第212話 おねがい

 優が柏崎家の長い廊下を歩いて、お風呂場へ向かうと、脱衣所の前に友里が立っていた。まだ浴衣姿で、優の姿に視線をそらした。泣いていたような気がして、優は慌てて駆け寄った。

「友里ちゃん、どうしたの」

「優ちゃんこそ、──あ、わたしが遅いから様子を見に来てくれたの?ありがとう、浴衣の脱ぎかたがわからなくて」

 友里は、泣いていないよと言う顔で、へらっと笑うと、少し赤い頬で、きちんと結ってある帯のどこを外すべきか悩んでいると優に、おどけながら言った。優は、脱衣所の中に入り、手伝うことにした。



「ねえ優ちゃん、お願いに、なにかいたの?」

 友里は、明るい様子で問いかけた。

「一応、イベントのように高岡ちゃんが決めてくれることだと思うから、内緒。全部終わったら、友里ちゃんにも関係してあることだから、伝えるね」

 ほとんど正解のような事を言って、優が微笑むと、友里が優の胸にそっと寄り添った。

「わたしもね、優ちゃんにお願いなら、あるんだけど、なかなか思いつかないね」

「なに?」

 優が嬉しそうに、「なんでも言って」と言うと、友里が、パッと笑顔になった。

「じゃあ優ちゃん、さっきの続きして」

「……」

「あ!」

 優がハッとして、キスの為に目をつぶっている友里の唇に、そっと触れた。

 先ほど優が思った通り、友里はそれだけで、満足したようにニコリとほほ笑んだ。


「優ちゃん?」

 友里は、優を見上げて、なにも言わない優の名前を呼んだ。優は、わざと友里を、自分の胸に体を収めるようにぎゅうっと抱きしめた。心音が、響く。友里が好きだと全身で歌うよう。

「伝わる?」

 優がそれだけ言うと、友里が優を見つめた。

「友里ちゃんだけが大好き」

 薄手の友里の浴衣の背中に、手のひらを回して、そっと撫でると、肌を感じて、優はごくりと息をのんだ。


「泣いてたの、バレてるんだね」

 帯の隙間に手を入れて腰紐を外そうとした優は、首を縦に小さく振った。

「……、ちがうの、優ちゃんは誰にでも親切だし、淑女で、丁寧。でも、わたしだけに見せる顔と、他の人に見せる顔が違うんだなって思ったら、感情が、高岡ちゃんじゃないけど、わあってなっちゃって」

 優は、どきりとした。優から言い出すべきか、迷っていると友里が照れた顔で、困って、優の腕にしがみ付いた。

「ごめんね、これって嫉妬かな」

「村瀬なんかに?」

「あ、あの、高岡ちゃんにもヒナちゃんにも、もっと言えば、みんなにしちゃうの!優ちゃんが、そこにいて、光り輝いているだけでいい!!って思うのに、わたしだけの優ちゃんじゃないんだ、って……思う自分にがっかりしちゃうというか」

「友里ちゃん」

「ほしがりすぎて、優ちゃんも、ガッカリしちゃうよね、付き合う前と何も変わらない、もっと私を信頼してって、思うよね」


「わたしの気持ちを疑わないでとは、思う」

 優は、友里の背中に手を回して、柔らかく抱きしめた。

「けど、友里ちゃん自身が、わたしを独占したいと、本気で思うようになったのなら、すごく嬉しい」

 優は友里を抱き締めて、愛おしさが溢れだしそうな気持ちで、髪を撫でた。友里が、動揺して汗をかいているのがわかった。真っ赤な顔で、しかし、優からの愛情を全部受けとろうとして、カチリと固まり、借りてきた子猫のようになっている。


「かわいい、全部ほしがってよ」


「優ちゃん?」と友里が問いかける前に、ほほをなで、優は友里の唇をもう一度奪った。友里が戸惑って、唇を閉ざすが指先で無理やりこじ開けると、身を縮めるので、優はドキリとした。

「ん、ふっ」

 すぐに声が出てしまう友里は、息を止めたようで、むしろそれによって溺れているような呼吸になって、モジモジとして、優に縋りつく。


「優ちゃ……っ」

「まだ」

 友里が制止しようとしたが、優はそれを拒んだ。優はくらくらとする気持ちを抑えようとしたが、止めることが出来なかった。

 友里の腰がビクリと跳ねた。キスだけのつもりだが、体をまさぐっているせいで、びくびくと震えている様子に、先に進みたくなるが、キスに集中する。優が帯の下あたりに手を滑らせて、友里を支えると、友里の息が荒くなった。なにかがジンと溢れたのか、友里は、優を押して(終わりにしよう)と懇願するように瞳を開いたが、優は見ないふりをして、まつげを伏せたまま、キスを止めなかった。浴衣の襟を少しはだけさせ、鎖骨を指先でなぞる。友里の抵抗がおさまってぐったりしたころ、ようやく唇を離したが、優の唇は友里の首筋へ移行した。

「優ちゃん、だめ、声が出ちゃうから」

 友里は小さな声で優をたしなめた。

「……ごめん」

 優が、謝って手を止めると、友里はハッとして、「イヤなんじゃなくて」と、モジモジと赤い顔で自分の首あたりにいる優の、おでこを撫でた。

「ううん、優ちゃん、和装すきだもんね」

 言われて、優は「う」と唸った。浴衣姿に興奮したと思われていることに、思い切り恥ずかしい気持ちになり、立ったまま前かがみで友里を襲っていた背筋を伸ばして、そっと胸に抱きしめた。

「友里ちゃんが、わたしを好いてくれていることが、嬉しかったんだよ」

 優が、気持ちをそのまま言葉にする。キスの余韻のまま、抱きしめ合えばそれでいいと思うまで、そのままでいようと思った。友里を抱きしめたまま、赤ちゃんをあやすようにゆする。

 しかし、友里は言いづらそうに優をちらちらと見て、モジモジと太ももや、浴衣の前を合わせると、もう一度、優をちらりと見上げた。

「こんなこと言ったら、はしたないよって優ちゃんは怒ると思うんだけど……ここは、ひとさまの家だし……」

 優の腕に、両手を添えて、もごもごと言う。そしてそのまま、優の胸にトンと顔を付けた。ぎゅうっと抱き着いて、ふるりと震えた。

「あのね、今から、はしたないこと言っちゃうけど、きらいにならないでね」

 優はどきりとしながら、肯定の意味で友里の浴衣の肩甲骨あたりをそっと撫でると、友里は「ん」と声を上げてふるふると震えた。もう立てないかのように、足がガクガクとしている。

「あの……心臓が爆発しそう……声が、出ちゃうからやだって言ったのに、何、言ってるのって言われると思うんだけど、おねがい」

「うん」

 優も、吐息が切ない気がして、頷くことしかできない。友里はハアハアと呼気を荒げて、真っ赤な顔で、優を見上げると、羞恥でふるふると震えた。


「いかせて……」

 小さな声だったが、すぐに優の心臓が大きく鳴ったので、友里に聞き取れたことが伝わったと思った。その言葉を言ったのも、聞いたのも初めてで、友里も優も、お互いの顔を見つめ合ったまま、身動きが取れなくなった。


 :::::::::


「友里ちゃん」

 たっぷりと時間をとって優が名前を呼び、友里の太もも辺りに手を伸ばした。

「待って、嘘、やだ。ごめん、お家に帰ったらって話だよ」

 自分が言った言葉に驚いて、冷静になった友里は、慌てて飛び跳ねて嘘をついた。そしてすぐにバチがあたり、友里は、自分の浴衣の裾を踏んだ。

「あ!」

 優に支えられて、転ぶことは避けられたが、後ろから胸を弄られて、悶える。

「んう、あっ」

 浴衣の脇あき……身八つ口から、前身ごろから、優の手が入ってきて、友里は戸惑った。自分から誘っておいて、優があっという間に友里の弱い場所を触ってきたことにも、驚く。

(待って待って、いつもはこんなにすぐ、そこには触らないのに!)

 少しでも早く、友里を気持ちよくさせてようとしているのか、そんなことを考えている間に、優の与える刺激にあっという間に小さく達した。

「あっあ……!」

 声を押さえるために、唇を手で押さえた。胸を触っていた優の手で上から押さえつけられて、声を抑えられたが、もう片方の手で、弱い部分に刺激を与えられて、もう一度達して、ふるりと震えた。

「んう……も、もう……充分だからあ」

 ハアハアと呼吸だけで、優を支えに、座り込んだ。また優を椅子のようにしてしまっているが、友里は身動きが取れず、ビクリと、なんの刺激も与えられていないのに、震えた。

「……ちいさいのでしょ?大きいのまで、する?」

「ゆ……ちゃ」

 友里は襟や裾がはだけ、自分の姿があられもない様子になっていることに気付いたが、直すことも出来ず、優に寄りかかる。すぐに優が夢中になって、友里の体をまさぐるので、友里はなすすべもなく、その刺激に溺れた。


 ──優は、まだ話が出来ない友里の体を後ろから抱きしめて、チュッと首すじにキスをした。

「汗だく……」

 それだけ言うと、友里は深呼吸をして、話せるようになった。

「優ちゃんは?」

「わたしは、充分」

 頬にチュッとキスをされて、友里は、ようやくおさまってきた呼気をおさめて、頬が、かああっと赤くなった。夢中の時間が終わって、サァッと血の気がひいてきた。

「どうしよう、こんなとこで」

「ホントだ、ごめんね」

「ううん、わたしがしてって言ったから」

 優はどちらかと言うと、あっさりとした口調で、つじつまを合わせようと画策している様子だったが、友里はやってしまってから、後悔するようなところがある。

(な、なんで優ちゃんは、そんな冷静に、ちょっと嬉しそうな顔して……ユウチャンカワイイ!だけどっ、でもっ、わたしは、なんてはずかしいことを)

 頭の中でぐるぐると考えるが、体がすっきりしているので、それもどこか恥ずかしかった。

「とりあえず、友里ちゃんはお風呂へ」

 浴衣の帯をササっと外されて、友里はあっという間に裸にされて、「わあああ」と体を隠して、お風呂へ向かおうとして、ハッとした。

「優ちゃんも、汗だくでしょ、一緒にどう?」

 そう言うと、冷静に友里に指示をしていた優がようやく赤い顔をした。動揺したように、パタパタと周りを見回して、なぜか友里が脱いだ浴衣を、アイロンもないのに、きれいに畳んだ。

「さすがに、一緒に入るのは、言い訳がきかないから」

 優はびしりと言うと、洗面台で手と顔を洗って、タオルで汗を拭いた。

 脱衣所に皆が脱いだ浴衣がおいてあったので、優は友里の浴衣をそこへきれいに置いて、お風呂場をあとにした。

(したことは恥ずかしくないのに、一緒のお風呂は恥ずかしいんだ……?)

 友里は、残されたお風呂場で、ぼんやりと体の汗を流して、髪を洗い、もう一度体を洗ってから浴槽へ入って、優を想って、愛しさで体を抱きしめた。

「ユウチャンカワイイ」

 何度もつぶやいてしまう。

 優の感覚が残る体で、ぶくぶくとお湯の中に潜り込んだ。


 ::::::


 客間へ戻る途中、走ってきたヒナにぶつかって、優は彼女を支えた。


「友里は、お風呂?」

「うん、だいじょうぶだったよ」

 湯中りをしてなかったよという意味で優はヒナに答えたが、ヒナが戸惑っているようで、「どうしたの?」と問いかけた。


「……ええっと、うん、優さん、自分の心と、自分の体が、自分の思いどおりにならないことってある?」

「あるよ」

 まさに今、とても反省しなければならないことをしでかしたことに、優は、うなだれた。

「ごめんね、ヒナさん。本当に、申し訳ないと思っている」

「そうだよね、優さんだってあるんだから、ワタシにも、あって当然だよね!」

 ヒナと優はお互いになにがあったのか説明はせず、しかし会話が成立してしまうので、赤い顔で「あはは」と笑いあった。


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