いて、小波渡が小さく手を振る。

「ありがとうございました。明日、また教習所へ行くのでよろしくお願いします」

「はい、がんばろうねえ」

 排気音と共に、小波渡が去って行く様子を見守って、友里は真っ暗な荒井家に入ろうとして、優に手を握られた。


「友里ちゃんのおかあさん、まだ帰ってないの?」

「うん。しばらく、あっちにいるって」

「じゃあ、うちにおいでよ。土日も一緒にいよう」


 優の誘いに、友里は笑顔で頷いた。いちど家に帰ってから、テーブルの上の置手紙を読んで、サッと表情を曇らせたが、紙はそのままテーブルの上に戻した。

 ガスなどをすべて止め、冷蔵庫の持てる食材を持って、荷物と一緒に詰めた。


 ::::::::::::


 駒井家に戻ると、優の母の芙美花がお夕飯を用意していた。父の智宏はまだ帰宅してない。

「大変だったね」

 彗が、紀世に着いていった件をすでに聞いていたようで、友里は、うんと頷いて、もってきた食材などを駒井家の冷蔵庫に入れさせてもらった。

「連絡きてたの?」

 彗からの連絡を受けていた芙美花が、やはり彗の見立て通りで、紀世はすでに点滴をして帰宅したと報告してくれた。優と友里はホッとして見つめ合った。

「……少し、不安が勝っているのかもね。教育実習だってみんな紀世さんが大好きになったけど、楽しいばかりじゃなかっただろうし」

 優が、水曜日に生徒たちに見送られた紀世が、いかに良い先生であったかを芙美花に告げた。

「なんとなく鼻持ちならない娘というイメージだったけど、彗が求めるだけあって、カワイイのかしら?」

 芙美花の中の紀世のイメージがよくなった気がして、優と友里は微笑み合った。


「紀世ちゃんと、彗さんは、正式に婚約ってことになったの?」

 友里が問いかけると、芙美花が「はあ」とため息をついた。

「優への申し出を断った手前、こちらからオファーするのは気が引けたんだけど、保留中。ガンが治らなければ、結婚しても良いけど、治って、子どもが産めるとしたら、彗なんかいらないって言われている、可哀想」


「治ったら婚約じゃなくて?優ちゃんは欲しがられたのに?」

「まあ今の科学では男側の遺伝子が遺伝子することになっているから、反論も準備不足だしね。わたし個人としては、遺伝子のありようは、脳や腸の形も関係してくると思っているし、環境や食物、発育過程でも変わる、生体検査で細かな性格まで把握できるかと言えばNOなんだけど、統計学はやはり信頼できてしまうし」

「うん……?」

 友里が、芙美花の言葉にぽかんとした。優が嚙み砕いて説明する。

「つまり、わたしを母体として利用することは、子どもに遺伝しないからどうでも良いけど、彗兄が、尾花家に入る場合、駒井家の男の遺伝子がつながるから駄目って否定された」


 友里が思っているよりもカッとして怒るので、芙美花と優が困ったように笑った。

「そういう人も、この世にはいるってコト。人間を、器としか思えないし、器に満たないないのならいらないって、言えちゃう人」


 芙美花が、お味噌汁の最終的な味見をしながら、できるだけ柔らかな表現で言った。友里が怒っているので、「どうどう」と馬をなだめるようにして、怒る気持ちはわかるが、落ち着いてお夕飯を食べようと促した。


 夕飯は和食で、カレイの煮つけと付け合わせのしいたけの含め煮、タケノコの土佐煮、小松菜とカボチャの煮びたし、茄子の味噌汁とごはん、キュウリと大根の粕漬が並んだ。父と彗が遅いことはわかっていたので、3人で存分に夕食を楽しんだ。

 デザートに柚子シャーベットが出てきて、友里は手を叩いて喜んだ。しかし彗と紀世の婚約がなされなかったことをまた思い出して、もやもやしている顔をしたので、芙美花が笑った。


「女は、なにも遺伝子を世界に残さないって言われると、変なのって怒るのも、思うのもわかるわ」

「だってわたしたち、母の遺伝子だって感じてるものね」

「優ちゃんと芙美花さんは、中身そっくり!!」

「あはは、どうだろう、母?」

「見た目、お父さんそっくりだけど、優は子犬みたいに甘えたりはしないわねえ」

「優ちゃんは、わりと甘えんぼですよ!」

「友里ちゃん……!」

 芙美花が、恋人の発言に慌てた優を見て、声を上げて笑う。

「正直、遺伝は感じるけど、4人とも、私とは全く違う1個人だと思っている。だって生まれた直後は真っ白で、私の意思や考え方に似ているのは、生まれてきてから、私と智宏ともひろさんとで教えた価値観だと思うから。そこをベースに、個人個人が勉強して、環境で培ったものが確実にある。放っておけば、家の住人の考え方になる、とは絶対に思えない。家や伝統に沿って、血を残すことを否定するわけじゃないけれど、それに固執しすぎないで、個人の幸せを大事にできる社会になればいいなと思うわ」


 友里は、残りの柚子シャーベットを食べきって、ウンと頷く。

「芙美花さんは、もしも、智宏さんが女の子でも、恋をしましたか?」

 優が、友里に問いかけた台詞を、友里が言うので、優は思わずむせた。


「したわ。した。あの性格のままだったら!ぜったいかわいいもの。女であれと言われて女らしくなっていたとしても、駒井家の風習にのっとって、堅苦しく生きてた様がホントセクシーだったから、他のお金持ちと結婚させられる前に攫うわ。向こうが私を、好きだったらね」

「わー!すてき」

「両親のそういう話、あまり聞きたくない」

 ゴホゴホとむせながら、優はつぶやくが、友里が嬉しそうなので、仕方ないかとため息をついた。

「でも、そうだったら優ちゃんと、恋人にはなれなかったかな」

「祖父殺しのタイムパラドックスね。いや、どこかに生まれてたでしょ。そして友里ちゃんと必ず出会って、恋におちてたと思うわ。これは某青い猫型ロボットに出てくる理論だけど、未来は起こる事象が決まっていて、存在していたものの過去を干渉されても、変わらないのよ」

「!」

 友里はキャッキャと喜んで、芙美花とスコシフシギ談議に花を咲かせる。親に、必ず出会って恋に落ちると言われて、優はひとり、赤い顔をしていた。


 :::::::::::


「芙美花さん面白いね」

「ほんと、ほとんど、いい加減だけどね」

 優と友里の部屋に戻って、優がため息をついたので、友里は優の膝に座った。


 リフォームは来週からで、優たちは、その間、また元の優の部屋に戻ることになっているが、荒井家に住もうと、優に提案され、友里は戸惑った。

「マコさんも、寂しいかもしれないし、どうかな」

「お母さん5月中戻ってこないし、それを伝えたら、これ幸いと、大阪に行ったままだから、ふたりきり同棲になるけど、いいの?」

「いいよ、色々練習になるし」

 友里は、優とふたりきりの生活もたのしそうだが、全ての生活を賄うと勉強が心配だと言って、それは保留にしてもらう。

 優の手を取った。


「優ちゃん、大好き」

「ありがとう、わたしも、大好きだよ」

 友里は、チュと優の指にキスをして、それから、唇にもキスをした。

「どうしたの?優ちゃん、……少し、元気がないみたい」

 友里が、優の髪を撫でて、抱きしめた。いつもなら、深いキスを何度もするはずの優に、友里は首をかしげた。

「元気だよ」

 優の言葉が嘘のような気がして、友里は優にしがみつく。金曜日の夜、土日は出かけるにしても、おやすみの前の日なので、いつもなら、いちゃついてお風呂に入って、少し長めに愛し合う時間だった。友里は、優の背中を撫でて、肩に顎をのせると、耳元で囁いた。


「必ず出会って、恋に落ちるんだって」

「友里ちゃん……」

 ビクリと、優が反応する。

「そうなら、嬉しいな」


 ごくりと息をのんだ優は、友里を抱きしめて、グッとなにかを意識した後、友里を膝からどかした。


「──勉強、するから、先に寝てて」


 友里は、すっかりそういう気持ちになっていたので、優の言葉に少しだけ寂しく思ったが、勉強を出されると弱い。イイコの返事をして、先にお風呂へ向かい、一人、静かに就寝した。

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