第194話 がんばりやさん
「村瀬から見て、お母さまや、おばあさまってどういう人なの?」
ノープランの優は、村瀬に、さすがに相手のことをなにも知らないのに、なにかできるほどの力はないと説明をして、村瀬自身のことも含めて、問いかけた。新しく張り替えた畳に座る。最近、大きなリフォームをしたのかもしれないと、優は思った。
「「彼を知り己を知しれば
村瀬は漫画の受け売りですよと、おどけて言うが、意外と学があるのかもしれないと思いながら、優は頷いた。友里はよくわかっていない。
「ばあちゃんは、自分のこと「武家の娘」って言ってる。いつも、世が世なら~って言うけど、武家だったのはひいばあちゃんの親。ばあちゃんはバブルの申し子のはずなんだよね」
村瀬は、年代物の文机に肘をかけて、引き戸の黒い鉄をカチカチと弄ぶ。
「で、親は一応、モデル兼、雑誌の編集長で、……ほんで、……わたしの親が2.3人目で、今は4人目の男と付き合ってて、すげえ、資格魔」
「なるほど、がんばりやさんなんだね」
「がんばりやさんで済ます、友里さんの懐の広さにはびっくりする、マジで」
熱を帯びた流し目で友里を見つめている気がして、優は村瀬をじっと見た。優に気付いた村瀬は、友里のポニーテールをそっと手のひらで掬うと、うなじを見つめる。
「は~~、人妻の色気、たまんねえです」
「帰ろうか、友里ちゃん」
「え」
「うんうん、帰りましょうね」
また村瀬の策略にハマって、この件から手をひかされそうになっていたことに気付いて、優は立ちあがった長い足を元に戻すついでに、友里を村瀬から遠ざけ、肩を抱いた。
「村瀬のこと、近所の仲のいい小学生のような気持ちはしているけど、ほんとはよく知らないんだ。どうしたいの?このまま転校したいのかな、意思の確認を忘れてた」
助けてと言わない限り、手を出すことは本人の為にもならない。優は、しかし友里が喫茶店でとっさに村瀬を抱えた時、一緒に助けなければならないと思ってしまった。本人の、本心を、キチンと見極めることは、友里はきっと本能でやってしまうのだろうけれど、優には難しい。
「……」
「そんなの、お別れしたくないにきまってるよね」
友里が、村瀬の代わりに応えるので、彼女の心根の暖かさに優と村瀬で、はにかむ。
「まあ、それは、璃子とか、ペーパームーンのマスターとか……後、バイト先ね!無断欠勤やべー。俺、友達だけはマジで多いんで、みんな寂しがるかなとは思います」
友里は、じっとして村瀬の言葉を聞く。
「でもさ、俺って結局、みんなの友達の、大勢のひとりなんで、きっと俺が転校しても、最初はさみしがったって、すぐ大丈夫ですよ。そういう付き合いしか、してないです、だから」
「そんなことないよ」
ほとんど間を入れずに、友里は村瀬に言った。村瀬が、優たちをこの件から手をひかせたがっていることも、わかっていて、否定したい声だと思った。
「望月ちゃんは、きっと寂しがる。ちょっと離れてみたらなんて、アドバイスしちゃったけど、ぜったい、寂しがって泣く」
友里は、村瀬の為というより望月のために動いているらしいと、優は思った。優の恋人は、自分の為よりも人のために動く。優は、どこか心を開ききらない村瀬の説得は友里に任せようと思った。
「璃子?璃子は、まあ、そうかもね、けっこうべったりしちゃったから、え~、友里さんはどうなんですかぁ?」
「さみしいから、今、頑張ってるんじゃん」
むうっと、顔をしかめる友里に、満足げに村瀬は微笑んだ。それから、「離れろのアドバイスとは、なんだ」と村瀬は友里に詰め寄ったが、友里はどこか遠くを見つめて村瀬から目をそらした。
「璃子か……璃子、今ここにいたら面白かったな。駒井さんにイイ感じに説明してもらってさ……なんて言います?」
「そうだな、お父様の職業は知らないから言えないけど、洋服の件で友里ちゃんを見る目がかわっていたから、本人が真面目に取り組んでいることでも優秀さを認めてくれるのかもしれない。「望月璃子さん。トランペットの奏者で、将来有望な、音楽家です」というかも」
「はあ?うま……、楽器やってることでいい家柄みたいに見えるじゃん。くっそ顔がいい、そのスンとしたイケメン顔から繰り出されるから説得力があるのかも。むかつく、駒井さんが女子校いったら阿鼻叫喚でしょうね」
なぜか優の造形美は、友里を好きな人間には不評だ。罵倒されたようで、優は眉をしかめる。
「そうか、親が納得するような”いいところ”を強調して、説明してやれば、──逃げなければよかったんだ……」
「いや、小さい頃から委縮させられていたのだから、わたしの立場とは違うだろ、自分を責めなくていいさ」
優に言われて、村瀬は肩をすくめた。
「親はマジうざくて、俺が言いなりになってればご機嫌だから、結局、ふたりが俺の為になんかしてくれても無駄になるのかな、とか思っちゃって、マジ…申し訳ない気がして?自分でもどういう感情なのか、よくわかんないんですよ」
村瀬がふざけて、優と友里を自分から遠ざけようとしてしまう心境を吐露した。
「親のせいで、とか、親がそうだからって言いたくねえけど、うちの親が、駒井さんとこの親みたいだったら、俺も、今の俺みたいじゃなくて、駒井さんみたいに、友達を親から守れる人になってたのかなって、考えちゃいます」
「でも村瀬さん、ちょっといいかげんなとこあるかなって思っていたけど、仲良くしてみるといつも明るくて、前向きで、がんばりやさんだよ。お母さんのいいところを、ちゃんと受け継いでるんじゃないかな」
村瀬は困ったように笑い、優は少し戸惑う。気付いたらしい友里に、そっと手を取られて、こくりと頷いた。
「うちは、きっとくらべれば良い親だ。でも、本当に取り返しのつかない、親だってこの世にいることはわかっている。そういう人だったらわたしたちにできることは、なにもない」
優はチラリと、修学旅行中に知り合った国見真知子たちの件が頭をよぎった。虐待されているのに、行政はなにもできない状況もある。毒にしかならない親は必ずいる。その場合は自分たちが、できることは、ない。
「村瀬から見て、どうだろう。高校生だから、親の支配下にいるのは、仕方ないことだけど……村瀬、本当に、どうしたい?」
「大事な子のそばにいたいから、転校したくないって、言えばいいよ」
友里がサラリと言った。
「親が、そんなの許してくれるわけないじゃないっすか、基本、俺が嫌がることしかしないんですよ」
「この部屋に入った時、温度は快適だった。きっと、村瀬が帰宅するのを心配していたんじゃないかな」
「まあそういうポーズぐらいはしますよ」
「心配しているってことに、したいなら、聞いてくれるよ」
「聞いてくれねーから、困ってるんじゃないですか。親はこっちで働くんで、あと2年、あっちに住むことが許せないから、寮のある学校にぶち込みたいんです」
友里がうんうんと唸って、状況の打破を考える。バイトをしても、学費までは手が回ると思えず体が壊れては元も子もない。やはり親の存在が、未成年の内は大きい。
「ペーパームーンで、下宿させてもらったら?そんな張り紙なかったっけ」
友里が、ぼんやりと頭をひねって、村瀬に言う。
「そこまで、マスターに面倒かけられないよ」
自嘲気味に、村瀬は笑った。
そしてしばらく、思案するようにして、友里をじっと見た。「おどろかない?」というので、優を見てから、友里は頷く。
「実はあの人が、俺のもう1人の親なの」
「え」
「親の、別れた、3番目」
マスターが、村瀬のバイトを心配したり、掃除を村瀬が買って出ていた様子を思い出して、友里と優は顔を見合わせた。ペーパームーンのマスターは、とてもきれいな女性だ。そのことを言うと、村瀬は、説明する。
「うん、えーと……戸籍は、一応、姉ってことになってる。まだうちの養子になってるから。2人目の、恋人の子種を貰って俺が生まれて、保育園から、中3まで10年間、1年と少し前まで、育ててくれた期間は、マスターが、お父さんだったみたいな」
「じゃあ村瀬さんの本当のお父さんは2人目の人?」
「いや、いや、育ててくれた人が親でしょ、それは」
村瀬がそう言って、体育すわりをした。
「つーか、俺が前向きとか明るいんは、マスターの影響。ひとりでちゃんと、自分のご機嫌が取れる大人って、あの人以上に知らない。親って思うのは、母親より、マスターだけなんだけど、あの人には迷惑だろうから、それは内緒だけど」
「それなら、なおのこと、マスターと離れたくないって、言ってみたらいいんじゃない?」
友里が言うと、村瀬は困ったように微笑んだ。
「マスターに、まだ逢ってるって、親に知られたらって思うと迷惑かけそうで」
ぽつりとつぶやいて、村瀬はうつむいた。
「わからないや、あいつだけ見れば、ネグレクトかと言えばそうかもだけど、ちゃんと……
トントントン。
廊下を誰かが歩く音がして、3人は、ハッとした。黙る。
「詠美さん、よろしいかしら」
母親の声がして、村瀬は「結局ノープランのまんまじゃねえっすか」と優を見た。
「そう?」
優が不敵な笑みで笑った。その仕草に友里がうっとりとした気がして、村瀬は淡く口角を上げ、心底楽しそうにしたあと、うつむいて、泣きそうな顔で、ぽつりとつぶやいた。
「助けてよ、駒井さん、友里さん。──離れたくないよ」
優と友里は、こくりと頷いた。
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