第214話 結果発表

 GW最終日、こどもの日。キヨカや岸辺たちは、早朝はやくに写真館に戻ってきて、ランニングを終えた高岡と優を労い、ヒナの用意した朝定食を食べた。

 キヨカと真帆と大志は、ヒナが小さくあくびをしているのを見逃さなかった。

「ヒナ、どした~?」

 緑茶を煎れながら、キヨカがヒナの小さな肩を後ろからおさえた。

「んん、眠れなくて」

「貫徹しても元気なのに、めずらしいね、お熱はかろうか」

 真帆が、ヒナのおでこを触った後、体温計を脇に刺した。

「大丈夫だよ、ご飯だってちゃんと炊いてあったでしょ!」

 具合が悪いと炊き忘れるのか、ヒナはそう言って、平熱の体温計を真帆に戻した。両親は取材旅行でほぼ家にいないので、キヨカと真帆と大志は、親代わり……という名目で衣食住をヒナに頼り切りのため、ヒナが倒れると全員が行き倒れる。もちろん、それだけでなくヒナを溺愛しているので、過保護気味だ。ヒナはただ、高岡が自分が眠っていた布団に寝たという事実に、自室で身もだえしているうちに朝を迎えただけだった。


「まだ眠ってる子達の分も、今から用意しなきゃだし」

 友里と、村瀬、望月がまだ部屋から出てきていない。

「それは、私たちがしてもいい?台所、おかりするわ」

 優と高岡が、立ち上がって、ヒナに言った。ヒナは申し訳なさそうに慌てるが、しかし、お言葉に甘えて、先に朝食を頂く。すると甲斐甲斐しく全員が動き始めた。

 高岡が優に対して辛らつになにかを言っては、優が眉を八の字にして笑う様を見ながら、ヒナは大根のお味噌汁をすすった。きゅうりの糠漬けを噛み、優が手際よく出汁巻き卵を作る様子を、高岡が「ふーん」と言う顔で見守っている。ヒナが鮭の骨を取って身をほぐしていると、あいたお皿を、手際よく高岡が洗い、優がその後ろから指示をしたのか、少し怒って、しかし、言われた通りに手を拭いてから、冷蔵庫にあるサラダ菜をちぎってテーブルに並べ始めた。

(ずっと見ちゃう……!こどもの日はピュアになりたいのに!強欲!)

 視線に気づいた高岡が、ヒナのそばにやってきたので、ヒナは、慌てて茶碗を手に持った。

「ヒナちゃん、サラダ、もう少しいる?」

 小鉢に自分の分があるよと、ごはん茶碗に胡麻ドレッシングを入れてしまった。

「おいしいの?」

「え!?あ~~~!お、おいしいよ、お豆腐いれ、るから……!」

 ドレッシングごはんの中に、豆腐を入れて、サラダ菜を散らしてスプーンで食べることにする。高岡が、「たんぱく質強化ね!」と感心したように、ヒナのリカバリーぶりを見守ってくれるので、(えーん、白米ごめん)とヒナは、心で泣いた。


 ::::::::


「駒井さんね、ひどいんですよ!俺を畳に投げ捨てるんですよ!」

「友里ちゃんに、ねぼけたふりで抱き着こうとするからだろ」


 優が起こしに行って、ようやく起きてきた村瀬はヒナたちに訴えるが、優が食器などを片付けながら理由を言うと、「村瀬が悪い」と望月とヒナが突き放した。

 全員の朝食が終わり、朝の9時を過ぎていた。


「じゃあ朱織ちゃん、さっそく『線香花火、一番長く守った人が、なんでも命令できる券』の発表!開けてみましょうか!!」

 キヨカが目安箱を手に、居間の大きなテーブル周りに全員を座らせた。

 お誕生日席に座った朱織が、一枚一枚取り出す。

『switchを買って、スマブラ大会』

『この場にいる全員、モーニングルーティーンを動画SNSに投稿』

『愛してるゲーム』

『みんなが費用を持って、親友と一日豪遊』

『コスプレ撮影』

『全員に似顔絵を描いてもらう』

『みんな仲良しでいてね』

「『水着撮影会』……これってキヨカさんですよね?」

 真帆に呆れた顔で見られて、キヨカが「だって費用が浮くじゃないか」と最低なことを言い出したので、さらに怒られた。


「ヒナちゃん、入れてないわね」

 高岡が言って、ヒナが「え!」と言った。名指しで、なぜバレたのかと言う顔をする。

「イヤ、姉貴が入れてたの見えたから、バレないかと思ったのになあ」

「願い事が最低すぎて、バレちゃったわね」

 真帆が言って、ヒナが力なく笑った。

「昨夜いってた、みんなでまた遊ぶってことでいいの?」

 ヒナがコクコクと頷き、高岡は仕方ないわねとため息を吐いた。

「また遊ぶのは私が命令しなくても、しそうだから却下。この中でお金がかからないものって、似顔絵か、愛してるゲーム?これってどんなものなの?」

 カササギがビクリとして、『愛してると言い合って、照れた方が負け』というゲームの説明を言い出す。高岡は、ううんと悩むふりをして、ニヤリとした。


「似顔絵で」


 高岡が言うと、カササギが肩を落とし、村瀬がガッツポーズをした。

「駒井さん、俺の勝ちなんで、友里さんと1日デート券ください」

「そんな賭けしてない」

「くっそ、駒井さんめ」


「バカなこと言ってないで、似顔絵を描いて。わたしでもいいし、いやなら、好きな子でもいいわ。愛してるは、その相手に言って!」

 高岡が、キヨカに紙とペンを頼む。全員が、紙に向き合って、友里が一番に描き終えた。

「愛してる!高岡ちゃん」

「あら上手、カワイイ……って、え?私にそれを言うことになったの?」

「違うの?似顔絵の相手に言うんでしょ?照れなかった、残念」

「はあ……まあいいわ、ありがとう、愛してるわよ」

 高岡は「愛してる」と言いたい相手の似顔絵を描けというつもりで言ったが、友里がはしゃいでいたので、そのルールでも良いと頷いた。

 サラリと書かれた、ストレートロングの可愛い女の子は、手に花束を持っていた。高岡は絶賛する。友里はデザイン画を描くので、それなりに描き慣れていた。次に乾が「愛してるぜ!」と肩を叩いて、高岡にパンキッシュなイラストを渡した。髪がショッキングピンクだったので、高岡は妙なツボに入って、気に入ったようだった。

 岸辺は、小学生のような似顔絵を描いてくれたので、「特徴をとらえていて素敵ね」と高岡が褒めた。カササギは、自分も描いてほしいとお願いして、良い気になった岸辺はうんうんと唸ってカササギを描いた。妙にまつ毛の長い大福が生まれて、カササギ以外は言葉を失うが、カササギだけは、さんざん悩んだ末に「愛してる」と言った岸辺のことをぎゅうと抱きしめたのち、はしゃいで待ち受け画面していた。


「愛してるよ、朱織」

 村瀬が、鉛筆だけで繊細に描かれた美しい高岡を描き出してきたので、てっきり冗談風のものだと思っていた分、高岡は手放しでほめた。望月は、ツンとしつつも、「愛してるわ」とSD風の高岡を渡してくれた。周りに星が描かれていて可愛い。愛してるとは返さなかった。

 カササギは、色鉛筆で繊細に描いた高岡を「ラブユー!」と言いながら渡してくれた。ネイリストの専門学校に通い、小さい爪にキャラクターも描いているカササギなので、画力的には、彼女が一番だ。「家に額装して飾りそう」と過保護な父親を思い出した高岡だった。


「駒井優画伯を一番期待しているのよ」

「ぜったい、それで選んだんでしょ」

 優が唸る。まだ輪郭すらとらえられていないので、ジッと高岡を見つめている。

「朱織、描けたわ」

 ヒナが手渡すと、その柔らかな描写に高岡は破顔した。

「かわいいわ、こんなに優しそうに描かれたの、初めて!」

 高岡はキツイ目元をしているので、簡単に描こうとすると半月型の目元になることが多かったが、ヒナは柔らかな流線で高岡を描いていた。

「ワタシには、こう見えるっていうか……。朱織は、みんなの絵も、なんでも良い所をみつけて受け止めてくれて、すごい、良い先生になりそう!」

「言ってたかしら。バレエスクールの先生になるのが、夢なのよ、ありがとう」

 ニコリと笑って、高岡が言うと、ヒナは似合うと手を叩いて喜んだ。

「それで、あの」

「愛してるは言わなくてもいいわよ、友里が勝手にはじめただけだから」

 高岡は、ヒナの言葉をさえぎって、カラカラと笑った。

「ごめん、愛してるよ、高岡ちゃん」

 優が、裏面を表にして、紙をソッと高岡の前に置いて、ササっとふたりから離れた。高岡が手に取り、ひとりで見る。

「~~~~!!!んんん…!!!なんでっ……!!!!」

 高岡が噴き出すのを我慢して、真っ赤な顔でその紙を見つめるので、みんなが気になるが、高岡がサッと隠したので、わざわざ見に集まるのも、優に悪いような雰囲気がした。

「照れたら負けだから、高岡ちゃん、照れたことになるのかな?優ちゃんが勝ち?さすが優ちゃん、絵が上手」

「友里ちゃん、ひいき目が胸に痛いよ」

 優は、20Kmマラソンでも疲れない体を満身創痍にして、ぐったりとうなだれている。

「頑張ってかいてくれて、ありがとうね。ほんとに画伯の絵を、愛してるわ」

 笑いの余韻の残った声で高岡がこたえて、優はさらに小さく萎れた。


 高岡がお礼を言うと、みんな口々に楽しい感想を述べる。真帆とヒナが、お菓子やケータリングを運び込んで用意して、軽い昼食がはじまった。

「子どもの日をこれでもかと満喫している気がする……」

 乾が、手に持ったスマートフォンに、口に出した言葉をそのまま打ち込んで、真帆が用意してくれた綺麗なクッキーの写真をさらに美しく加工して、自分の今日のネイルと共にSNSに投稿した。


「優さんの絵、チラッと見ていい?」

 ヒナに言われて、キヨカの用意してくれたクリアファイルに一枚一枚おさめていた高岡は、「内緒よ」と言いながら、ヒナの肩に顔を近づけて、クリアファイルのなかに2人でおさまるようにしながら見せた。そこには、黒い縦の線のみで描かれた長方形の黒い物体の左脇や、下、右部分から、曲線が何本もうねりだし、四方に向かって、ベージュ色の特殊な液体のようなものを撒いている。禍々しい、完全なるクリーチャーが紙から黒い瘴気と「コオオオ」という声をだしているようだと、ヒナは思った。

「たぶん、バレエをしている私だと思う」

「うそでしょう!?」

 大きな声を上げてしまったヒナは、思わず口を押さえた。

「友里と、こういう写真を撮ったことがあるの」

「こういう、って言われても、解析できないんですけど……」

 右手を前にふたりで組んで、体のみ横を向き、顔は右手を正面に、胸を大きく突き上げ、パートナーに預けて、左手を高く掲げたポージング。高岡はヒナの手を取り、スッとやって見せた。

「!!!」

 突然、胸を合わせる構図になり、ヒナは言葉を失う。

 友里と写真を撮る際によくしていた高岡は、それを見た優が着想を得たのだろうと言った。しどろもどろにヒナが、よくわかるねと言いながら、離れた。

「友里に見てもらえば、もっとわかると思うんだけど、あの人、自分の絵を友里に見せるとちょっと嫌な顔するのよね、淑女然としていたいのかもしれないわね」


 くすくすと笑うので、ヒナもわらった。

 そこにいた優を捕まえて、ヒナが、ポージングしている高岡と友里かと問うと、優はパアッと顔を明るくして首を縦に振った。

「よくわかったね」

「ほとんどカンよ、勘。画伯、今回も最高だったわ」

 喜ぶ優に、ツンとして高岡が嫌味を言った。ヒナはその横顔をマジマジと見つめた。


 昼食の食器を片付ける際、友里と優がヒナの手伝いをした。優は、ヒナの肩をつつく。

「愛してるって言う、せっかくの機会だったのに」

「っ!優さんじゃないんだから、ポーカーフェイスで言えないよ」

 確かに優なら、ここぞとばかりに友里に言う場面かもしれないと思ったが、よこしまな気持ちが邪魔をして、本気の言葉を、冗談で返されることに胸が痛んだ。それを長年してきた優に気付いて、グッと息をのむ。

(全然、子どもじゃいられないや)

 ヒナは、もこもこの泡の付いたスポンジを、ぐにゅっと握って、子どもの日を呪った。

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