第204話 帰宅
優と友里は、15時に地元へたどり着き、まずは荒井家に寄った。友里の母のマコは、父親の件を告げると「だと思った」と言って、マコの好むお煎餅をお土産に渡したふたりをねぎらった。友里が抱えている、「父親に死んだものと思われている」という寂しさを、優は、友里のいない場所でそっと伝えた。マコがすぐに否定してくれると思っていたが、歯切れ悪く、「気付いた時の友里は大丈夫だったか」と優に問うてきたので、優は友里を支えることを、マコと約束した。
「友里を返せ」と言われた件は、言い出せないままだった。
それから、駒井家に向かって、駒井家の家族にもお土産を渡した。
「あら黒豆マフィン、大好き!ありがとう」と芙美花はさっそくお茶を入れた。日曜日の昼間、家族は芙美花しかいなかった。友里の父親の話をすると、芙美花は「まあそうでしょうね」となんでもないことのように、マコと同じ反応をした。
マフィンを食べつつ、「優の部屋のリフォーム、月曜日に見積もりして、9日には始めるから!」と芙美花はニコニコと言った。優が驚いている間に、諸々の予定を組まれ、優の荷物はすでに客間にあるというので、優と友里は芙美花に促され、旅の疲れを休める為に、2階へ上がった。
客用のシングルと、優が普段使っているクイーンサイズのベッドが並んでおいてあり、しばし2人で固まった。
つまり、新婚の仮住まい扱いだ。
気持ちを切り替えようと、クローゼットを確認した優が、「あっ」と声を上げたので、友里が「だいじょうぶ?」と話しかけた。
「友里ちゃんから貰ったものが、寸分たがわずちゃんとしまわれて……」
プライベートのない様子に、友里は優を慰める。優の両親はとても立派な方々で、大好きだが、優は優で苦労をしている気がした。(うちの父に比べれば可愛いかな?)と、友里は比べるものでもないのに思った。
「前は気付かなかったけど、優ちゃんの部屋よりずっと広いんだね。お風呂もあるし」
いつの間にかベランダの入り口を作られていた以前の優の部屋と比べて、ベッドの感覚を加味しても明るく広々としている部屋を見回した。優が落ち着いたようで、友里もホッとした。
「大阪旅行、おつかれさまでした、優ちゃん」
「友里ちゃんこそ。しかし飛び石連休は疲れそうだね。3・4・5って休んで、6日に行って、また7・8って土日だ」
尾花駿の在籍する鶴峰ヶ浦高校などは、全部休みになると聞いていた優がその話をして、うらやましいと言いながらベッドに友里は腰かけた。ある程度の旅行の荷物整理を始めた優は、再び「あ」と言った。荷物の中から、自分の釣り書きが出てきて、お土産の中に入れたつもりだった分、緊張していたことに気付いた。
「あ、お正月の写真だ!!綺麗、ユウチャンカワイイ!!!」
開いて見せた優に、友里は数時間ぶりに本心からキャキャと楽しそうな声を出した。欲しい欲しいと大合唱なので、優は恥ずかしく思いながら、友里に渡した。
「写真だけで、婚約が成立しちゃう世界もあるんだよ」
「え?これで優ちゃんをわたしだけのものにできちゃうの?」
「いや、友里ちゃんのモノも、貰わないと」
優が友里を見つめると、友里はうんうんと唸って、なにか探している。
「わたしがあげられるモノかぁ」
友里が優の肩にそっと手を触れた。瞬間、ちゅっと口づけをされて、優は目を丸めた。
「これは新幹線で約束した分」
友里は、ニコリと笑ったあと、優の胸にぴとりと体を預けた。優の心音がドキドキとして、また友里に、友里が好きだと言っているような鼓動を聞かれていると思い、優は口に出す。
「心臓の音を聞かなくたって、何度だっていうよ、友里ちゃんが、好きだよ」
「わたしも、優ちゃんが、だいすき♡」
ふざけて言っていることがわかっているのに、優はくらりとした。友里がひとしきり、優を堪能したとばかりに離れようとしたので、優は逆に物足りなくなって、友里を背中から抱きしめた。
「ダメ、今日は、暑かったし」などと、友里が優のしたいことに気付いている甘い声で言う。言葉を聞くようなそぶりも見せずに、優は友里の太ももを撫でた。
「ゆ……っ」
友里が唇を抑えた。優は、友里の態度に不思議に思う。
「声、きかせて」
「だって、芙美花さんがいるよ」
友里が小声でなにかコソコソと言う。思考をどこかに飛ばした友里に気付いて、優は自分を見てほしくて、背中を撫でた。友里が仕立てた、滑るような生地のカットソーをまさぐり、上の下着を外し、手を滑りこませると、友里が慌てて身をよじって優に向き直った。頬が真っ赤だ。
「もう……っ。優ちゃんのことしか考えられなくなっちゃう」
友里は、はふはふと空気をもとめながら、快感に飲まれないように身を硬くした。
「わたしはずっと、友里ちゃんのことしか考えてないよ」
「!」
「その驚いた顔、かわいい」
友里は、赤い顔で優を見つめた。友里を真剣に、熱っぽく見つめる優の瞳に、なかなか慣れてくれない友里は、顔を右手で隠して体ごと逃げた。
「友里ちゃん、もしも離れても、わたしの気持ちは、変わらないよ」
優は、父親の件を話してしまいたいが、友里が本心からかどうかはわからないが、「どうでもいい」と思っていることを掘り出すことに躊躇した。結論として、友里がどう判断しようと、想う気持ちは変わらないことだけを、友里がわかってくれていればいいと思った。
友里の髪を『切る・切らない』と悩んだ時と同じ気持ちだった。
「……いやなお父さんでごめんね」
友里が、しょんぼりとして言うので、優は首を横に振った。
「友里ちゃんが、わたし以外のことを考えてても、大好き。友里ちゃんの全てを見たい。知っていたい。可愛い、愛しい」
「………っ」
言いながら、優が友里の身体にキスを落とす。友里は、その都度震えて、びくりとした。弱いところを微妙に避けるので、性的な興奮を呼び起こすものではなく、愛しさを伝えたいものだと、友里に気付いてほしかったが、伝わったかどうか、友里の表情を覗き込む。しかし、友里は、腕でガードしたままだった。
「顔、見たい」
「可愛いおねだりしてもやだ」
照れてなお、優が可愛いことだけは言っておきたい友里に、優は苦笑した。友里が泣いている気がして、優は、友里の腕を撫でた後、ぎゅっと抱きしめた。友里の涙が、服に染みてきて、優はその頭を撫でた。
「別の事なんて、考えてないよ、優ちゃんがわたしのこと、好きって顔に、まだ慣れないだけ」
「……どんな顔?」
「なんかね……、つらそうなんだけど──気持ちいい時みたいな、どんな時よりも、かわいい顔をしているの」
すこししゃくりを上げながら、友里は言った。優は、友里に覆いかぶさるように、ぎゅっと抱きしめた。口調は楽しそうだが、友里の涙は止まらなかった。まだ部屋のエアコンをつけたばかりで、ふたりはあっという間に汗だくだ。
「いつも友里ちゃんのこと好きって思って見つめてるから、そんな顔を外でさらしてるなら、困るな」
「──っ」
唇がキスでふさがれて、友里はそれ以上話すことが出来なかった。長い口づけをして、友里の気持ちが落ち着いたころ、ふたりは見つめ合って、抱きしめ合った。
「ごめんね」
友里が小さく謝ったが、優は頭を撫でて、おでこにキスをした。友里が謝る必要を、ひとつも感じなかった。
「泣きたいときは、わたしのそばで泣いてね」
お願いするように、優が言う。
「できれば、優ちゃんにみっともないところ、みせたくないんだけどな」
友里が言うので、優は真剣に「みっともなくない」と言った。
「わたしが悲しい時も、友里ちゃんのそばで泣くから」
そう言うと、意味を理解したように友里は頷いた。
「ありがとう」
「謝罪より、そっちの方がずっと嬉しい」
優が言うと、友里もはにかんだ。優はもう一度、友里の唇をそっと奪った。背中をまさぐり、冷房の効いてきた部屋のベッドに、押し倒す。
「え?優ちゃん、するの?」
友里がふざけたいような声を出して問いかけるが、優は止まらず、友里の体をまさぐった。しなくても、愛を言葉で伝え合えればいいと思っている友里には申し訳ないが、優は、友里を愛したいという気持ちに急かされている。
「ホントに、ねえ、あ、おふろ入ってから……!ね、あ、じゃあこうしよう、優ちゃんが、体を洗って」
プハッと息を吐きながら、逃げるための提案のように友里が言ったが、優にとっては、ひどく甘いお誘いに感じて、耳辺りを唇の先でなぞりながら、友里の胸を撫でた。
「いいの?」
「……う、うん」
「意味わかって言っている?」
「お風呂で、体を洗ってから……するってことだよね?」
「ううん、友里ちゃんは、今、おふろでしようって言ったんだよ」
「!」
優の息が荒っぽくなっていくので、自分でも恥ずかしいと思ったが、友里のほうがパニックになっている。
「そ?!そんなこと言ってない」
友里は、隙をついて優からパッと抜け出すと、部屋のドアのすぐ横にある引き戸を開けた。シャワールームへの入り口を開き、脱衣所へ向かう。優はすぐ追いかけて、友里が鍵を閉める前に、壁に追い詰めた。
「まって」
友里の制止は聞かず、唇を奪う。何度も角度を変えて、口の中を蹂躙すると、友里は、戸惑って、縮こまるように胸の前で手をぎゅっと握った。
「はっはあっ」
呼吸音と、リップ音だけが鳴る。優は、友里の傷のある太ももの内側をなぞり、そのまま下着の脇から、指先を滑らせた。慌てた友里の手が、シャワーに当たり、ふたりで頭から水をかぶった。
「……!」
「つめた」
優は、慌ててシャワーを止める。
「びっしょびしょになっちゃった!大丈夫?」
どちらかと言えば濡れているのは、友里の方だというのに、まず優の心配をする友里に、優は、妙な冷静さが襲ってきて、友里に向き直ってぎょっとした。白いカットソーの友里は、ほとんど半裸で、優の視線に、水で透けた体に気付き、ササっと隠して、真っ赤になった。
「……ごめん、がっついて」
「ううん、ちょっと、困っちゃったけど、えっちでかわいい」
友里の懐の深さに、優は気恥ずかしい気持ちになって友里から目をそらした。
(じゃあ逃げなくていいのに…いや、普通にわたしが怖いのか)
逃げるから、夢中になって追いかけてしまったことを、優は反省しつつ、友里を前に、我慢がきかないことを恥じた。友里が、優の腕を抱きしめた。
「きれいな体になってから、してほしかったから、怖かったわけじゃないよ」
照れつつ言うが、優はあまりの直接的な言葉に、むきになった自分に猛省して、顔を覆った。「優ちゃんとすることは、すき!!」と付け加える友里に、オーバーキルを感じつつ、優は、もういちど謝った。
それから2人で、シャワーを浴びて、きれいな体になってから愛し合った。
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