第207話 恋愛相談
優は、友里を先に皆の元に戻し、ヒナに訪問の挨拶をすると、返事もそこそこに、生の鶏肉のパックをドンと渡された。
「唐揚げ?」
「そう!この間のお弁当のやつがいい!」
ヒナにオーダーされた優は、嬉しくなって腕をまくる。
それから、「優さん、なにか一品作ってくれる!?お野菜たっぷりでガッツリ目!」と声をかけられたので、快く頷いて、まずは唐揚げ用の鶏肉を下味につけ、寝かせている間にヒナが用意してくれた食材の中から、茄子とミートソースの簡単グラタンを作った。
茄子の皮を紅白に剥いたあと、輪切りにして、焼いて、ぶつ切りにしたトマトとセロリとひき肉、バジルを軽く炒めた後、トマトの水っぽさが出た頃に、レトルトのミートソースを和え、耐熱皿に移し、焼いた茄子をその上に並べると、小麦粉、バターを炒めて牛乳で伸ばしたホワイトソースに、とろけるチーズを入れて、チーズソースを作る。野菜の上にかけ、あらびきコショウを挽く。
「オーブン使って~、鶏肉の香草焼きを取り出して!」
「ちょっと焼き色付けるだけでいいから、使わせてもらうね」
優が作業している間に、ヒナも生春巻きと、インゲンのソテー、豚肉の生姜焼きなどを手際よく作り上げていた。
「キャベツのスライスが、美しいな」
「姉が包丁研いでくれたからかな」
優が嬉しそうに声をかけると、ヒナもここにはいないキヨカをほめちぎった。
「うちの早炊きって5合しか炊けないのよね、パスタも茹でようかな」
「そうだね、何人分?」
「6……10人分!」
「多くない?」
「腹ペコの大人が12人いるんだよ、はこんだおかず、一瞬でなくなるんだよ?友里は3人分ぐらい食べるでしょ?お腹いっぱいにしてあげたいでしょ?」
優はヒナの勢いに飲まれて、上手くすれば、優が入れてしまいそうな寸胴の鍋に、2キロのパスタを放り込んだ後、唐揚げを揚げる準備に取り掛かった。
「大きな鍋、いいね。あと強火のコンロも」
「うん、夏休みに感謝祭とかやってて、カレー配ってるの!来てよ」
ヒナが笑顔で、優を誘うので、優は頷いた。
「ヒナちゃん、キヨカさんがカルピス出してって」
ガラガラと引き戸が開いて、浴衣姿のままの友里の声がして、優は鍋のパスタを混ぜる手をそのままに、そちらへ向いて、またも友里の浴衣姿にときめいてしまう。
「優ちゃん、なかなか戻らないと思ったら!わたしも何か手伝いたい!」
優の姿を見て、友里は優の傍へ近づいた。
「友里は、食べる専門、ワタシは作る専門!あと20分したら、パスタ取りに来て」
ヒナに言われて、友里は「ええ」と不満そうに声をあげたが、出来上がったばかりの生春巻きとつけダレ、カルピスを手に、台所から撤退させられた。
「お酒、飲まされないようにね!」
以前の失敗を注意されて、友里ははにかんだ。
「ヒナさん、なにかわたしに言いたいことでもあるの?」
残された優は、パスタを混ぜながら、ヒナを見ずに、問いかけた。
ひとりだけ手伝いに回される理由は、優が小食で、炊事に長けているとヒナに思われているからだと思っていたが、友里も料理が上手なのは、お弁当でわかっていることだ。友里を追い出したヒナの様子に、すこしだけ優は違和感を覚えていた。
「あ~……まだ、その、言うかどうかは、わからないんだけどさ」
「うん」
「ワタシ、友里が好きだったじゃん?!」
「ああ、うん」
優はついに、告白でもするのかと、冷めた目でヒナを見つめた。パチパチと唐揚げが揚げ油の中で音を変える。返しながら、優は、恋人がいるとわかっている相手に、記念のように告白をするのは、エゴではないかと思う。
たっぷり戸惑いながら話すヒナは、ここまでの会話に10分を要したので、パスタが茹で上がった。優は簡単に、ペペロンチーノと、バジル、明太子ソースの3種類に炒めて、6つの皿に分けて並べた。
「純粋に、友人と信じている相手に、恋心から優しくされてるって思ったら、つらいんじゃないかな」
「うあぁ、やっぱそうだよね!?なんかもう、それがホント気になって!遊びに誘いづらくなるよね!?だって友だち少ないって言ってたし、友里も怒るかも」
「相手のことを考えたら、今のままでも充分なんじゃない?」
「うう、でも、ちゃんと告って、先に進んでみたいって思っちゃうの。受験だしさ、ダメで元々、新たな気持ちで、受験に挑みたいっていうか」
優は、ヒナの言葉に少し憤慨するような気持ちになった。友里も受験をするのに、自分の身勝手さばかりになっていないかと思った。
「でも優さんは、やっぱ気が利くね。相手のことちゃんと考えてるっていうか」
「わたしは、結局自分のことだよ」
優は、入れてあった分の唐揚げを全てパットの中に揚げ、油の火を消すと、ヒナに向き合った。
「友里ちゃんを、誰にも渡したくない」
はっきりと、ヒナの目を見て言うと、ヒナが優を見上げて、赤くなったり青くなったりした。
「え、待って待って、友里に告白とかは、考えてないって!」
慌てたヒナに制止されて、優は眉をしかめた。
「友里ちゃんが怒るっていったじゃない」
「だから、その!!!……、友里がとても大事にしてる子だから」
「……その子に告白したら、友里ちゃんが怒る?」
「わかんない?えー、どうしよう、名前を口に出したら、ホントになりそう」
「そんなに悩んでるなら、もう本気なんじゃないの?」
優は、並べたパスタを運ばないと伸びてしまうとわかってはいるが、ヒナの恋愛相談に、思わず前のめりで聞いてしまっている。相手が友里じゃないとわかったとたん、気付いたが、優にとって、同年代の、純粋な女友達の恋愛相談を聞くことは、人生で初めてのことだった。
「朱織のこと、好き、みたいなんだよね」
「え!?」
優は、たっぷりと照れたヒナの言葉から発せられた高岡の名前に、大きな声を上げてしまって、思わず口を押さえた。
「高岡ちゃん!?」
「シー!優さん!!声が大きいよ!!」
ヒナに、人差し指を当てられて、腕をバシバシと殴られた優は、しかし動揺していて、あまり痛みを感じなかった。
「待って、どうして、どの辺で」
「いや、ワタシだって全然わかんないよ、だって、なんだかすごい律儀じゃない!?」
恋の相手に「律儀」という言葉が合うのかよくわからないが、優はモジモジするヒナの言葉を聞いた。
「ワタシの写真に絶対お金、払ってくれようとするし、お弁当も生真面目を絵にかいたような中身だし、友里に対して……ううん、皆にすごい優しいし、村瀬の件でも、すごい頼りになったし、紺のアジサイの浴衣姿みてよ、キレイでビックリした」
優は、まだ全員の場所へ行っていないので、高岡の姿は思い浮かべるしかできないが、ヒナの説明した様子をひとつひとつ当てはめて、合致していく映像が浮かんだ。確かに高岡だ。「LOVE???」と最後の結論だけが全く分からなかったが、わかったような顔で頷いた。
「朱織と毎日、通話しているんでしょ?それとなく、なんとなくでいいから、好きな人のタイプとか、聞いてくれないかなって思って、ほら英会話の、話の流れで、好きなタイプは?とかあるじゃん?」
「なるほど、だから、わたし」
優は、ヒナが人払いをした理由を知って、腑に落ちた。友里と高岡が親友なのは誰の目にも明らかなのに、友里を遠ざけたのは、友里に怒られるからとヒナは言っているが、告白もしないまま終わった相手に、新しい恋の協力をおねがいするほどには、ヒナはまだ、心の整理がついていないのかもしれない、とも思った。
「高岡ちゃんって、前に、大学に入ってからそれとなく出会った人と付き合いたいって言っていたし、わたしに根回しをされるのを心の底から憎んでいるッポイんだけど、大丈夫かな」
優は真剣な表情で、ヒナに問いかけた。ヒナは大学に入るまでがリミットか!などと呟いてから、ハッとして、「え、優さん、朱織になんかしたの?」と優の顔を覗き込んだ。ヒナに心配されて、優は困ったように首をかしげた。
「高岡ちゃんは友里ちゃんをとても大事に想っていて、だから、わたしの不甲斐なさを叱ってくれるいいこだよ。恋はまだ全く分からないというけれど」
「じゃあ、そこから意識させてくほうがいいかなあ?」
ヒナは思い悩みつつ、目の前のパスタの存在にハッと気づいた。
「ごめん、あの……入ってイイ?」
引き戸の向こうに、20分後と言われた友里の存在を感じて、優とヒナは無駄に椅子を直すくらい動揺してから、友里の声に反応した。
「ごめん、聞いてた……」
友里が赤い顔で、言うので、優とヒナは慌てふためく。
「どこから」
「優ちゃんが、「高岡ちゃん!?」って言ったとこ」
友里への片思いの履歴を聞かれていなかったようで、ふたりはホッと胸をなでおろした。
「ヒナちゃん、高岡ちゃんが好きなの!?」
ランランと輝く友里の目に、ヒナはあわわわと泡を食った顔で、どこか視線の定まらない様子で赤くなっている。優に助けを求め、優が「友里ちゃん、まだそっとしておいてあげよう」と声をかけるが、友里の好奇心はおさまることはなかった。
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3人で2皿ずつパスタを、優がさらに揚げたばかりの唐揚げをもって居間へ向かうと、もうすでにお皿の中身は全てカラになっていた。大人と高校生達が拍手で食事と優たちを出迎えた。
「あと、なすのグラタンが来るからね」
そう言って、また立ち上がろうとするヒナを、友里は留めて、高岡のとなりにおいた。
「優ちゃんとわたしで残りのご飯をとりにいくから、高岡ちゃんとお話ししてて、ヒナちゃん」
「友里、あのねえ」
ヒナが困ったようにいうが、ニコニコとして、高岡にも笑顔で声をかけてから、「白米いる人~」と声をかけて人数を確認すると、優の腕をとって、台所へ戻る。
「なあに、友里はニヤニヤして……。ヒナちゃんも、お疲れ様。全てが美味しいわ。なにか食べないとよね、とりましょうか」
髪を結い上げた、浴衣姿の高岡に声をかけられ、ヒナは赤い顔で、「明太子パスタ、お願いします」と言った。
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