第219話 いい友達
夜9時、友里のアルバイト先のファミレス。平日だがGWの浮かれぶりが明日明後日と続く金曜日だったせいか、なかなか終了時間だというのに仕事から抜け出せずにいると、優と優の兄、彗が来店したので、友里は手を振って出迎えた。
「いらっしゃいませ、お席にご案内しますね」
「あれ友里ちゃん、新しい制服だ」
優が、目ざとく言うので、友里ははにかんだ。今までは水色で、不思議の国のアリスのようなエプロンドレスだったが、コーヒー色でどこも透けないワンピースだ。白いエプロンは、腰にスナップで装着するだけになっているが、今まではエプロンの肩が、注文用のハンディ──ポータブルデータターミナルの重さで傾いていたが、そんなことも無くなった。ひらひらとした装飾はなく、頭にヘッドドレスもない。スカートはタイト気味に短いが、下に白いパンツスタイルが選べた。ヨガ用のスパッツを履いて、透け対策も、完璧だった。
「動きやすいよ!」
「かわいい」
優が照れもせず言うので、彗と友里が真っ赤な顔で、優を見つめる。友里は、2人を席に案内した。
「荒井ちゃん、あがっていいよ、10時までになっちゃう」
ホールスタッフの飯島がシルバー食器を補充しながら、村瀬に紙ナプキンを補充するよう指示して、友里の退勤を促した。客足が落ち着き、様々な物の補充や掃除時間になったので、それを手伝ってから、タイムカードを切った。
彗と優の席へ行くと、ふたりはちょうど食事が終わったところで、紅茶を飲んでいる優の隣に、友里は座った。
「お疲れ様」
にこりと最愛の彼女に微笑まれて、友里は疲れが吹き飛ぶように蕩ける。
「ありがと、お迎え大変じゃないですか?嬉しいけど」
「友里ちゃんがファミレスでバイトしててくれると、外で食べる口実が出来るからマジ助かるよ」
彗に言われて、友里はえへへと笑った。
「紀世が、今日、診察に来たよ」
彗が、守秘義務を順守しつつ、「紀世に伝えてほしいと言われたので」と前置きした後、友里に言った。土日に検査入院するための診察だという。
「教育実習、来週半ばまであるのに大丈夫?」
「平気、緊急入院にならない限り、1週間ぐらいはおくものだから」
「フラグでは」
友里が怯えながら、彗に言うので、彗は大丈夫だよとタレ目をより細くして、微笑んだ。
「彼女、『先生』に憧れてるんだから、盛大に見送ってあげてよね、優」
彗に言われて、優のクラスの熱い面々が、教育実習生の紀世に、花束や色紙の準備をしていることを、内緒にしておいてねと釘を刺しながら、彗を安心させた。
「俺にとって、2週間とか一瞬だなって思うけど、優たちはまだ、濃いよね。大阪いって、学校行って、バイトして……お泊り会!良く体力が持つなあ」
26歳も半ばの彗が、高校生を眩しそうに見つめた。
「さすがに、ちょっと疲れてるから、明日はゆっくりする予定だよ」
「わたしは、朝から教習所かなあ」
「え」
優は、一緒にゆっくりする予定だった友里をじっと見つめた。
「わたしも一緒に映画みたり、だらだら優ちゃんと、ベッドに転がっていたい」
「ベ……っ」
「でも、今月末には、免許を持って、納車したいんだ……!梅雨が来る前に!!」
友里の決意に、駒井家兄妹が拍手をした。
「教習所はどう?」
「あ~~……!う~ん」
歯切れ悪く友里が言うので、優と彗は顔を見合わせる。
「いや、自分で頑張るって決めたので!」
友里が折り合いをつけたのか、そう言うので、優と彗はただ頑張れと伝えた。村瀬から受け取ったヒナの撮った写真をしばし見て、彗がキャッキャと喜ぶので、優と友里もお泊り会であった出来事などを彗に報告した。
夜10時前に、ファミレスに
「村瀬さんをおむかえにきたの?」
「そういうわけじゃなくて!たまたま、遅くまで吹奏楽のみんなと遊んだから、送ってもらおうかなとおもっただけです」
友里が問うと、望月は早口で言い訳をまくしたてた。
「それなら俺が、おくってこーか?」
彗が、ニコニコと180センチの長身から、155センチの望月を見た。
「いや、うち、ここから2時間かかるんで、ほんと、今からだと12時超えちゃうし申し訳ないです」
「村瀬さんはいいんだ?」
「友里先輩!だ、だってあいつはバイクだから、あの、もう少し早く帰れるし」
お会計の番になって、彗が支払い、どちらでもいいよともう一度望月を誘った。
「いいの、彗さん、望月ちゃんは、村瀬さんと帰りたいの」
「あ!」
気付いた彗が、淡く頬を染めて、ニコリと望月を見て、こくこくと頷くので、望月は慌てて友里にしがみ付き、首を横にぶんぶんと振って、低い声でなにか呪詛のようなものを言っていた。
「そういうのじゃなくて、友里先輩は可愛い顔でそういう冗談を言いますけど、ほんとにそういうのじゃないので、あいつにはぜったい言わないでくださいね」
友里はくすくすと笑って、小さな望月の背中をトントンとあやすように撫でた。
バックヤードへ続く銀色のドアが開いて、黒いパーカーにジーンズ姿の村瀬が「お疲れ様です」と声を出して出てきた。
「あっれ、皆さん俺を待っててくれたんですか~?」
人懐こい笑顔で、駆け寄ってくるが、望月が「待ってない」と言って村瀬に食ってかかるので、駒井兄妹と友里は微笑ましく見守った。
「こんな勝気な感じですけどね、璃子は、恋人とか見つけると花火に例えるくらい乙女でかわいいやつなんですよ」
「村瀬エ!」
望月は村瀬の尻を蹴るので、友里はハラハラする。ファミレスのレジ前なので、スタッフの保科も笑ってみているが、すみませんと一声かけて謝った。
「いいよ、いつもこんなだし」と保科は笑ってくれたが、友里たち5人は店を後にした。
「じゃ、運転手、頑張ります」
望月にヘルメットを手渡しながら、村瀬は駒井兄妹と友里に挨拶をして、大型バイクに乗り込んだ。
「へえカッコいいな」
彗が話しかけて、しばし村瀬とバイクの話に興じるので、友里と優、そして手に自分専用のヘルメットを持った望月は、駐車場で待たされていた。
「花火に例えるってどういうこと?」
友里の問いかけに、望月は一瞬動揺して、頭の中で整理するように話し出した。
「街中で、突然見える花火ってあるじゃないですか。お祭りとか、バックグラウンドもなにもわからないのに、突然きれいなものがみれてラッキー!みたいな。あの感覚です。友里先輩とか、もう、それです」
「ええ……!そんなドッカンとしてる?!」
友里は照れまくる望月につられて、一緒に照れて、微笑んで、頷いた。
「この間のお泊り会でやったみたいな手持ち花火が」
言いかけてやめるので、友里は望月を促すように首をかしげた。
「自分は、あのくらいの輝きがいいなって。手のひらで、でも近づきすぎて触ると熱いから、大事にして、光ってて、終わらないでほしいな~ってぼんやり考えるくらいのモノが、自分にとっては、ちょうどいいのかもしれないと思いました。本物の花火はすぐ終わっちゃうんですけどね!」
望月は、友里の反応を見る前に、おどけた。赤い顔で、望月は友里に「おやすみなさい」と言って、彗と盛り上がりすぎている村瀬の元へ行って、帰宅を促した。優と友里に手を振って、彗がふたりの元へ駆けてくると、5人はそれぞれ、帰路についた。
「村瀬くんと望月さんはつきあってるの?」
運転席の彗が言うと、優と友里は後部座席で顔を見合わせる。
「ううん、いい友達だよ」
優が、彗に応えると、友里は、ニコリとして優と手をつないだ。
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夜、優の自室で、高岡からの通話に答える優は、夕方の写真部での出来事を聞いて、すこしだけ株の上がっていた村瀬の、急落する株価に頭痛がした。会話は全て、英語だ。
「それで、高岡ちゃんはその、なにを思った?」
あまりにも身のない質問に、高岡は質問の意図が分からず答えなかった。優自身も、ヒナの片思い状況がどうなっているのか気が気でなかったが、ヒナのフォローをしておこうとする。
「友里ちゃんに、写真を見せてもらったよ。ヒナさんって本当に写真が上手だよね、高岡ちゃんは、ヒナさん自身を気に入っているように思うけど、どうなの?」
『ええ、お気に入りよ。そうそう、あなたの写真は、ほぼ友里と一緒よ。友里のひっつき虫さん』
高岡はくすくすと、笑って、『ヒナは』と真剣な声になった。
『先輩だけど付き合いやすいわ。きっと、ヒナが自己犠牲の多い人だからかな、私みたいに気の強い女に、合わせてくれている。すこし悪いと思うわ』
「ヒナさんって、わりと奔放なお姉さんに強い憧れがあるから、高岡ちゃんみたいなタイプ、本心から気に入ってるんじゃないかな、犠牲なんて思ってないよ」
『いやに肩を持つじゃない?』
優は、踏み込みすぎたかと、グッと息をのんだ。思わず応援してしまうのは、義務や自己犠牲でそばにいると思われることが、本当につらい片思いを経験しているからかもしれないと、優は自己分析する。
「高岡ちゃんは、素直でかわいいと、思うから。そばにいたくている人のことを、信頼してくれたらいい。友里ちゃんもわたしも、そうだよ。自分を卑下しないで」
『今日は何?毒でも飲んだの?最期にイイ人と思わせたいの?』
高岡の辛辣な言葉に、優は思わず震えて笑う。
「思ってもないことをいっているわけじゃなくて、事実を述べているだけだよ、見た目も美しいし」
『あなたほどじゃないわ。そうだ、ねえ、髪を伸ばさないの?』
優の言葉を遮るように、高岡が問いかけるので、優は何度も言ってきた「ショートが楽」ではなく、高岡に本心を言っているという証拠を見せるために、友里に答えるようにした。
「鏡を見るたび、おばけがいると思って、いやなんだよ」
『お化けも怖いんだったわね。ごめんなさい、弱虫なの、忘れてたわ』
「……」
素直に答えた優に、高岡が心底同情するので、優は黙り込む。
『友里って綺麗なお姉さんが好きじゃない?だから少しでも、あなたも友里の好みに近づけばいいのにって思っただけ。友里はあなたのためにどれだけ……!』
そう言うと、高岡は友里が、優のために太ろうとしている件を、伝えた。
「世界に友里ちゃんが2kgも増えて、わたしは嬉しい。ムニムニが可愛い」
『はあ、人間体重計は、いつ友里を持ち上げたの?自分がムニムニしたいからって、友里が足を悪くしてもいいの?』
高岡も優にあわせて「ムニムニ」と言い出したので、優は微笑んだ。
「明後日のレッスンで、もう少し注意したいから、友里に痩せるように言ってちょうだい、今夜中に!』
「わたしには荷が重すぎるよ」
『あなた以外、誰がその役職に就けるって言うのよ!』
「優ちゃん、お風呂一緒に入ろうよ、やっぱ!ねえ」
優の通話の後ろから、友里の声がして、高岡は大きなため息をついた。
『ほらいた。いるのね?伝えたわよ!』
全て悟られて、優は、唸るように頷いた。
「いや、アルバイト先から帰宅したら、友里ちゃんのお母さんが、今夜から大阪へ行くって行くから、それで、うちに」
素直に話すタイムに入っていた優は説明口調でそう言って、高岡に重いため息を吐かれた。
『友里、駒井優の言うことに従ってね』
日本語で、友里に優し気な声でそれだけ言うと、高岡はプツリと通話を切った。
「なになに?なにを従えばいいの?」
キャミソールと短パン姿の友里が、勉強机に座っている優の背中にぴとりとくっついた。優は人の恋路を応援しているつもりだったが、高岡にしてやられたので、遠くのヒナに心の中で、(高岡ちゃんは一筋縄ではいかないぞ)と忠告した。
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