第220話 リフォーム



「高岡ちゃん、なんていってたの?」

 優は、無邪気な友里の問いかけに、頭を抱えたい気分で、膝に迎え入れた友里の背中に顔を付けた。友里に「2kg減らせと指示する」というミッション以外、もしも、今夜別の……少しでもセクシャルなお願いをしようものなら、友里がふざけて「高岡ちゃんに言われたから、従うね♡」などと言い出して、高岡に直接、伝わってしまうだろう。

 高岡の高笑いが聞こえた気がした。

(今夜は、お願いひとつも難しいな)

 優は、はあとため息をこぼした。優は、問題を先送りにして、呟いた。

「村瀬が、ヒナさんとの仲を取り持とうとした……んじゃないな、悪ふざけしたみたい」

「ええ、ヒナちゃんからも、聞かなきゃ」

 もう23時近いので、友里は明日に持ち越して、ワクワクと目を輝かせた。

 髪を結い上げ、すっかりお風呂の準備をしている友里は、頭にピンク色のバンダナをしていた。お花のように見えて、優は思わず、フィンランド語で花を意味する「クッカ」と呼ぶ村瀬の祖母を思い出して、後ろから首筋にキスをしながらその話題を出した。

「そうなの、村瀬さんのおばあちゃん、タニアさん、もうずっとクッカって呼ぶんだよ」


 いつの間にか村瀬の祖母と縫物の件で、意気投合しているようだ。糸がずらりと並んだ要塞のようなお裁縫部屋に、友里が思い切り興奮したスタンプを返している。

「今度ね、お裁縫台とか、くけ台を譲ってくれるって。楽しみ~」

 お裁縫台も、くけ台も、どんなものかわからない優だったが、友里が嬉しそうだったのでおだやかな微笑みを友里に向けた。


「作家ネームにしちゃおうかな、クッカ」

「かわいい。わたしのお花さん」

 優は友里の柔らかなお腹周りの手をそっと組み替えた。友里がいやがらない限り、柔らかなぬくもりを心置きなく堪能することにした。優のよこしまな感情など気付かず、友里が、いつものようにカワイイカワイイと鳴きながら背中の優に体をこすりつける。

「友里ちゃん自身は、ひまわりみたいに明るいけど、たしか、誕生花はニゲラ」

「どんな花?音が、強そうで嬉しいな」

 友里は、「生まれ変わったら屈強なゴジラになりたい」とうそぶいた。

「細かな茎で、花弁が尖っていて、小さくて、可憐な青い花だよ。白と紫とピンクもあったかな」

「優ちゃんは?」

「わたしは、コスモス」

「背が高くて凛としてる!わたしにとっては、牡丹とか芍薬とか、派手で大きくて、いい香りがして、ヒラヒラのお花が優ちゃんって感じする」

 友里の中で自分がどんなプリンセスにされているのか、少しおそろしい気持ちで、お礼を言って、優は(来世、ゴジラと牡丹は恋ができるのだろうか?)と思った。ぼんやりと、ここが幸せの絶頂のようで、このまま永遠に続けばいいと思った。


「あ、月曜からリフォーム相談が始まるよ。お写真を見て思ったんだけど、そういうのが好きなら、棚とか、母に言ったらいいんじゃないかな」

「待って、お裁縫部屋が出来るってコト!?」

 友里は、優にしがみ付いた。思いもよらなかった友里は「こまるよ~」と叫ぶ。

「でも、結局、リフォームされるなら自分が使いやすいほうがいいでしょ?ミシンや布を入れておく棚の幅も決められるんだよ?スッキリした部屋がバレエの柔軟にも最適でしょ」

 優は、言いながら、やはり自分はあの母の娘なのかもしれないと思った。あとで直すより、先に最高級の要求から、折り合いをつけるほうが効率がいいと思った。

「妥協は、無意味だよ、土日に相談しよ」

「はあい」

 友里がでもでもだってと言いたくなる気持ちを押さえて、いいこの返事をしたので、優は頭を撫でた。

「友里ちゃん」

 そのまま癖のように背中にキスをして、友里が、鼻にかかった声を漏らした。

「可愛いけど、お風呂が先!優ちゃんもいこ」

 くるりと膝の上で振り返って、友里は優を促すように手を回し、優の唇にキスをした。優が赤い顔で、友里の大胆な唇を預けるだけのキスを受け取る。

「ヒナさんちだと、キスをするのも戸惑っているのに」

「だってあれは、人様のお家でしょ。ここは、優ちゃんちだから!優ちゃんは、したらいけないところで、迫るから困るの」

「大胆な友里ちゃんばかり見てるから、こまる友里ちゃんがかわいくて、つい」

「優ちゃんて、ちょっとそう言う……いじわるなとこあるよねえ」

「自分では止められないから、いやなら友里ちゃんが止めてよ」

「そんな、だって、──いやじゃないから困るの」


 しみじみと、友里がいうと、優が「アハハ」と噴き出した。

「もう!優ちゃん!!」

 友里が照れて声を出すと、優は合図とばかりにベッドへ押し倒した。優が友里の両手首を押さえつけながら、キスを2度、角度を変えながら表面だけをなぞって、下唇を唇の先でなぞると、友里はふるふると震えた。

「だから、お風呂」

「どうせ汗をかくのに?」

「……学校行って、バイトした帰りだよ?恥ずかしいよ」

「いい匂いだよ」

 優は友里の手枷を解いて、そのままキャミソールと短パン姿の友里の体を、そっと撫でる。首筋にキスをして、おなじところをぺろりとなめると、友里はビクリと震えて、グッと口を押さえた。

「こ、声を出すから、優ちゃんがやる気が出ちゃうんだよね、……っ」

 ふるふると震えつつ、友里はおどけて両手で唇を抑えると、足をモジモジした。

「……」

 優は目をぱちぱちと瞬きした。優の服の布が当たっている部分がもどかしいのか、そっとそれをどかした友里を見つめる。逃げようと思えば逃げられるほど自由なのに、友里は優の次の手を待つようにちらりと優を見た。どこか期待している赤い顔に、優は心臓が震えた。

「ちょっとしたら、ちゃんとお風呂に入る予定だったんだけど」

「っ」

「予定変更しようか?」

「!や、んっ」

 友里は震えつつ、優が撫でる腰をくねらせた。最後のカギで、お願いをすればそのまま愛し合えるような状況で、優は走り出しそうになる。

 しかし今、お願いをしたら高岡ちゃんに「そういう意味で駒井優に従えと言ったんじゃないわ」と怒られてしまうのではと頭を掠めて、優は欲望と一緒に、ごくりと息をのみこんだ。


「……うそだよ、お風呂入ろうか」


 優は、横になっている友里を抱えながら起きて、真っ赤で息を荒げている友里の頬にキスをした。お姫様抱っこをして、お風呂場へ向かう。

「!?」

 友里が戸惑っているうちに、体中をピカピカにされて、湯を張った浴槽に、ふたりで浸かった。友里は(裸は恥ずかしいんじゃなかった?)などぶつぶつ言っているが、優は聞かないふりをする。

「もう1回体を洗うね」

 優は丁寧に泡を立てて、自分の体を洗う為に、浴槽から出た。友里は優のなにかと戦っている様子にはてなの顔をしたまま、じっとそちらを見た。

「優ちゃん綺麗」

「あはは、ありがと、でも恥ずかしいからあんまり見ないで」と優が言うと、友里はおとなしく壁を見つめた。洗っている様を見るのは、マナーに反すると思っているようだ。


「優ちゃんってムダ毛とかの処理どうしているの?」

「え!……高校に入った頃から、母がサロンに連れてってくれて、それから美容院に行くペースで通っているよ」

「やっぱそうかあ、わたし、わりとうっかりで、突然優ちゃんが、スイッチ入った時に、わ~~ってなっちゃう」

「あはは、まったく気づかないや」

 優に良く見られたいと思っている友里が、時々見分されて、優はときめく。

「友里ちゃんのモノなら、地球上から何一つ消えなくていいよ」と言ってみると、友里はカアッと顔を赤らめた。

「やっぱり気付いていた?!わっさわさでもいいの!?」

「気になったことはないけど、わっさわさもかわいい」

「うそだあ」

 友里は、浴槽の中で、ぶくぶくと文句を言う。一眼レフカメラに続いて、費用が必要な目標が出来てしまった気がした。

「バイト、これ以上いれたら受験に向けて、体が心配だよ」

 優は体の泡を流しながら、すこし思案して、どうしてもというなら、今度一緒に、母の芙美花に頼んで連れて行ってもらおうと提案してみた。

「背中に傷があっても、怒られない?」

「確かシールを貼って、避けてくれる気がした。むしろ丁寧にしてくれるんじゃないかなあ」

 優は、頭の中の高岡に「いま!2kg痩せるように言え」と言われた。脱毛に加え、痩身エステも一緒にすれば、一瞬なのではないかと気付いたが、以前、店員に、「おとなになったらぜひ」と勧められたブライダルプランのようで、すこし頬を赤くする。


「あ~……わたしは、本当に、友里ちゃんがむにむにしているのが好きなんだけど、高岡ちゃんが言う、従えって言うのは、その」

「あ、もしかしてダイエットかな?」

「そう」

「優ちゃんを使うなんて、高岡ちゃんてばあ」

「無理しないでね、2kgでいいんだからね、それ以上痩せないでね」

 優は、浴槽に戻って友里を背中側から抱きしめて、首筋に顔をうずめると、早口でお願いする。

「ユウチャンカワイイ!!」

 友里が小鳥のように鳴いて、くすくすと笑った。

「体がピタリと吸い付くようで、すごく好きなんだけど、どうしても痩せなきゃいけないの?」

「うーん、さすがに」

「無理しないで、本当に。名残惜しい……!」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめると、友里が、キャッキャと笑った。「優ちゃんが無駄肉を愛してくれてて、かわいい」というので、優の真剣な気持ちが届いていないと思い、優は友里の首筋にキスをした。

「友里ちゃんに、無駄なモノなんてなにもないよ」

「いつか、お布団みたいに大きくなっても許してくれるの?」

「体が心配だけど、きっと大好きなままだよ」

 ホントかなあと友里は首をかしげて、くすくすと笑った。

「だって優ちゃんの大好きな鎖骨が、見えなくなっちゃうよ、こうしてお風呂にも一緒に入れなくなったらどうする?」

「だから……友里ちゃんの体だから、無駄肉と呼ぶそれも、愛おしい」

 優はもどかしくなって、お湯の中で友里の体をまさぐった。友里の高い声を聞いて、どういえば、自分の気持ちが信用してもらえるのか、言葉で表しきれない気がした。しかし、暴力的だなと思って、気持ちをおさえた。

「ごめん、すぐ手を出して。あの、──好きだよ」

 子どものような言葉だと思って、優は羞恥に震えた。結婚の約束をして、一生一緒にいてくれると言ったのに、まだその辺りをうろうろしているのかと自分でも思う。

 友里がそっと、ちゃプンと水音をさせながら振り返ると、優のあごに手を添えて、唇の端にキスをした。

「大好き。どんな優ちゃんもかわいい」

「お布団になっても?」

「最高♡ずっと一緒に寝てようねえ♡」

 友里が、どんな優でも褒めたたえる姿が容易に想像できる。言われ慣れているからだと思って、優はハッとした。友里が、優の言葉をお世辞だと思うのは、ずっと友里への気持ちを隠し続けた弊害だと気付いて、優はぐらりと視界がゆがんだ。

「友里ちゃん、わたしを罵ってくれ……」

「なあに?突然。可愛い。のぼせたの?」


 いつでも友里にのぼせていると言いかけて、優はそろそろ友里を本格的に愛したくなって、お風呂から出ようと誘った。言葉を信用されないのなら、口説くのはベッドの中だけにしようかとも思ったが、それでは本末転倒だ。やはり友里が、慣れて当たり前だと思うまで、言葉にしていこうと、友里を抱きすくめながら思った。

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