第196話 約束
「望月ちゃんに、連絡!」
友里はハッとして、望月にメッセージを送った。折り返し、通話が一秒とたたず返ってきて、3人で笑うが、それだけ小まめに村瀬が連絡をしていたのかもしれないと友里は思った。
望月に大阪にいることを問われて、村瀬は一度考えてから、嘘はつかないと決めたらしく、サラリと親に連れてこられたことを告げた。
「それより、スマホなくしてて、ごめん。メット買いにいくの、今度にしてくれ」
村瀬が素直に謝ると、望月は明らかにホッとした声を上げたが、すぐに友里と優と一緒にいることに、ずるいだのうらやましいだのと怒る。
「望月ちゃん、あのね」
友里は、もしかしたら、村瀬と望月が、新幹線で向かわねばらないほど遠く、離れてしまうかもしれない、今の状況を言いかけるが、村瀬がとめた。優も村瀬の意思に賛成するので、友里は、「お土産はなにがいい?」と話をそらした。
『地域限定たけのこの里がいいです!』
元気な声で答える望月に村瀬が声を潜める。
「おまえ里のものなのか」
『村瀬は、山のものなの?やだー、離ればなれだ!里に降りてきなよ、山の暮らしはキツいよ』
「え、友里さんは?友里さんで決めよう」
「優ちゃんはアルフォート派で、わたしはたべっこ水族館も好き」
無駄な争いを避けるように、友里はチョコレートとビスケットが融合しているお菓子を羅列して、「なにもかも食べたい」とうっとりした。
『それはずるいです、かわいい』
「お菓子食べたくなってきたなー」
優はなんの話をしているのかわからず、戸惑った顔をしているが、友里たちが楽しそうなので、口を挟まずにいる。友里が、望月と村瀬ふたりにして、優のとなりに来たので、優は迎え入れて肩を抱いた。
『あのさ。べつにさみしいとかないからね』
「知ってるっつの」
村瀬が小学生が強がる時のような声を上げた。
『──うそだよ、ペット吹いたり、動画みてんだけどつまんないよ。村瀬と遊ぶのが、楽しすぎるせいなんだから!責任とれよ』
望月が、素直な声で言った。村瀬は、望月も、村瀬と同じく、自分を特別な友人と見ていることを告げられて、目を見開いて「それは反則だろ~」と唸って笑った。
「あはは、帰ったら埋め合わせする」
『絶対だかんな』
「帰ったらな!」
それだけいうと、村瀬は泣きそうな顔で友里にスマートフォンを返した。友里は、お土産の約束をして、望月にお休みを告げてから、通話を終わらせた。
「帰らなきゃな」
優にいわれて、村瀬はこくりと頷いた。
「とりあえず、ばーちゃんも味方につけときたい!」
はたとして、村瀬は祖母の自室に駆けていった。優と友里がしばらく待っていると、村瀬の母とそう変わらない、美形の祖母がやって来て、ふたりで唖然とする。緑色の瞳にアッシュの髪色、北欧神話の氷の女神が、薄いグレー地に小花の散った着物を着てやってきたようで、思わず見とれる。
この人が「世が世なら、武家の娘」と言う姿を想像して、優と友里は顔を見合わせた。
「夜分遅くにお邪魔しまして、申し訳ありません」
優がまずは謝る。
「いえいえ、こちらこそたいしたおもてなしもしまへんで。堅苦しいことは抜きにしぃ、お騒がせや、すんませんねえ」
少し外国語の混じった、関西のイントネーションで、村瀬の祖母がいう。
「ばーちゃんの部屋にスマホあった!」
村瀬がポーズを決めて、何百件と入っている連絡に応えるべく、薄い板に向き合う。優と友里は、おばあ様というには若すぎる、村瀬の祖母と3人残されたようになり、優が、祖母に対して口を開いた。
「村瀬の転校を、おばあさまはよしとしてるんですか?」
「娘がいい学校やと言うてるから。せやけどこないにいい友人がおるなら、考え直してもええかも」
こちらは、どちらかと言えば転校に賛成していないと知り、優は胸を撫で下ろした。母親から完全に離れるとしても、出来れば、家族の援助を、村瀬に残しておきたい。優がそっと片手を上げてから話し出した。
「高校を卒業するまで、わたしの家に下宿をしたら体裁を保てますか?」
優に問われて、村瀬の祖母は半襟をなでつつ、にこりと微笑んだ。
「優しいねえ、どうしてそないによくしてくれるんだい?」
「詠美さんがいなくなると、寂しいので」
「あのこの友達、いつもさ、どこぞ自分のことばかりで、詠美のために頑張ってくれるのは、ふたりがはじめてや」
「そんなこと、ないですよ。今、わたしたちしかここにいないからそう思うだけで、詠美さんのお友だちがここにいれば、おばあさま、きっと圧倒されます」
友里が握りこぶしを作っていうと、祖母は「あはは」と笑った。
「絆は宝やね」
友里が、祖母の言葉にうんうんと縦に頷くと、祖母は友里の頭を撫でた。
「昔、飼ってたゴールデンレトリーバーに似てる」
「えッ」
「あの子も、うんうん話を聞いて、そばにいてくれたもんやで。ジブンはだまってじっと見つめとるだけで、話が進むかもしれへん」
友里が、なんと言ったらいいか困って、祖母のなでなでに耐えていると、様々な連絡を終えた村瀬が、ため息をついて3人の元へ戻ってきた。
「まじで大変だった。帰ったら謝り倒すよーだわ」
そういいつつ、友里を撫でる祖母のとなりに座った。祖母に、なにか言いたそうにしてから、しかし、言えずに黙り込む。
「おばあさまの一存で、転校を取りやめには、出来ませんか?」
友里が聞くと、村瀬の祖母は撫でる手をやめ、腕を組んだ。
「詠美はどうしたいの」
「俺は、できたら、今の高校をちゃんと卒業したい。そんで、モデル事務所にそのまま入る。そしたら迷惑は、かけない」
「ウチらと、縁を切るっちゅうことかい?」
「……」
「詠美は宏衣のとこにいたいんやろ?」
「!」
祖母から切り出されて、村瀬は驚いてそちらを向いた。
「お友だちの家に下宿は、いささか突飛やからねえ」
クスクスと笑って、優をみやる。
「10年以上宏衣とふたりでやってきたのに、愛実はえげつないことをしよるな」
「そーやで、あいつ、なにがしたいん?」
「急に、親がしたくなったのかもね」
「めーわくすぎる」
友里は、優の袖を引っ張った。もしかしたら、もう村瀬が転校することはないのではないかという安堵の表情で、優を見つめた。優も頷く。
「……わかった、うちが、愛実のことは説得してみるよ」
祖母がそう言うと、パンと襖があいて、そこに村瀬の母がたっていた。
「勝手に、スマートフォンを返したわね、お母さん」
村瀬から再度スマートフォンを取り上げて、村瀬の母が怒鳴った。
「おかあさんはいつもそう、私がすることの反対をやって、みんなに好かれようとして」
「ばあちゃんは、悪くないだろ、好かれるってわかってるなら、すればいいのに!」
「たいがいにしぃ」
パンと村瀬の祖母が、手を打った。詠美と詠美の母が祖母を見つめる。
「お客さんの前ではしたないことをす な。大概にしぃひんと、本気で追い出すさけ覚悟しぃ」
村瀬にニコリと向き直って、祖母は言う。
「本気で心配してくれる友人が出来てよかったな、詠美」
それから、優と友里にお礼をして、甘い飴をふたりにひとつずつ配った。
「せやけど、ここからは家族の話し合いをしよか、おふたりはホテルはとってあんのん?もしも取っとれへんなら、寝床の準備を」
時計をみると、午後九時を大きく過ぎていた。
「いてくれると心強いですけど、ホテルの風呂がしまっちゃう?」
「そうだね。でも大浴場は使わないから……」
「えっカップルの楽しみなんて、大浴場に一緒にはいれることでしょ?」
優は被るような村瀬の無意識な差別発言に、ムッとして睨み付けた。
「わたしに傷があるから、優ちゃん、気を遣ってくれてるの」
友里は背中に大きな傷があることを、村瀬に説明した。初めて聞いた村瀬は、目を丸めて、時折しょんぼりとしながら、友里の説明を聞いた。
「尾花駿の命の恩人ってそー言うことだったんですね!うわー、俺、軽率にすみません」
川に落ちた件は、ほんの2日前に知っていた為、村瀬はパンと手を打ってふたりに謝った。ムッとしたままだった優は、その態度の変化に拍子抜けしたようになる。
「──村瀬は素直だよね、変なこといってもすぐに謝れる」
「だって人間だれでも、完璧はありえねーし、間違ったら直せばいいし」
けろっとして言うので、優は困惑した。
「きっと、村瀬と、お母さまのこの掛け違えも、そういうことなんじゃないかな」
優は、村瀬と母を見つめる。
「でも、こいつは……マスターもずっと、一度間違えるとそれが正しいというまで突き進む人っていってたし!」
「なによ、宏衣と、ずっと私の悪口を言ってたの!?」
「そこがかわいいって」
ブーと唇をとがらせて、いやな顔で村瀬が言うと、村瀬の母は「う」と言って下を向いた。
「宏衣はずっと、あんたのイイトコしか教えないぜ。海が好きで夜中に突然飛び出して、朝一の海に飛び込んでクラゲに刺された話とか、紅葉狩りだ~って山に行ったのに、結局ふもとの茶屋で酒びたりになって車置いて帰ってきた話とか。全部間違ってるように見えても、楽しくて忘れられない思い出だって言ってた」
「なによ、バカなとこばっかじゃない……だから私が嫌いなの?」
「宏衣がずっと、あんたと遊んだ話をしてくれて、宏衣から見た、あんたのことかわいいとこあるってずっと思ってる。だから、あんたが、親だって思える」
「詠美……それでも、詠美は、私より宏衣を選ぶのね」
「俺は、あんたと、どこも行ったことないし、あんたを知らない。実際、嫌う要素すらないんだよ。あんたが選択肢にないんだ。ちっさい頃から住んでるマンションより、宏衣がいる場所が、家って思ってしまう」
母親はうなだれる。ショックを全面に押し出していて、詠美はそれを見たくなかったから、言えなかった言葉を出していることに気付いて、少し口ごもった。しかし、優と友里を一度見つめて、ぐっと薄い唇を開いた。
「2年前、宏衣をあんたが追い出した時、なにもできなかったことをずっと後悔している。だから、今回は譲りたくない」
村瀬は、母親をじっと見つめた。嫌いなわけではないんだと、はっきり言うと、村瀬の母は、こくりと頷いた。
「友達に、帰るって約束したから」
村瀬ははっきりと、強い意思で告げた。母親は、すっかり項垂れて、肩をささえてくれた祖母に寄り掛かった。
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