第206話 花火
GWの込み合ったバイト帰りに歩いて柏崎写真館に向かった友里は、大量の花火に出迎えられた。
「去年の残りだから、しけてるかもだけどね!役場各所に申請もしてあるし、大いに楽しんで」
写真館にとっては、備品整理で、夏の撮影が始まる準備でもあり、しけてても楽しいので毎年恒例になっているGW花火大会に、友里は招待されていた。村瀬と、望月もいて、望月は村瀬に、写真の撮り方を教わり始めたとどこか他人行儀に友里に伝えてくれた後、すぐに友里から離れてしまい、友里は慕ってくれていたはずの後輩の他人行儀ぶりに少し戸惑った。高岡の姿はまだ見えない。優も、水曜日なので家庭教師の仕事が21時まである。
乾と、岸辺、それから、岸辺の恋人である、綾部カササギもいた。「久しぶり!!」
カササギに声をかけられて、友里はキャーとそばに寄った。
「あ、バイト帰りで臭いかも、ごめんなさい」
甘いキャンディの様な香りのカササギに抱き留められながら、友里は言った。
「ダイジョブだけど、気になるなら、いいものがあるよ。ジャジャーン」
肩を出したキャミソールワンピのどこからか、ちいさなアトマイザーを取り出したカササギに、イチゴキャンディの香りにされて、友里ははしゃいだ。
それから、月曜日に渡せなかった大阪土産を全員に渡して、キヨカと真帆には、一対の箸をプレゼントした。真帆とキヨカとあった夜が雨だったからか、持ち手に青い貝殻で小さなステンドグラス風の飾りが埋め込まれている箸だ。窓から晴れた空を臨むようで、美しい。
「おふたりには、車の件もあるのでちょっと奮発です。ご結婚のお祝いに、箸をお渡しする人もいるって聞いて、優ちゃんと半分ずつ出しあいました」
「嬉しい!ありがとう友里ちゃん」
真帆が照れたように、箸を受け取り、丁寧に胸に抱くと、デレデレとしているキヨカをちらりと見て、なぜかつねった。
「なに!?」
「デレすぎ」
「だってかわいいだろ!?わたしたちの子どものようじゃないか!」
「なに言ってんの!?ばかなの!?」
真っ赤になって、立ち上がった真帆は座るキヨカにプンっと顔をそむけた。
「よっしゃさっそく!」
足元に筒の打ち上げ花火が用意されて、導火線に火が付いた。ヒュっと高い音がして、友里たちは大空に広がる大輪の花を見上げた。10発連続で上がって、拍手をした。
「手持ち花火も、ひとりノルマ100本だからね!」
柏崎キヨカに言われて、友里は驚いた。そんなに大量の花火で、遊んだことが無かった。
5月とはいえ、外は蒸し暑く、汗だくになっていると、すこしだけ涼しい風があるだけで、「涼しい!」とはしゃいだ。19時はまだ宵闇口で、青と紫の景色の中、白や赤い火花を散らしていく。
「みんな~、水分補給して」
縁側になっている大きな窓辺に、羽二重真帆が、人数分の背の高いグラスを持って現れた。麦茶を入れてくれて、いよいよ気分は夏のようだった。一緒に高岡が来た。
「遅れてごめんなさい」
いーよいいよの大合唱に、あまり大人数の場が得意ではない高岡は少し怯んで、友里のもとへ駆け寄った。なつかない小鳥に懐かれたようで、友里は、エヘヘとだらしなく笑った。
「ごめんなさい、渋滞にはまってしまって」
父親の車で送ってもらった高岡は、紺色の高そうなワンピースを着ていたので、花火で燃えると困るとヒナが言うと、真帆が閃いたように浴衣を持ってきた。
「夏じゃん!?」
全員が、浴衣に群がるので、さすがに人数分はないと思い、友里や高3組は諦めようとしたが、「そんな最高の宣材を逃すかよ!」とキヨカにつかまって、全員が浴衣を羽織ることになった。村瀬は、大志に連れられて、別の部屋で、男性ものの浴衣を着せてもらった。
友里は白地にピンクの牡丹を、岸辺とカササギは、黄色と水色の地に水風船が水仙と一緒に描かれているものを、乾は赤地に唐獅子と短冊という派手な浴衣に、帯も稲妻の黄色を選んで、真帆を笑わせていたが、意外と可愛く着れてセンスに驚く。
望月は、年配の人が好むような、薄紫のストライプを選び、高岡は紺地に水色のアジサイが咲いている。年下のほうが、おとなしい色だが、主張の激しいものを選ぶので、皆の全員の髪型をいじるのに夢中だったキヨカは「性格が出るねえ」と笑った。
グレー地に濃い黒の細いラインが入ったちりめんの浴衣を着て、大志と戻ってきた村瀬が、華やかに着飾った全員をほめちぎるので、高岡が「うるさい」と一括して、また花火に戻った。
「こんなに楽しいと、完全に夏休みだわ」
「今年の夏休みは、皆、受験の準備でしょう?もしも気分転換したかったら、なにか計画を立ててあげるけど」
キヨカにそう言われて、縁側に腰かけていた、3年生たちは2年生の打ちあげる花火を背景に、顔を見合わせた。
「わたしらみんな、専門学校だから、まあ気楽な感じですよ」
岸辺が言うと、友里と萌果が頷いた。
「あ!ワタシだけ四年生の国公立ってこと!?」
ヒナが頭を抱えた。
「優ちゃんもそうだよ」
「優さんとは、なんか、立場が違うっていうか~~!!」
アハハとキヨカが笑った。
「写真の専門学校行きゃいいのに」
「それだけになっちゃうと、知識が偏る気がするから、ワタシは化学の勉強もしたいの。この花火の撮影だって、何色の光が、人物を美しく見せるかとか、知ってた方が嬉しいじゃん」
先ほどまで撮影したモノを、見つめながら、ヒナが言った。
「でもうちの経済状況だと、私立は無理でしょ!だから一回だけ受験させてもらって、ダメだったら専門にいかせてください!」
「はい、がんばんな!」
キヨカに言われて、ヒナはにっこりとほほ笑んだ。
ヒナが、友里に「これ見て、すごい可愛く撮れてる」と全員が手持ち花火で笑い合っている写真を見せた。
「すごいすごい!みんな10割増しでかわいい!!」
友里がニコニコと手を叩いて、ヒナを褒めたたえた。高岡は、また「おいくらかしら」と言って、ヒナを笑わせた。次は高岡も入ってと言うので、頷く。
「10割ってどういうことよ~、普段が可愛くないみたいじゃん」
乾萌果に首に手を回されながら言われて、友里は慌てた。普段も可愛いが、ヒナの写真の腕はそれを上まっているからと言い訳すると、萌果も写真を覗き込み、ハッとして自分のスマートフォンにデータの移植をお願いした。
「でしょう、ヒナちゃん、もうプロだよ」
「なんで友里がドヤ顔なのさ、まあわかるけどさ~!」
友里に、夢を肯定された気がして、ヒナはクルクルの髪を少し撫でた。
キヨカが笑顔で、それを見つめて、白地にひまわりの浴衣を着たヒナの黄色い帯を叩いた。
「あんたも、皆と花火して。今度はわたしが、カメラマンになるから」
「え、でも、練習したい」
「人のものを見るのも、練習のひとつ!ほら行った行った」
後半戦に突入して、全員はもう、手持ち花火、2本持ちは当たり前のようになった。人文字も成功させて、全員でHANABIだのLOVEだのを続けざまに繰り広げた。
「はああ、けっこう疲れた!!」
お疲れ~と、真帆がお菓子などを縁側に持ってきてくれて、全員はぐったりと真帆に寄り掛かった。「もう〜重いよ」と嬉しそうに真帆が悲鳴を上げつつ、高校生たちをねぎらう。
「お夕飯食べてないから、お腹すいちゃった」
友里が言うと、ヒナが、「そうか!バイト帰りって言ってたもんね!?」と今気づいて、慌ててお勝手に駆けていった。
「あ、気を遣わせちゃったかな」
友里が言うと、乾と岸辺が、自分たちもお腹が減ったことを伝えて、甘えようということになった。
時計を見ると、21時で、そろそろ優が合流するかと、スマートフォンを探しに、一度、荷物を置かせてもらっている、柏崎写真館、奥の客間に戻った。
友里が、スマートフォンをとりに行く前に、玄関がピンポンと鳴って、友里は人様の家だと思いつつ、玄関に向かった。
「友里ちゃん」
案の定、優が立っていて、友里は笑顔で出迎えた。浴衣姿の友里に、すこしだけ優は驚いたあと、花が咲いたように微笑んだので、友里はすこし照れた。
「この前も、素敵な友里ちゃんが出迎えてくれたよね」
「えへへ、ラッキー?」
「うん、嬉しい」
優は、編み込みで髪をまとめている友里の首筋を「くん」と嗅いだ。友里は、少し照れて、「花火で火薬臭い?」と言った。
「ううん、甘い、イチゴの香り」
先ほどカササギにつけてもらった香水が、髪にまだ香っていたようで、友里は照れてなんとなく自分を抱きしめた。
「前に友里ちゃんの香りが、なにかと聞かれたから、ずっと考えているんだけど、もしかしたら」
「……」
優の答えを友里が待っていると、バタバタと足音がして、後ろから村瀬と望月が来た。
「だから!俺がひとりでいくから」
「なんでよ、村瀬ひとりじゃ決めらんないでしょ!?」
なんの喧嘩かはわからないが、言い争っている状況で、玄関まで歩いてきて、優の姿を見ると、望月はパァッと笑顔になり、村瀬はどこか複雑な表情を浮かべた。
「駒井先輩!村瀬の件、聞きました!!!本当にカッコイイ、素敵です!!」
「友里ちゃんも、頑張ったよ」
「あ、も、もちろんなんですけど、友里先輩には、その、ちゃんとあの、あとで!ふたりきりで話したいことがあって!!」
「ふたりきり?」
優が言葉尻を掴んで、いやな顔をしたが、友里は、望月に少し避けられていると思っていたので、優を挟むと話ができる気がして、視線を向けた。
「友里先輩、あの、前の話なんですけど、忘れてくださいね」
「うんうん、離れて寂しかった?」
「だから!!その話をされると思ったから~~~!!!」
「?」
優と村瀬は、はてなの顔で友里と望月を見た。友里は、望月のよそよそしさの理由がわかって、苦笑した。
「ふたりはさっき、何でけんかしてたの?」
「あ、コンビニにアイス買いに行くんですけど、バニラ系を含む、適当に、人数分×2って言われて」
あまりにも大雑把な指令に、友里も真剣に悩んだ。それは迷いそうだ。
「村瀬がひとりで行くって言うから、付き添いなんです」
「俺がバイクでバっと行ったほうが絶対早いっす」
「だから、絶対個数間違えそう!それに選べないでしょ、あんた意外と優柔不断なんだから!」
「おまえ、今日買ったメット使いたいだけだろ!」
言いながら、望月と村瀬は、玄関を出て行った。
「ふたりで、買い物に行けたみたいだね、優ちゃん」
GWに行くと約束していた買い物が果たせたようで、優と友里は微笑み合った。
「みんなのところに戻ろっか、ヒナちゃんが、お夕飯作ってくれてるの」
友里が言うと、優はじっと友里を見つめた。帯が緩んでいるのか、優がきっちりと直してくれて、友里はすこしだけ重たかった帯が爽やかになったので、優の腕前に感心した。
「友里ちゃん、ちょっとだけ」
言う前に、背中から優が友里を抱きしめた。友里が驚いている間に、パッと優が離れる。
「優ちゃん……っ」
「充電完了」
まるで打ち上げ花火が消えるような短さに、友里が思わず「もうちょっと!」と抱き着くと、優は笑った。
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