第200話 大観覧車

「ベタだけど、食い倒れ横丁に寄ってみますか」

 村瀬の提案で、はじめての優と友里ははじめての大阪ということもあり、そちらへ向かった。当たり外れの少ない粉ものにしようと、鉄板焼き屋に入った。


「人形はないの?」

「あれは、道頓堀のほうですね」

 友里が、昨日迷って行った場所に有名な人形がいたことにショックを受けながら、モダン焼を食べた。村瀬の母が、どんどん注文するので、ひとり3品になった辺りで詠美が止めた。小食の優の代わりに、友里が食べる。優は以前外食で、アイスマサラチャイを飲んだ後、寒くて震えた過去を踏まえて、外でもあたたかい飲み物にしている。

「優ちゃん寒がりだよね、筋肉質なのに」

「なんでだろうねえ」

 ぽやぽやと答えるので、友里が「ユウチャンカワイイ」と鳴いた。

 そんな様も村瀬に写真を撮られて、友里はドキリとしてそちらへ向いた。


「なんでそんなに、ステルスが上手なの?」

「まあ、曲がりなりにも、雑誌編集長の子どもだからですから」

 雑誌編集の仕事をしている村瀬の母が、チラリと村瀬を見た。午前中の間に、村瀬親子がどんな話をしたのか、友里にはわからなかったが、歩み寄ろうとしていることだけは、その台詞でわかった。

「なにも教えてないけど、いつの間にかこっちに入ったわよね」

「まあ、それは宏衣もいますしね、あの人だって、元人気モデルでしょ」

「私の仕事が軌道に乗って忙しくなったのを見越して……詠美の為に、あっという間に地位を手放して、主夫になってくれた」

「そういう過去の話だって、あんたの口からきいてれば、とは思うよ」

「……いう必要が無いって思ってのよ」


 ジュウジュウと鉄板に焼かれたお好み焼きに、ソースを美しい均一の斜線に撒きながら、村瀬の母の愛美は、。マヨネーズも、交差させて、鰹節や青のりを躍らせると、格子に切った。

「熱いうちにどうぞ」

 友里と優に振舞ってくれた豚明太焼は、猫舌の友里には少しきつかったが、とてもおいしく、ハフハフと必死で食べた。

「へら?こて?で食べるの楽しいね」

「あら友里ちゃん、上手。じゃあ、もんじゃも行く?すみませーん」

「待て待て、もう食べられないよ」

 村瀬が、店員を呼ぼうとした愛美を止めた。


「詠美のお友達はイイコね……いままで悪いことをしたのね、私」

「だから、そういう懺悔はいらないよ、このふたりは特別。純粋だし、人のイイトコ見つけようとしてくれるし、真面目で茶化さない子なんて、なかなかいねえよ」


 急に村瀬に褒められて、友里はお好み焼きを食べるために開けていた口を開けたまま顔を上げた。村瀬にほほ笑まれて、友里は恐縮して口を閉じる。

「ほかのやつは、浮かれて騒ぐし、失言は多い、おごりなんて言ったら無制限に食べるし、暴力的だし、バカで気がきかない、自分本位で家柄も悪い。でも、夜通し俺のために泣いてくれたり、困ったときは助けてくれたりさ、良いやつばっか」

「うん」

「俺は、気質的にあんたが言うように、こっちに来たっていい友達がいっぱいできる自信はあるよ」

「村瀬」

 優が、驚いたように、村瀬を見つめた。

「自信はあるけど、──いつか、離れるってわかってても、今、大事にしたいのは、今までの環境。それだけは、今のホントの気持ち」


 パチパチとソースが鉄板の上で跳ねて、焦げた。あわててこそげ取って、脇に寄せた。

「わかった」

 パチリとスマートフォンのケースを開いて、愛美がどこかに連絡をする。高校生3人は、思わず携帯電話が使えるのかどうか、周りを見回してしまうが、通話をしている人が多くて、驚いた。


「宏衣?久しぶり。お願い、今月からまた、詠美を頼みたいの」

 愛美の言葉に、村瀬は、ハッとして見つめた。

「毎月仕送りするわ。いいえ、受け取って。駄目、自分だけ苦労しようとしないで。うん、うん、そうよ、ふたりの子どもなんだから。そう、うちのマンションに住んで。うん。ありがと。詳しい話は夜に。じゃあ」


 プツリと連絡を切って、愛美は村瀬に向き直った。


「約束して。変なバイトは全部やめて。夜はきちんと、眠って」

「……」

 村瀬はすぐに返事をしなかった。困ったように、大きな口をむにむにと曲げたり、すぼめたりした後、ぐっとうつむいて、ばっと顔を上げた。


「ありがとう」

「!」

 感謝の言葉に、愛美が怯んだ。その隙を狙って、村瀬が愛美をぎゅうと抱きしめると、パッと離した。ハグをするのも、初めてという顔で2人はおかしな状況になる。

「突然、なによ詠美」

「いや、なんとなく」

 よそよそしくなり、お互いに顔をプイと遠くへ向けた。

「ふたり似てるね」

 一部始終を見ていた友里がそう言うと、村瀬がいやな顔で友里を見つめたが、ニコリと友里が微笑むので、すぐにだらしない顔になった。

「友里さんが言うんじゃ、似てるかもしれませんね」

 いつものように軽口を言う村瀬は、どこかスッキリとした笑顔で、笑った。


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 海遊館に戻り、15時からのペンギンウォークに、ひとしきり感動して、友里のフォルダはあっという間にペンギンと優だらけになった。


「お父さんに写真、と」

 夕焼けになりかけの青い空の中、空調の効いた大観覧車に乗り込んだ後、仲良し大作戦をまだ続けている友里が、数枚の写真を父親に送った。

「でも、お昼のも、朝のメッセも既読すらついてないや。お仕事中なのかな」

 友里がそう言うので、優は、対面に座った友里の手を握った。

「友里ちゃんも、さみしいの?」

「え」


 優に言われて、友里は顔を上げた。壮観な大阪港付近を背景に、優が微笑んでいる。

「お父さんと、分かり合えなかったことが、さみしいのかなって、今思った」

「……そうかもしれない」

 優に言われて、初めて自分の気持ちに気付いたように友里はつぶやいた。

「お父さんが、わたしのこと、本当は避けてるのわかってる」

「友里ちゃん」

「ううん、これは本当だから、事実として受け取って」

 友里はずっと自分の中でくすぶっていた感情に向き合うことを決めて、優を見つめると、真摯な声で言った。


「もしかしたね、あの事故以来、お父さんの中でわたしという子どもは死んでるのかもしれない」


 優は友里の言葉に、一瞬、どこかへ落ちたかのような気持ちになった。慌てて、友里に否定の言葉を並べようとして、言葉が出なくなったが、うつむいた友里の、肩を掴み、その温かさに心を鎮めた。

「……!生きててうれしいって思っているに決まってる。だから、友里ちゃんに幸せになってほしいって言うんじゃないか」

「あのね、誤解のある言い方かもだけど、たぶん、お父さんとお母さんは、たくさん生まれる前の子どもを失いすぎてて、さらにわたしを失うのを、怖がりすぎて、あの事故があって……。そこから、わたしを死んでるモノとして、扱っているっていうか」

 友里は、言葉を選べず、ううんと唸る。

「うちに帰ってこないのも、あんまり近づかないようにしておけば、失った時、悲しまなくて済むって思ってるんじゃないかな?だから、とっても優しいけど、物語や、お話出てくる「お父さん」を演じてるだけ?というか……」

 型にはまった幸せだけを、友里に押し付けようとしている、どこか演技がかった友里の父親を思い出して、優はまた言葉に詰まった。


「お父さんの中で、わたしはもう、死んでる準備が出来ているんだなって思うことが、さみしいのかもしれない。ほら、一生懸命なにかしても、木登りとかしても、昔は注意してくれたけど、いつからか、「元気だな」みたいな感じになっていってね……わたしが死んでも、当たり前みたいな、顔を……」


 友里がはっきりと言うので、優は友里を抱きしめた。

「優ちゃん?──あ、当時のことまた思い出しちゃったのかな、ごめん」

 友里はハッとして、優の傷を思って、抱きしめ返した。


「友里ちゃん、生きててくれてありがとう」

 振り絞るような声で優が言うので、友里は優の肩越しにハッとして、繕うように笑った。

「んもう、優ちゃんはかわいい。だからね、そう、今回の別れろ!って発言も一般的な男親の態度を模倣しているッポイの!だから、いっぱい写真送って、仲いいとこ見せれば、勝手に柔和するんじゃないかなあって」


 友里は、精一杯明るい声で言うが、「友里ちゃん」と優が真摯な声で言うので、黙った。優は、友里を離さず、抱きしめたまま続けた。


「お父さんの気持ちは、わからないけれど、今度、一緒に聞いてみようよ。もしも本当にお父さんが、友里ちゃんが思うようなことを考えていたとしても、大丈夫。友里ちゃんが生きていて嬉しいって、何度だってわたしが、証明するから」


「優ちゃん……」


「友里ちゃんが生きてるだけでもう、なにもいらないって思っていたのに、好きになってくれて、一緒に、幸せを探せることが、いつだって嬉しい。だから、そんな悲しいこと、もう考えたりしないで」


 暖かな心音が、ふたりの間に流れる。友里は、優の背中に手を回した。その心音を聞いてうっとりと優に身を任せる。


「優ちゃんといれば、どこでもハッピーなのに、カリカリしてごめんね」

 素直な声で友里が謝るので、優は首を横に振った。

「そういう日だって、あるよ。でもそのおかげで、村瀬のお母さんと打ち解けたじゃない。──いつだって、友里ちゃんといられて、幸せだよ」


 友里は、あっという間に真っ赤になって、優からガバリと離れる。

「もう!優ちゃん、今日は1日、わたしの反応で遊んでたでしょ!」

 友里に叫ばれて、優は心にもないことを言われて、驚いた。慌てて手を振る。

「優ちゃん、だって、ずっと、いっぱい素敵なこと言ってくれる!」

「友里ちゃんがいつも、言ってくれるようなことだよ」

 優が言うと、友里はすこしだけ目を丸めた。

「そんな素敵な言葉、言ってる?いっぱいいっぱい、わたしが好きって言ってくれるから、その度に優ちゃんのこと、また大好きになっちゃった」

 友里は言ってから、熱い顔を手で扇いで、さすがに、観覧車の中まで村瀬が撮影していないよねと、自分でも優にスマートフォンを向けた。画面越しに、驚いて赤い顔になっている優に、友里も驚いた。

「ごめ…っちょっと」

 言いながら、優は、顔を抑えて横を向いた。友里は、優の赤い顔を目に焼き付けたくて、スマートフォンを膝に置いた。

「今キスしたら、みんなに見られちゃうかな」

 じっと優を見ると、優も、同じ気持ちで友里を見つめ返した。

「てっぺんまで行ったら、見えないかな?」

 友里はどきどきと高鳴る鼓動のまま、優に問いかけた。優は、なにも言わず、じっと見つめているだけだ。少しぐらつきながら、優の隣に座り、友里は優に体を預けた。観覧車の所要時間は、15分。優と過ごす、放課後15分と同じ時間だ。それよりも、とても長く感じて、優から目線を外して、友里は外を見つめた。


「あ、今、どちらのゴンドラも見えないかも」

 友里の言葉を聞くか、聞かないかのところで、優がふわりと友里の唇を奪った。

 まるですべてが止まり、お互いしかいないような気持ちになって、唇を合わせたまま、瞳を閉じた。


 すぐに、観覧車のゴンドラは動き出し、友里と優は、パッと離れ、気恥ずかしい気持ちで外を眺めた。

 顔を上げた友里は、今まで背を向けていた次のゴンドラに乗っていた村瀬と、目が合って、なんとなく手を振ると、表情までは見えなかったが、村瀬も小さく振りかえしてくれた。


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