第215話 恋心
お泊り会はお開きだが、キヨカのバンでドライブがてら、全員を家まで送り届けようという話になった。一番遠い望月の家まで2時間。それから、順番に帰宅する手はずだ。
「友里ちゃん、免許どうなった~?」
運転席のキヨカに問われ、中古車の相談もしたかった友里は、助手席で、教習所の進捗をある程度説明した。
「座学があと少しか、やるじゃん、57時間が最速でしょ、誕生日の25日までにいけるかな!」
「クランクとS字カーブが難しいので、もしかしたら誕生日は超えるかもです」
「あんな道、なかなか通らないよね、日常だと!」
キヨカがけらけらと笑って、候補にあがっている中古車センターに、チラッと寄っていくかと提案してみた。何台も見る必要があるかと問うと、友里は手をグーにしてから、そっとキヨカに耳打ちした。
「軽だと、優ちゃんの足が助手席におさまるか、心配なんですけど、どんな車か、内緒にしたくて、連れてかないとやっぱだめですか?」
「ぶは」
優と快適にすごすための車。しかし納車まで内緒にして、驚いてもらいたいという気持ちで揺れているようで、キヨカはその子どもらしい愛情の注ぎぶりにくすぐったい気持ちになった。
「優さんとえっちなことしたりするのも、狭いとやっぱね?」
にやりとからかわれて、友里は慌てて手をふった。
「そんなこと絶対しないです!」と叫ぶが、キヨカは「いやチューぐらいはするでしょ!?」とひかない。後ろの座席に座る優が、そわそわと友里とキヨカがなにを話しているのか気にして見ている。キヨカは、(わたしたちは似てるもんなあ、見た目だけだけど)と頭のどこかで思って、しかし話していることは優との惚気なので、無駄に向けられる嫉妬に、おかしな気持ちになった。
「優ちゃんに内緒にしたら、サプライズ嫌いっていってるから怒られるかもで」
友里はそんな状況には気付かず、優への恋心を滔々と語っている。いつでも優が特別で、大切で、喜ばせてあげたいという気持ちに、キヨカは感心する。
「結局親が買い物連れてって!と一番に乗って、がっかりするから、ふたりでお出かけに行く車一緒に探そ♡ってした方がデートの回数も増えるよ!」
友里が、ハッとしてカアッと顔を赤らめた。キヨカがワハハと笑った。
車の窓に、雨が一粒落ちた。見ているうちにみるみると、雨は広がり、ザアと音を立てた。雨の日に、中古車を見に行くのは、足元が悪いと思い、中止になった。
フロントガラスに落ちる水滴を見つめながら、望月の家に、2時間かけて送り届け、次に昨夜からほとんど眠っていない乾、岸辺とカササギは、「すごい楽しかった!」と言いながらも、貫徹には勝てず、一様に眠そうに一緒に降りた。
村瀬が、親が経営する教習所そばの喫茶店へ向かうよう、キヨカにお願いした。
「あ、わたしじゃあ、午後は教習所にいきます!」
友里がそう言って、雨の自動車教習所に挑むことを誓った。優が、ならばとペーペームーンで勉強して待つことを約束して、友里がはにかんだ。
「俺、宏衣と、GW明けから実家に住めるんですよ」
育ての親である、ペーパームーンのマスターは村瀬家の養子になっているので、
「そしたら、親の
優しい雨音の中、村瀬が言うので友里と優が驚いた声を上げた。
「うちの親が泣き落とししたらしくて、マジ、俺が見てた親はなんだったんだってくらいラブラブ。宏衣が「昔から、素直になると可愛いんだよ」とか言って惚気るし、あっけにとられてますよ」
「へえ……!よかったね」
優は驚いた顔で、村瀬の強烈な母親の、あっという間の改心ぶりに目を丸めた。
「俺の10年丸々、マジでやり直してえっす、友達診断マジ、なんだったんだ」
「5、6歳までは仲良しだったの?」
「ですね~」
その時に何があったんだろうね、とキヨカが色々推理を始めたが、当の村瀬が答えを持っているわけでもないので、ああだこうだと述べても腑に落ちないだろうとヒナが会話を切り上げた。親世代の出来事は、子どもたちには謎のベールに包まれている。
「高岡ちゃんおっつかれ!」
キヨカがそう言って、高岡の家の前に着いた。
「今回もとっても楽しかったわ、似顔絵、大事にするわね」
紺色の晴雨兼用の折り畳み傘の下で、高岡がそう言って、ファイルホルダーの入ったカバンを持ち上げる。車に入っていたビニール傘にふたりで入って、ヒナと友里が笑顔で見送る。友里はついでに明日のランチの約束を取り付けるので、ヒナも参加を表明した。
「あら、他の子も来るのかしら?」
「どうだろう、岸辺ちゃん達は、きっと来ない気がする。どこで食べよっか、屋上は月曜日だけだし」
「私、晴れたら裏庭で食べてみたいわ!」
高岡がそう言うので、友里はベンチがある裏庭は争奪戦になるから、早めに移動しようねと約束し合った。
「ヒナ、また明日ね」
高岡が、友里とばかり話していたことに気付いて、紺色の傘を背に笑った。
「うん、また、ね。朱織」
名前を呼ぶ声に熱がこもった気がして、(想いが伝わってしまったらどうしよう)と、ヒナは顔を赤くした。高岡の後姿を見送るころには、(名前を呼ぶだけで伝わるわけがないのに)と、一瞬で気持ちが落ち、ヒナはため息をついた。友里はそわそわと、百面相をするヒナを見る。
「なに?友里」
「表情が丸わかりすぎるよ」
「うえ!?うそ!?」
ヒナは、挙動不審になりながら、わわわと後ろに逃げる。
「それに、いつの間に呼び捨てに?高岡ちゃん、先輩だから、ヒナさんとかヒナちゃんって呼んでたじゃん、仲良くなってる!わたしの親友と!」
「わかんないって!なんか!昨日の夜、話してたら、急に呼んでくれるようになったの!」
友里がぷうっと頬を膨らませて、抱き着く勢いで聞いてくるので、ヒナは身をよじって逃げた。
「ゆ、友里だって、昨日の夜!!優さんといちゃいちゃしたんでしょ!?朱織が、気にして部屋を出てきたんだから!!親友って言うなら、大事にしなよ」
「えっ?!高岡ちゃんが寝てから、膝枕しかしてないよ!?」
友里は、優を膝枕して、眠るまで優と話していたことを思い出して、それが、ヒナに「いちゃいちゃしている」と高岡から伝わったことを知って、顔から火が出るのではないかと思うくらい真っ赤になった。
「はあ?それってもう、公開セッッじゃん!」
友里がカアアっと頬を染めて、慌てふためくので、ヒナが友里に抱き着いて、ふたりでキャーー!と笑い合った。
運転席のキヨカが、「そろそろ出るよ!」と声をかけて、ヒナと友里は慌てて車に乗り込んだ。
ヒナが、助手席に座るというので、友里は助手席から優の隣に席を移動した。
ようやく自分の元へ帰ってきたという顔をして、優は「おかえり」とほほ笑んだ。ヒナやキヨカとの語らいに嫉妬したのは内緒のようだが、友里のそばに寄りたくて、座席に座った友里に肩を付けた。友里は、うふふとえへへの合間のような声で少しはにかんで、優の腕にガッツリと抱き着いた。雨でぬれている友里の肩を、優が持っていたハンカチで拭いた。
「教本とか持ってきてるの?」と友里に問う。友里は本を取り出し、寄り添って、問題文などを読み合う。単純な〇×だが、かなりのひっかけ問題で、友里は普段、正解しか選ばないのではないかと思う優が、引っかかって間違えるのが楽しくて、教本を読み上げる。すると中に挟んであった葉書が落ちて、拾うと一枚の小さな紙を見つけて、友里はそれも一緒に拾った。
「『好きな人を教えて』」
「友里ちゃん」
問題文の〇×ではない設問に、優は答えた。友里はポッと頬を染めつつ、小さな紙を広げた。
「なにいちゃついてるんですか、友里さん」
一緒に設問に答えていた村瀬が思わず突っ込んだ。友里は慌てて、白い紙を掲げ、「この紙に書いてあったんだよ」と言い訳をした。
「え!」
「あ!」
優が驚くと同時に、助手席から大きな声がして、友里はヒナの方へ向いた。
「友里、待って、それ」
「ヒナちゃん、これって、高岡ちゃんのお願い箱に入れる予定の?」
「うわああ、いわないで」
ヒナのその反応に、勘のいいキヨカと村瀬は一瞬で、ヒナの好きな相手に気付いてしまった。ぴきーんと効果音が鳴ったようだ。
「ちょっとヒナ先輩~~~!!」
村瀬が、前の座席に手をかけて、「ちょいちょい~~!!」と言いながら大きな声を出す。キヨカも、運転しつつも、「ええ」と驚いた声を上げる。
ヒナは、人生で初めて、家族に好きな人がバレたことに唸ることしかできない。キヨカがすこし赤らんだ顔で興奮して言った。
「朱織ちゃんかあ、いいね。協力するし、どんどん頼ってよ!」
「うう……」
「でもヒナ先輩、『好きな人を教えて!』って朱織が言ったら、朱織本人からは、きけないんじゃね??」
「それに気づいたから、入れられなかったんだって!」
あわてているヒナは、もうどうにでもなれという声だった。
「ぜったい内緒にしてよ!?村瀬は口が軽い、っつーか、人を好きになることはいいことだからみたいな雰囲気で、言っちゃいそうだから」
「イヤ俺、口硬いっすよ、望月の件も、友里さんにずっと内緒にしてましたよ!ね、友里さん!」
「あ~、うん、はい」
友里が、歯切れ悪く答えるので、村瀬が「どうして」という顔をする。
「ちがうの、わたしは、自分でも鈍感って思うけど、ヒナちゃん、顔に出過ぎるからどうかなっておもって」
優と村瀬は、友里がヒナからの恋心に──自分達からの恋心すらきちんと気付いていなかったというのに、どの口がという顔をしたが、ヒナのために黙った。
「みんなは動かないで!ワタシだけの恋にさせて!」
「同じ片思い同士、楽しみましょうヒナ先輩!」
「やだ、あまずっぱい恋心ばっかりで、わたしもはやく真帆に会いたくなっちゃうなあ!」
「ううう~~~!!」
浮かれた者共の声に、散々だという顔で、ヒナは天然パーマのショート髪をクシャリと撫でた。
「優ちゃん」
友里は、車内の喧騒の中、先ほど、『好きな人は?』と聞いた時に優が即答してくれたことに、ひとりで胸をドキドキとさせていた。優に抱き着いたままの腕に、そっと寄り添って、すりすりと撫でる。優も、甘えてきた友里に、ドキドキと心音が鳴って、ごくりと喉を鳴らした。
「大好き」
ワイワイと騒がしい車内。振動や、雨音、たくさんの音があふれていたが、友里の声は優に届いて、優は何度目かの恋に落ちた。
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