第217話 迷探偵
放課後、写真部の部室で、ヒナは真面目な顔をして机に肘を立て、悩んでいた。
「
相談役として呼び出された村瀬詠美は、5分ほどの沈黙の後の言葉に、思い切り噴き出したが、ヒナが真剣な顔をしているので、コホンと咳払いをした。
(この遊びには、ノっておきなさい)と悪ノリの悪魔が囁いたので、村瀬は、金曜日のアルバイトの時間まで1時間、写真部のきしむパイプ椅子を背に、詳しく話を聞くことにした。
「朱織って、うちのクラスで友里さんの親友の、高岡朱織ですよね。駒井優さんに?どうしてそう、おもったんです?」
村瀬が、すこしカサついた甘い声で、ヒナに軽やかな説明口調で問いかけた。
「この間、お台所で、ふたりがあうんの呼吸で家事をしてたの」
「友里さんだと駒井さんって、全部私がやってあげるねって感じだけど、朱織とは、お互いに命令するかんじがありましたね」
以前柏崎写真館で、ドレスアップした際に友里から、優の好きな色を聞いてドレスを用意したヒナは、唸る。
「朱織、ワンピースに、折りたたみ傘も、お財布も、紺色だったのよ、優さんが好きな色は紺色!あわせてきたんじゃないかな!」
ヒナが、唸ったままなので、村瀬は頬杖をつくのをやめて、こくこくと頷く。
「友里が、優さんといちゃついていると、見てられないって顔で、プイってしたり、引き離すのもさあ」
(それは、あれだけいちゃついてたら、よそでやれって思うよなあ)
村瀬は、薄眼でヒナに微笑みかける。
「愛してるゲームだって、優さんにだけ照れてたし!!」
村瀬は、どちらかというと、絵に爆笑していたと思うが、話を進めるためにコホンを咳払いをして、黙る。
「決め手は、お財布にね、優さんが描いたイラストが、綺麗に入っていたの」
だぁんと、ヒナはそこまで強くない写真部の机を、殴った。キイと音を立てて、きしむので、村瀬は(がんばれ)とおもいながら、机を撫でた。
「それはちょっと、そうかもって思いました、気になりますね!」
「自分が、お財布に、相手が描いたなにかを入れる時って、どういう気持ち?村瀬が、友里が描いたなにかを、お財布に入れるとしたら!」
ほとんど涙目のヒナに、村瀬は(とんだポンコツ推理だな)と思いながらも、考えるふりをする。恋は盲目、迷うほうの探偵を生み出してしまうのだろうかと思った。ヒナの考えるそれらすべてが、恋をしていたら当然、避けるものだと思った。料理中にもよく見せようという雰囲気がまるでない、口差がない友人という姿であったし、もともとモノクロが好きそうな高岡が、唯一赦せる色として紺を持ち歩くのも、イメージに合う。高岡が、優を好きと仮定してみる。普段あれほどツンツンしていることが、好きの裏返しだとしたら、好みの色を1mmでも知っていたら、いやでも外してくるだろうと予想できた。
(いちゃをみたくねえのは、たぶん、友里さんがふにゃ~ってなってるのを見たくねえのかな、って予想してるけど……、まあ聞いたわけじゃねえしなあ)
村瀬は、別のことを考えておいて、さも答えが出たかのように手を叩いた。
「ええ、と、友里さんの私物を、俺がお財布に入れる理由!うーん、うーん、『いつも一緒にいたいから♡』これです!」
村瀬は、ワルノリをする。ヒナが、ガアン!と、思い切り傷ついた顔をするので、村瀬は正解をひいた気がした。
「そうだよね!?それしかないよね!?!?ワタシだって、朱織が描いたなにかを、お財布に入れる時は、そうだ!」
ヒナの必至ぶりに、村瀬は噴き出しそうになりながらも、慌てふためくさまが面白くて黙っている。
「そしたら、朱織が駒井さんのこと好きかどうか、検証しません!?」
「はあ?むりむりむりむり!!しんじゃう!」
柏崎写真館で撮った花火大会の写真が印刷されていく音が、写真部に鳴り響く。村瀬は、それを1枚手に取り、胸に持ってくると指さした。
「この写真たちで、朱織の視線の先を見るんですよ!」
「……なるほど、目で追っちゃうもんね、好きな子って。推理してくってわけね」
ヒナはちょっとだけ涙目で、スンと鼻をすすった。
村瀬は、確信があった。(朱織が、駒井さんを、すきなわけねええだろ~~~)と叫び出したい気持ちで、いっぱいだったが、片思いのおもしろ暴走列車を停めることが出来なかった。
「ところで検証人に、俺を選んだのってなんでです?」
「岸辺や乾さんに、ワタシが朱織を好きって知られるの嫌だったし、姉はからかうだろうし、優さん本人に言うわけにもいかない。友里は、親友が優さんを好きだなんて、きっとショックを受けちゃうでしょ」
「なんだ、おなじ片思い相手だからかと」
「あ、ああそうね、信頼と実績」
「昨日、俺の事なんて言ったか覚えてます?」
村瀬が思わず叫んだ。ふざけて朱織に伝えてしまいそうだと言ったことを恨みがましい目で言った。
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ぱらぱらと大量の写真を見ながら、ふたりとも無言になる。しんどい作業だと思った村瀬は、この検証の報酬に、友里の写真を要求した。
「えー、友里に怒られないかな?!」
「お財布に入れよっと!」
「ううっ」
ヒナが胸の痛みを抑えている間に、村瀬は、友里の写真を選別する仕事に移った。最初、友里が金色の花火をこちらに向けて光の帯を作っている満面の笑みの、真正面の写真を選んだ。しかし、すぐに苦笑してから、横向きで空の花火を見つめている写真にトレードした。
「こっちじゃなくていいの?もしかして、見つめられると恥ずかしいとか?」
「いいじゃないですか、俺のことは!」
ヒナが、すこしだけぐにゃりと体を曲げて、にまにまと村瀬を見るので、村瀬はいやに眉をしかめて、赤い顔になった。
「わかった、優さんを見つめてる友里さんっぽくて、いやなんでしょ」
「!」
「正解!?」
「いやこっちは、うなじが可愛いので!!人妻の色気♡」
ふざけることはやめない村瀬に、ヒナは深くは追及しないことにした。
「片思いって、つらいねえ」
「あっはは、そうですね!」
村瀬は言うと、自動販売機でお茶を買ってきますと、写真部の部室を後にした。ペットボトルを、ヒナの分と自分の分、それから予備に1本購入して、はあとため息をついた。(ポンコツ名探偵のくせに、人のことだけ名推理、マジやめてほしいなあ)と思った。花火を眺めている友里の写真を、ちらりと見て、ジッと固まる。
「あら」
声をかけられた村瀬は、慌てて写真を黒いパーカーの中にしまった。
長い黒髪をサラサラとなびかせて、華麗に歩くその人を見て、また面白好きな、悪魔が囁いた。
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村瀬と全く同じ身長の165cmだが、村瀬よりもひと回り細身の高岡が、後ろから村瀬に肩を支えられて、腕組みをしている。写真部部室に来るのは2度目の高岡は、失礼にならない程度にぐるりと辺りを見回した。
「というわけで、
「村瀬!!」
ヒナは思わず後輩を呼び、小声で話をする。
「どういうつもりなの!?」
「そこを歩いていたので。本人がいたほうがいいかな!?って。俺がうまいことやりますんで、ヒナ先輩はいつも通りに」
「あとで覚えてろよ!?」
古めかしい脅し文句だなと思いながら、村瀬は高岡に向き直った。
「この間の花火の写真の整理を、一緒にすればいいんでしょ?楽しみだわ」
高岡は身を乗り出して、自分に与えられた役割の説明をしてくれて、ヒナは、村瀬がうまいこと呼びだしたものだと思った。
「忙しいのに、ありがとうね」
「ううん、今日はアルバイトが19時からで、いちど帰ろうかどうしようか、退屈してたの。友里は駒井優と帰ったし」
「ヒナ、バレエの先生だけじゃなくて、アルバイトもしてるの!?」
高岡のことを、お嬢様だと思っていたので、ヒナは思わず声を上げた。
「アルバイトと言っても、座っているだけよ。父の出資している画廊に」
「ぎゃ、なにそれお嬢様の仕事だ!?」
高岡は、くすくすと笑った。
「両親がとにかく私に与えたがるから、仕事を与えてもらっただけ。お給金がお小遣いがわりよ。友里みたいに、てきぱき好きなところで働けたらいいのだけど」
ヒナは自分も写真館でしか働いたことが無いので、制服を着て働いてみたいと、しばらくふたりで、どこの制服がいいか盛り上がりながら、写真を選別した。
「朱織、ヒナ先輩のこと気に入ってるんだ?友里さんと話してる時みたいな顔」
「村瀬はうるさいわね」
「そのじゅーぶんのいちでいいから、俺にもやさしくしてよ、俺も友里さんフリーク仲間っしょ」
「ヒナはもう、友里を諦めてるのよ。友里に対して、思慕があるけど、あなたのはanimal passionでしょ」
「急に発音良くなって怖い」
「駒井優英会話教室のたまものなの。本来はlustとかなんだけど、まあ、こっちのほうがしっくりくるのよね……」
高岡は、優と毎日の英会話をすこしだけ愚痴った。
「え?!毎日?毎日通話してんの?!駒井さんと?え、なにそれ、やっさし」
「でも罵詈雑言教室よ、イライラするのを抑えて、一応、習ってあげてるの」
「毎日通話……!」
ヒナが色々な気持ちを込めて呟くと、高岡は困ったような顔をした。
「まあ、そうね。確かにやさしいといえばそうか。駒井優には感謝はしているわ」
高岡は、村瀬の「やさしい」という発言を気にしていたようで、ヒナの複雑な恋心が(優を好きなのでは)と推理したことなど全く気付いていない。
「あ、この友里さん、かあわいい、めっちゃ笑ってる」
村瀬が個人的な感想を述べつつ、人数別に分けていた写真を、主に高岡を選別していく。ヒナの個人的な思い入れがあったのか、高岡は後半から参加したのに、村瀬や優よりも、よほど映っていた。
「恋は人をダメにしますねエ!」
「!」
村瀬は自分のことのように言うが、ヒナにだけわかるように村瀬が淡くつぶやくので、ヒナは気が気ではない。
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