第211話 部屋割り


「高岡ちゃんは、真面目だな」

 優は、シャワーを浴びた後、髪を乾かし、鏡台の前に座って、高岡の髪が乾くのを待っていた。


「あなたと友里をふたりきりにしたら、なにをするかわからないし」

「さすがに、我慢するよ」

「どうだか、さっきは水着姿を見たいって言ってたじゃない」

「あれは…、見たいよそれは。友里ちゃんの水着姿なんて、みたことないもの」


 優は、すこし唇を突き出して、高岡に訴えかけた。

「レオタード姿を見ている高岡ちゃんには、よくある姿かもしれないけれど」

「そういう気持ちで、見たことないので、わかりません」


 高岡のきっぱりとした物言いに、優は「すみません」と謝った。


「別に恋人同士の言葉遊びに、口だしはしたくないのだけど」

「目の前でするなってことでしょう」

「わかってるなら、しないで」

「一瞬一瞬を、逃したくないだけなんだよね」

 優の言い分に、高岡は、(少しは我慢しなさいよ)と言う顔で、ため息をついた。


「高岡ちゃんは、恋をしないの?」

「あなたね、あなた……、自分が順調だからって、ほんとにバカだわ。「誠の恋は一目でわかる」って、シェイクスピアもいってるわ。だから、まだしてないだけなの」

「へえ」

「本気にするんじゃないわよ」


 ツンと横を向くので、優は笑った。

「あなたたちを見ていると、恋をしてバカになるのも楽しそうだなと思ったり、やっぱり面倒くさいわね、と思ったり、いそがしいわ」

 くすくすと高岡が笑う。

「もしも、高岡ちゃんを好きって人がいたらどうする?」

 優はドキドキしつつ、踏み込んだ話題を取り出した。しかし、高岡は、いたって平常の声で答えた。

「友里とさんざんそのシミュレーションをしたのよ。告白されたら、こう断る!みたいな……好きな人だったら、一応考えるけど」

「友里ちゃんと、そんな話をしているの?」

「バカね、あなたの為でもあるのよ、友里が告白されたら、必ず相手の恋心を殺す台詞を2人で考えているんだから!──まあ、失敗してるんだけど」

 村瀬の件を思い出して、高岡は苦い顔をした。

「友里ちゃんじゃなくて、自分はどうなの」

 高岡は、鏡越しに優をちらりと見て、ふんと鼻で笑う。

「私から、誰かを好きになるのはまだ考えられないわ。相手の気持ちが本気なら、考えるかも。でも私みたいな、かわいげのない女、好きになる人なんて」

「高岡ちゃん」

「同情は私の仕事よ。友里は友人になってくれた!とってもいい子って話よ!」


 カラカラと明るく笑うので、優は、高岡を好きなヒナがいると言いそうになってしまうが、それは反則だと思い、口を閉ざした。

「優ちゃん、髪を乾かしてくれる?」

「え、あ、やろうか?」

 突然、友里のような口調で言う高岡に、優は椅子から立ち上がった。

「バカね、もう乾かし終えてるわ」

 ドライヤーをパチリと止めて、コンセントを外し、元にあった場所へ戻す。

「いまみたいに、友里のように甘えて言える人になっていたらとは思うけど、髪は、自分でやらないと、うねっちゃうしね!」

 高岡は、友里がいい香りと言っているオイルをつけ、サラサラの黒髪をまとめると、笑顔で優に「戻りましょう」と言った。

「まあ、好きな人が出来たら、私だって可愛げが出るかもしれない。でも、今のままの私が好きって言われたら……私、相手の感性を疑っちゃうかもしれないわ」

 笑う高岡に、優は真顔で答えた。

「わたしは高岡ちゃんのこと、けっこういいと、好きだと思うけれど」

「はいはい、お世辞ありがとう!それでもあなたの評価は2のままだから!」

 高岡は、「Fair.」を気に入っている。


「ところで、ねえ、あなたさっき、望月に膝枕する友里を、ひどい顔で見てたわよ」

「え!本当に?無表情には自信があるんだけど……。高岡ちゃんはわたしに対して可視化領域が広い気がする。実は、まだしてもらったことが無くて……」

「うそでしょう?」


 高岡は同情の目で優を見つめ、バンバンと背中を叩いて、詳しい話を聞きだそうとした。



 ::::::::::::::::


 スーパー銭湯に行った家族から、メッセージを受け取ったヒナは「あの人たち、スパセンに泊まってくるって」と呆れた顔で言った。キヨカがお酒を飲んでしまって、GWだというのに、部屋が開いていたからと言う。

「願い事は、朝一で入れます!だって、ほんといいかげんなんだからあ」

 ヒナは、戸締りなどのために立ち上がったが、びっくりして固まる。障子を開けてすぐ、高岡と目が合った。優と高岡が、真正面に立っていた。


「岸辺ちゃんと、カササギさん、良い仲だから、風紀が乱れるね、高岡ちゃん」

「そっちは別に、どうでもいいわ」

「うおお、びっくりした、音もなく戻ってこないで下さいよ!」


 村瀬が、高岡と優の登場に心の底から驚いた。ヒナはまだ固まっている。

「友里はまだお風呂?」

「食べてすぐ入ったから、湯あたりしていないといいけれど」

 優が心配そうにつぶやくので、見てくればと高岡は言う。

「え、でも」と優は一応躊躇するが、シッシッと虫を追い払うような高岡に頷いて、友里の元へ走って行った。


 優の背中を見送った後、再起動したヒナが、真剣な顔で全員の顔を見る。

「ところでね、大問題。2部屋に別れる予定だったんだけど、友里と、岸部さんカササギさん、乾さん、朱織で、1部屋。村瀬と望月さん、優さんとワタシ、で1部屋の予定だったの」

 ここで、ごくりと喉を鳴らした。

「今、朱織以外、友里を好きだった人しか、いないのよ」

「!待って、ヒナ先輩も友里先輩が好きだったんですか!?」

 望月が、赤い顔で問いかけた。

「前にね、今はちがうわ」

 冷静なヒナに、望月は着席した。

「朱織と、友里をふたりで部屋に……と言うのもおかしいかな」

「私は別にいいわよ。友里とふたりきりのほうが、落ち着いて眠れそう」

「……」

 真剣な顔で、話合う4人は、しかし、それとなく笑い出しそうな雰囲気にいた。

「友里さんモテモテだな」

 村瀬が、思わずその空気に耐え切れず、ぼそりと言って、噴き出した。

「友里先輩が、わたしたちを排除しないでくれてるからでしょうが!村瀬」

「あ~、そっか、考えたら、ありえねえよなあ」

 高岡はポカスカと殴り合う村瀬と望月を横目で見て、(どんなにそばに来るなと言っても、しつこくそばにいるだけだと思うけど)と思ったが口を閉ざした。


「別に、俺大阪で友里さんと眠りましたけど、駒井セキュリティサービスがマジで働くので、全然大丈夫じゃないっすか?」

「村瀬!友里先輩と寝たの!?」

「璃子、その言い方は卑猥だなあ」

 言われて望月はしどろもどろになる。驚いたような顔で、高岡は額をおさえた。

「じゃあ、村瀬がいたら駒井優は、熟睡できないってことね?」

 この場にいない優と友里のことを思いつつ、高岡はヒナに向き合った。


「申し訳ないけど、友里と駒井優と私で、部屋を貸してもらえないかしら」

「全然いいよ」

 高岡の進言に、望月と村瀬も、一応頷いた。

「じゃあ、ワタシは自分の部屋に行ってもいいよ、2年生で仲良く」

 ヒナが言いかけると、望月の顔色がサッと変わった。

「村瀬とふたりっきりとか、つまんないですし、ヒナ先輩も、いてくださいよ!!」

「なんだよ璃子、楽しかっただろ!」

「うっせ~!あほバカ村瀬!!」


 突然罵倒されて、村瀬は訳も分からず、ムンクの「叫び」の様なポーズをした。

 部屋割りが無事に決まり、望月と村瀬がワイワイとしている間に、ヒナが、3組の布団を隣の客室に運ぶためにたちあがったので、高岡もそれに付き添った。


「ありがと、朱織」

「自分の眠る布団を、運んでるだけよ」

「あはは、そうだけどさ~」

「ヒナちゃんは、ホストでしょうけど、頑張り過ぎよ。もっとみんなをこき使っていいんだからね」

「はぁい」

 どさりと布団を置いて、綺麗に敷き詰める。友里と優の荷物も、客間に運び入れ、高岡はひとりで座った。

「ふたりが戻ってくるまで、こっちの部屋にいて良い?」

「あなたの家でしょ、好きにしていいのよ」

 口調はきついが、高岡はふんわりとほほ笑んだ。


「朱織は、願いごと本当にないの?」

 ヒナに問われ、高岡は、困ったように首をかしげた。


「私の願いごとは、いつでも自分で出来るもので、誰かに叶えてもらうものではないのよ。でも最近は、『友里の幸せ』を、駒井優にお願いしちゃうし、ひとりになりたいって思うことが少し減ったから、寂しがりになったことを、直せるなら、神様にお願いしたいわ」

「悪いことじゃないじゃない、いいよ、もっとずっと、遊ぼうよ」

 ヒナが立ち上がる勢いで、高岡に言った。

「じゃ~ワタシは「またみんなで遊ぶ」って書いて入れようかな!」

「結局皆さん、そのお願いになりそうね、だれを選んでも、角が立たなそうでよかったわ」

 高岡は、全員の願いを予想立てして、「ここにいる子たちって、結局イイコなのよね」とほほ笑んだ。

「でもちょっと人が多くて疲れたわ。ヒナさんと、友里とだけ、遊びたい」

「あはは、優さんが拗ねる」

「あの人、いってらっしゃいと言いつつ、捨てられた子犬みたいな顔するのよ、あの図体で」

「そうなの!?陶器みたいに整った顔のままにみえるけどなあ」

 高岡が、とんでもない!と手を振る。

「見ていると、本当にふざけるし、甘えるし、3人の年の離れたお兄さんのいる末っ子ってことがよくわかるわ。手のかかる人よ。友里は、本当に包容力があるわ」

 呆れたように溜息をつくと、高岡は頬杖をついて、ヒナに笑いかけた。

「ふうん、よく見てるんだ」

 ヒナは、すこしだけ瞬きをして、高岡を見つめた。

「そう、ヒナちゃんも、見てみて。面白いから」

 にこりと、高岡は、ヒナが見たことのない笑顔を浮かべる。たくさんの表情がみれて、ヒナは心臓が躍るが、別の感情も浮かんで、自分に驚いた。

(やだな、優さんに嫉妬しているみたいだ)

 いつの間にか、高岡のことを本当に、心の大切な部分に住まわせている気がして、ヒナは驚いた。

 片思いを口に出したせいで、ほんの些細なことまで気になってしまう。


「朱織、あの」

 言いかけて、ヒナは、一緒にいたいと言う言葉を飲み込んで、高岡の髪をひと掬いした。その後、立ち上がって、望月と村瀬のいる部屋に戻っていく。

(な、なんで!?ワタシ、朱織の髪に触ったの?!どうして、自分の思ってる通りに体が動かないの?)


「変なヒナちゃん」

 残された高岡は、乱れた髪を直して、広い部屋で1人、つぶやいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る