第209話 宴のゲーム

 友里たちが廊下を歩いていると、村瀬と望月が着崩れた浴衣で戻ってきた。

「なに?転んだの??」

 ヒナが慌てて近づくと、ふたりとも、浴衣でのバイクの乗り方に慣れておらず、短パンをはいていたので、裾を思い切りまくったのだと笑って答えながら、買ってきたアイスを渡した。ヒナは、「心配させないでよ」と言いながら、納屋にある大きな冷凍庫にアイスを入れる。優が、もっていた唐揚げを廊下にあったコンソールテーブルへ置いて、望月の浴衣をササっと直すと、望月はポッと赤くなった。

「駒井さん、おれも~」と村瀬が言うので、優は面倒くさそうに適当に帯までとった。Tシャツと黒のハーフパンツ姿の村瀬はいちど「いやん」と言ってしなを作るが、優はどうでもいいという顔で帯を締めあげた。最初よりも男性的になったので、「おおお」と村瀬が喜んだ。

「帯の位置を思い切り下げるんだよ。だいぶ変わるから、おぼえておいたら?」

「夏祭りの時も呼んでいいですか?」

「いやだね」

 村瀬は友里に泣きつくように、肩にすり寄った。

「友里さん、駒井さんって、実は冷たい人間ですよ、伴侶としてはヤバくないです?考え直したら?」

 優が「離れろよ」と声をかけるが、村瀬は友里の肩を抱いたまま、ベーッと舌を出した。

「でもわたし、ちょっと優ちゃんに、頭をぐいーってされたりしたい」

 ちいさな声でそういう友里に、驚いた村瀬は、優にまた近づく。友里の声が聞こえてなかった優は、いやそうな顔で村瀬を押しのけた。

「これですか?」

 犠牲になりつつ、村瀬が言うと、友里は「それ」とにこやかに笑った。

「愛されてるって自信があるから、そういうこと言うんですよ!本心でされたらぜったい傷つくと思いますよ!」

 友里は意味に気づいていなかったようで、村瀬にこんこんと説得される。優はだいたいの概要を聞いて、困ったように友里の傍へ近づいた。友里も村瀬のように顔を近づけると、優は、友里の結い上げた髪が崩れない程度に、ぐいっと頭を押した。友里は、明かりのついたような顔で優を見上げた。頭に乗せたままの優の手のひらにそっとすりついて、明るい笑顔をみせるので、優はドキリとして友里を見つめたまま、頭を撫でた。本心から「離れろ」という日が来るとは思えなかった。


「そこ、すぐいちゃつかないでくださいね」

 村瀬は言うと、友里と優を呆れた目で見たが、ふたりは見つめ合ったままだった。


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「さてさて、皆さま、宴も中締め!のこすは線香花火のみになりました!」

 アイスクリームまでいただいて、おなかに余裕がなくなった12人は、キヨカの合図に、再び縁側へ出向いた。

 カランと下駄を鳴らして、浴衣姿の友里は、黒いシャツに、友里が作ったベージュ色のサテンのワイドパンツ姿の優の傍へ行く。

「優ちゃんも、浴衣を借りようよ」

「さすがに、男物以外で、わたしのサイズは、すぐにはないでしょ」

 この場にいる誰よりも背の高い優はニコリとほほ笑み、友里の浴衣姿を見れたことに感謝をしつつ、線香花火に火をつけた。友里はなにかを言いかけて(まだ内緒だった)と言う顔をした。優は、友里のプレゼントを予想しそうになったが、それはきっと嬉しいものなので、考えるのをやめておいた。

「どっちが長く持つか、競争する?」

 友里が言うと、優は「いいよ」と言って、にっこり微笑んだ。友里はバレエで鍛えたバランス感覚を生かすが、優に僅差で負けた。それを見ていたキヨカが、突然大きな声で叫んだ。


「「線香花火、一番長く守った人が、なんでも命令できる券」を発行します!」


 キヨカが言い出して、みんなが「えええ」と驚いた声を上げた。

「なんでも?金額は!?」と岸辺が入手困難なゲーム本体が欲しいと叫ぶので、年上のカササギが慌てて注意をした。乾が「あたし、参加しなくても良いけど」というが、強制参加だと言われると、「じゃあ、あたしが一番になったら全員SNSに早朝ルーティーン動画、上げてね」というので、一瞬沈黙が流れた。

 高岡やヒナ、望月は、あきれ顔で、キヨカを見ている。優は友里に「優ちゃんが一番になったら、どんなおねがいする?」と問われ、困った顔をした。


「わたしが一番になった暁には、全員の水着撮影をしてもらいます!」とキヨカが言って、真帆に口をふさがれた。

「大人は参加しないので、高校生だけで楽しんでねえ」

 鈴の鳴るような美しい声で、真帆が言うと、高校生たちは、ホッとしたように顔を見合わせた。


「あーでも夏になったら、1回くらいは、ここにいるみんなで海に行きたい」

 カササギが言うと、岸辺と乾が顔を見合わせて、「岸辺とカササギさん、ふたりきりで行ったほうがいいよ」と乾が言い、友里の背中の傷の件を、言わずに、カササギにふたりでのデートを促した。岸辺とカササギは赤い顔で見つめ合う。


「じゃあ、よーい、はじめ!」


 一斉に、線香花火に火をつけて、皆でじっと佇んだ。岸辺は欲張って、5本一度に付けて、あっという間に落としてしまい、それを見たカササギも、笑って落としてしまった。乾は、「縁側に座って、キープするのが賢い」とうそぶいていたが、扇風機の風にあおられて、あっという間に火種を失った。


 村瀬と望月は、お互いを出し抜こうとして、くすぐり合って、火の玉を落とした。

 ヒナは、安定していたというのに、高岡に「上手だね」と声をかけようと近づいて、ポトリと落としてしまう。「体幹の訓練かしら」としゃがみこんでプルプル震える高岡に、ヒナは微笑みながら横に座って、風が来ないよう、応援した。


 優は普段通り、友里も上手に線香花火を見つめた。ゲームというより、純粋に線香花火を楽しんでいた。パチパチと、火花が大きくなると、互いの顔が照らされて、思わず微笑み合った。友里は、先ほどの海の誘いの件を思い出し、自分の傷や、泳げないせいで、海に行ったことが無いことを嘆いた。


「わたし、いちどくらい、かわいい水着を着て、優ちゃんに見てもらいたいかも」

「……!」

 優の火花が、地面に落ちて弾けた。「あ」と友里が言うと、友里の火花も、同じようにてんてんと地面の石の上に転がった。


 :::::::::


「優勝は、高岡朱織たかおかしおりちゃん!!みんな盛大な拍手を~~~!!!」

 キヨカの合図に、皆がわあっと拍手をする。最後まで線香花火の火の玉を落とさず済んだ高岡は、困ったように、キヨカに前に連れ出されて、身を小さくしている。


「誰に、なにを願いますか!全員でもいいし、特定の誰かに無茶ぶりでもいいよ!」

 皆にそわそわと見つめられて、高岡は怯えた。ここにいる全員に、なにかをしてほしいという願望が、本気で無かった。

「困るわ……!」

 場がしらけるのも困るが、高岡には面白いことを言い出す裁量もないと、焦って言う。ヒナが、高岡のそばに駆け寄り、肩をおさえた。

「姉貴の無茶ぶりなんか無視していいよ、朝食を豪華にして!とかでいいから」

「ヒナちゃんは、なにかある?」

「!」

 高岡が青い顔で、権利をヒナに渡そうとするので、岸辺からブーイングがあがった。


「……ええ?──あ、じゃあこうしましょう。今夜中に皆さんが、私にお願いをひとつ言って。その中で、一番いいものを、私の願いにするわ」


 高岡の提案に、キヨカが箱を用意して、誰の願いかわからないようにしようと言い出した。

「廊下に、目安箱みたいに置いておくから、みんな紙に書いて、そこに入れるの。もちろん、名前を書くのは禁止!朱織ちゃんが、字体でわかっちゃうのは、まあ仕方ないってことで!」

 1枚ずつ紙が配られて、全員、なににしようかとコソコソと話し合い、さっそく書いている。

「明日の朝、発表してもらいましょう~~~!!」

 一応の体裁が保てた気がして、高岡は小さく胸をなでおろした。



 ::::::::::::::


 全員で後片付けをして、スーパー銭湯に向かうのは、岸辺と乾とカササギ、キヨカと真帆と大志だ。望月と村瀬、高岡に友里と優、ヒナは、柏崎邸のお風呂へ順番に入っていく。さすがに人数が多いので、高岡と優は、以前借りた、スタジオのほうのシャワールームで充分だと言うと、村瀬と望月も合わせたので、ヒナと友里が顔を見合わせる。

「ワタシ、食器とか片づけてからいこっかな、友里、先に……」

「ヒナちゃんが一番お疲れだろうから、先に行って」

 高岡が言うと、全員で頷くので、ヒナは申し訳なさそうに浴槽へ向かった。

「あの人、ほんと奉仕型だから、先に入ってくれるとホッとするわ」というので、友里がソワっとしたが、優は、目線だけで友里を止めた。


 残された優、友里、望月と高岡、村瀬は、畳部屋の、客間用の大きなテーブルに皆で座り込んで、黙々と願いごとを書いた。友里が高岡の発案をほめちぎり、高岡も友里に労ってもらうように、友里にしなだれかかっている。浴衣姿のせいか、燕子花かきつばたの群生の様なつややかさだなと、優は遠巻きに眺めている。

 友里と高岡で、おでかけでもしたらいいと思い、優は願いごとに『みんなが費用を持って、親友と一日豪遊』ときれいな字で書いて、一足先に廊下の箱の中にポイと入れた。


「駒井さん、なににしました?」

「のぞき込むなって、はやく、シャワーにいけよ、後がつかえてる」

 村瀬も願いごとを書いた紙を箱に放りこむと、優の肩に村瀬がオデコを乗せた。また、優がグイっと顔を押し避けると、客間から廊下に出た優を眺めていた友里が、羨ましそうにそれを見ていた。


「村瀬、ちょっと、友里ちゃんにみせつけているだろ?」

「でもあの羨ましいって顔、超かわいくありません?」

「……」

 強く否定できず、優は黙り込む。

「友里さんをかわいいって思うのは、わたしだけでいい!ってかんじ?」

「……!」

 ぐうっと優が息をのんだ。図星ですか?と村瀬に笑われて、思わずそっぽを向いた。

「俺ねえ、たぶん、想いが通じないってわかってるからこんなに友里さんに執着しちゃうのかも」

 優の隣に立った村瀬が言って、優は村瀬の長い下まつ毛あたりをじっと見つめた。

「思いっきり愛したいけど、愛を返してもらうのは面倒なんですよね、もっと愛さないと駄目?みたいな気がして。その点、友里さんは愛しても愛しても一方通行でしょ、すごい気楽だ。好きな時に遊べる、単純なパズルゲームみたいなものです、報酬はある程度の反応だけあればいいみたいな」

「……人はゲームじゃないし、一方通行は、寂しくないか?」

 優は、片思いの苦しみを、さんざん語らったあとなので、思わず真剣な声で言った。どんなに想いが通じたと思っていても、不安になる。そして、気持ちが通じ合った瞬間の幸福感。それらすべてが、届かない現状に、苦しくならないのかと問う。


「片思い、すげえ、楽しいですよ」

「──そうなんだ」

「はい」

 にっこりと大きな口で笑われて、優は少し戸惑った。(しかし友里ちゃんには、迷惑な話だな)と真顔になった。そして、8センチ背の低い村瀬をぎゅっと抱きしめた。

「どわ!!な!?!?」

 村瀬が、驚いておかしな声を上げる。いい匂いだとか、カチカチ!だとか言われながら、優は10秒ほどで、村瀬を離した。

「な、な、んですか、そのキラキラした顔で意味わかんないこと急に……!やめてくださいよ、まじで」

 村瀬は、真っ赤な顔で浴衣の胸辺りを抑えて、ふと視線を感じで、左方向を見た。

 友里が、むうっと頬を膨らませて、ふたりを見ている。


「げ、友里さん、違いますよ、駒井さんが勝手に」

 村瀬が言い訳のように手を振るが、優は「友里ちゃん、願いごと決まったの?」とどこ吹く風で友里に笑いかけながら客間にもどるので、村瀬がひとりで慌てふためいている状態だ。

 優が村瀬にしか見えないように振り返り、ベっと小さな舌を出す。友里の心をかき乱すのは、自分だけでいいと思った。

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