第199話 いわくもドラマも


 10時開場の海遊館へ、村瀬の母の運転で4人は向かった。友里と優はいちどホテルに戻って、服を着替え、車にまた乗りこんだ。すぐ近くから出ている無料の遊覧船で行けるUSJの話も出たが、さすがに明日帰宅の途に就く友里と優は、海遊館のみの散策にした。


「じゃあ、ぜひ、卒業旅行に!」

「気が早いな」

 村瀬の母のセダン車は、ほぼ揺れず音もしない。ショパンの「華麗なる大円舞曲」が軽やかにかかっている。しっとりとしたシートに埋もれながら、助手席に座る村瀬を鏡越しにみて、優は笑った。


 村瀬の転校の件は、一様に口に出さずにいる。村瀬の母から、言ってほしいような気がしていた。


 友里の父親がくれたチケットを利用するのは、やはり友里はどこか腹を立てていたが、村瀬に煽られて、【水族館のチケットありがとう、絶対絶対、優ちゃんと幸せになります!今日はたくさん写真を送るね】ラブアンドピースと書かれた詠美の作ったスタンプも追記して、宣戦布告ともとれるメッセージを送りつけていた。


「村瀬も、友里ちゃんを煽るなよ」

「伝えないと、伝わらないもんですよ、仲良し大作戦です!」

 村瀬の剣幕に友里が頷くので、優は少しだけ困ったように首をかしげた。BGMは、「雨だれ」に移行した。空は快晴で、雨だれとは程遠い。


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 海遊館へ入ると、村瀬が「まずは1枚」と、ふたりの写真を撮った。共有してもらい、友里は、父親に写真を送信した。

「自然にしててくださいね」

「なかなか難しいよ、一緒に遊ぼうよ」

 友里が困ったように言うが、村瀬は「では視界に入らないように頑張ります」というと母親と一緒にサッと身を隠したので、友里は「モウ」と鳴いた。美形で目立つ親子なので、目を離すことはないと思っていたが、あっという間に消えてしまった。


「いこうか」

 歩きながら、優は友里の手を握った。

 友里は、大きな施設で、優と手を握って歩けることが嬉しくて、グッとなにかが胸を締め付けて、熱帯魚が泳ぐトンネル型の水槽内のエスカレーターで8階まで登りながら、思わずポロっと涙がこぼれた。

「あ、違うの、これは嬉し涙」

 優が胸に抱きよせて、友里の涙を自分の服で拭こうとするので、友里はちょっとだけ自分が作ったシャツを着ている優から、体を浮かせた。

「今日は、お化粧してるから、洋服が汚れちゃう。乾ちゃんと岸辺ちゃんが、薄化粧の仕方、教えてくれたの!」

「……!驚いた。似合っていて、すてきだよ」

「へへ、ホテルの部屋で気付かれずにメイクする方が大変だった」

「洗面所から出てきた時、言ってくれたらよかったのに」

「だってお化粧したの!って言うのが恥ずかしいぐらい褒めるから」

「……道理で……いつもより可愛いから、てっきりわたしの脳が、嬉しいからかと思っ……」

 優が本気で言って途中で照れてやめるので、「ユウチャンカワイイ」と友里はまた小鳥のようにつぶやいてしまう。優が照れつつも、ニコリとほほ笑んで、友里と指を絡める。恋人繋ぎになって、友里は余計照れてしまう。


「友里ちゃんがお父さんにわたしを認めてもらいたいって頑張っているの、とっても嬉しいけど、誰に認められなくても、友里ちゃんが大好きってことは、変わらないよ」

「ほんと?」

 友里は、優の仕草にうっとりとしつつ、優の自信は、お揃いのリングにあると思い、そっと左手の薬指のリングを小指で撫でた。

「指輪、ありがとうね、優ちゃん。キラキラするものすごい好きだよね、好きだからステキなものが選べるのかなあ?!贈りたいな、わたしも」

「いつでも、友里ちゃんがキラキラしてるから、充分だよ」

「……!優ちゃん、嬉しい!!……んだけど、ちょっと、恥ずかしい」

 しかし、人前であることを意識していなかったせいで、友里が思い切り照れるので、つられて優も照れた。


「あっつい」

「ホントだね、大阪、こんなに暑いなんてしらなかった」

 友里のテレ具合に、優は気付いていない。今朝からずっと、優はこんな調子で友里は困ってしまう。ずっと口説いているかと思えば、友里の反応はお構いなしのような、そんな(ちぐはぐ?なかんじ)と友里は思う。


「もしかして優ちゃん、ちょっと浮かれてる?」

「……すこし」

「え、カワイイ」

「いまさら、ようやく、旅行に来ているんだ、って気持ちになってきていて」


 優の告白に、友里は胸がぎゅうっとした。

 父への交際宣言や、指輪の支度、受験勉強に細々とした事件、今日などは村瀬の騒動もあって、もっと言えば、友里と付き合ってから、落ち着く暇が全くなかったこの数か月、厳密には違うが、ようやくふたりで、こうして、落ち着いて、おだやかな水族館にいる。それだけで幸せだと気づいて、友里は握った手のひらを、ブンと振った。

「テンションあがってきた!」

 微笑み合って、「別れるいわく付きの」水族館を堪能することにした。クラゲの丸い水槽をみつけて、去年の夏の江の島水族館との違いなどを交える。

「あの時は、茉莉花がお騒がせしました」

「また夏休み、大冒険したいなあ」

「あんまり言うと、本当に来るから……」

 優はここにはいない茉莉花に怯えるように辺りを見回した。


 ::::::


 友里と優は、村瀬が熱弁していた「太平洋」水槽を泳ぐジンベエザメを眺めた。どこまでも続く大海原に、服のまま降りたような、神秘的な大きな透明水槽の前で、雄大な姿を全身見せて、泳ぐ姿に感動する。お食事タイムでは、大勢の観光客の前で大きな口が開き、歓声が上がる。小さな魚がキラキラと周りに光って、よく見るといつも、水族館では大きく感じる魚たちであったりして、またその規模に驚いた。

「あのこが游ちゃんかな?大きくて賢い動物はみんな優ちゃんみたい」

「また言ってる」

 優は笑いながら、友里を見つめた。友里は、優の表情を胸に焼き付けたが、それだけでは足りなくなってうずうずとスマートフォンを取り出した。

「村瀬さんが撮ってくれているかもだけど、わたしも優ちゃんの写真とりたい」

「撮影OKみたい。フラッシュは消して……」

 1年前のメモリアル画像が出てきてしまって、もたもたしていると、周りにいたカップルが声をかけてくれた。ツーショットで取ってくれることになったので、友里は戸惑いつつ、村瀬を探したが、見当たらなかったので、優の腕にしがみ付いた。


「もっとくっついてええよ、あ、ジンベイ来たから、はやく!」

 声をかけられて、友里は慌てたが、優が友里の肩をグイといつもより強く抱くので、思わず優を見上げてしまう。優の頬が青白い光に照らされていて、見とれているが、写真を撮ってもらっているので、慌てて前を向いた。

 優が相手方の写真も何枚か撮って、快く手を振って別れた。


「大阪の人ってフレンドリーだよね、すごい」

 しばらく散策したのち、近くにあった椅子に座る。友里は、撮ってもらった写真を眺めて、優にうっとりとし、トリミングをして、ジンベイザメと優だけにして、待ち受けにした。

「ふたりの写真にしてくれたらいいのに」

「こんな素敵な推ししかいないのに、わたしは、いらなくない?」

「友里ちゃんだけの写真は欲しいけど」

 優が友里を自分のスマートフォンで撮る体裁で、カメラを向ける。友里は戸惑った笑顔で口角を上げて優のスマートフォンをじっと見つめるが、一向にシャッター音がしないので、首をかしげた。

「どしたの?」

「友里ちゃん、そのカットソー自分で作ったの?」

 友里の疑問には答えず、優が問いかけてくる。白のカットソーに、緑がかったのオレンジのベスト・ジレ、同系色のワイドパンツを着ている。最近は殆ど、自分で作ったモノを普段着にしていることを告げると、優がひとしきり褒めるので、八重歯を見せて、照れてはにかんだ。

「ベルトも、自分で作れることを知ってね、本革は無理だけどそういう生地があって……、ところで優ちゃん、もう写真は撮らないの?」

「ムービー」

「もう!優ちゃん!!!」

 ずっとスマートフォンを構えている優の意味を知って、照れて友里が優の胸をやさしくポカポカ叩くふりをするので、優は笑って、その様もムービーに残した。


「はあ、かわいい。この動画、絶対消さない」

 真剣な顔で動画にロックをかけている優に、友里は大いに照れた。

「優ちゃん、たまにそういう……恥ずかしいことするよね!?」

「わたしはいつも、友里ちゃんに対して、我慢がきかないよ」

 優が、あまり褒められたことではない内容を自慢げに言うので、友里はポカンとした。「良いお土産が撮れた」と、もういちど呟くので、友里は恥ずかしく思いつつ、優にしがみ付いた。


「優ちゃん、おなかへった」

 スマートフォンの時間を見ると、ちょうど12時で、友里の腹時計の正確さに優はひとりで笑った。

 ふたりでスマートフォンを見つめる。卵の乗った焼カレーや、モダン焼のお店にもひかれたが、ただ商業施設の食事処は軽食が多いため、友里の食欲がそれで満たされるとは思えず、決めかねていると、海遊館の地図のそばに、「天保山大観覧車」の文字が見えた。

「あ、これさっき言ってた観覧車かな」

 友里はwebを続けて見つめた。やはり、「別れる」の文字が並んでいて、むむむと唸る。

「行く人が多い分、どうしたって「いわく」も「ドラマ」も生まれるよ」

「……そうなんだろうけど、それを狙ってやった父がムカつくよ!」

 友里はうぬぬぬと唸って、自分で撮った写真を何枚か見つめた。

「こんなに楽しいのに、なんで別れちゃうんだろう」

「小さな積み重ねの、減点法式で、好きな気持ちが消えて行ってしまう人もいるのかもね」

「お別れは寂しいな」


 友里は言いつつも、どこか不安そうに優の瞳を見つめた。(わたしは大丈夫?)と言われたようで、優は不安を拭うように、優は友里の指に指を重ねた。

「一緒にいるだけで、好きが積み重なっていくようだよ」

 小さな声で優が言うと、友里がくすぐったそうに首をすくめ、じわじわと真っ赤になって行った。


「再入場可能なんで、どっかに飯食いに行きましょ」


 「わたしも」と言いかけた友里と、言葉を待っていた優の間に、突然現れた村瀬に、ふたりはハッとした。心臓が跳ね、「どこから!?」と叫んだ。


「ずっといましたって。まじで2人の世界に入るの早すぎて、ビビりちらしました」

 言いながら、村瀬は撮った写真を友里のスマートフォンに共有し始めた。

「めちゃくちゃいい写真ばっかなんで、驚かないでくださいよ。柏崎先輩にもほめられるかも!」

 写真部の村瀬は、写真館の娘を引き合いに出して、にこりと笑った。

「ヒナちゃんとも、一緒に来られたらいいね」

 友里が卒業旅行の話を持ち出すので、優は淡く相槌を打った。村瀬の撮った写真はどれもふたりが見つめ合ったり、一緒に水槽を眺めているもので、視線の先にいないことが不思議なものばかりだった。感心していると、村瀬がピースサインをした。


「卒業旅行も、可愛く撮ってあげますからね」

「やっぱりついてくる気か……」


 優がすこしだけ睨みつけて唸る。村瀬は、ぺろりと舌を出した。

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