第193話 行かせない

 ペアシートに腰かけたままの優と友里は、興奮と緊張でしばらく、身動きがとれずにいた。お互いへの気持ちが昂りすぎていて、ドキドキとしたまま、ずっと手を握っていた。

「友里ちゃん、喉、乾かない?」

 優がようやく絞り出すように、そういうと、友里はこくこくとうなづいて、シートから、そっと立ち上がった。


「ふたりはまったく」


 軽い声がして、手を繋いでいた優と友里はそのまま、その声の方へ視線を向けた。村瀬詠美が、苦笑しつつも真っ赤な顔で、こちらをみていた。

「えっなっなにして……?!」

「こっちの台詞ですよ」

 全身黒い衣装に身を包んだ村瀬に、優と友里は多少の大人っぽさを覚えた。

「どうして大阪に?望月ちゃんに連絡はしたの?」

「俺、スマホ取り上げられてて、誰とも連絡とれねーんですよ、逆にこうして、出掛けちゃえば捕まらなくて、ラッキー!みたいな?」

 昨日、学校から直接、大阪の母親の実家へ着たことを、村瀬は告げた。家の堅苦しさに耐えきれず、大阪をぶらぶらと見渡して、夜景を見に来たと言う。

「そしたら知り合いが公開プロポーズしてるとか、なかなかないですよね」

 からかわれて、ふたりは赤い顔で見つめあった。


 ::::::::::::


「いやでも、おめでとうございます!どうしてこちらに?」


 友里は、父親の元へ挨拶に来て、すげなく断られた件を、近場にあった喫茶店で村瀬に告げた。チェーン店のコーヒーの味は、大阪も地元も、そんなに変わらない。


「反対されたから、ついに逃げるんです?」

 村瀬に問われて、優は笑った。

「逃げないよ、これから何年、何十年、反対されてもふたりで生きていく自信を、友里ちゃんが、くれたから」

「わたしなにもしてない」

 友里は、優の言葉にキョトンとした。

「指輪を受け取ってくれたでしょ」

 友里は、自分の指にはめられた指輪を世界最高峰の宝のように抱き締めて、コクと頷いた。


「うわー、もうなんなんすか、すぐふたりだけの世界にはいっちゃって」

 村瀬は、照れたようにメニュー表で顔を扇いだ。GWの大阪は、夏のように暑い。

 アイスコーヒーも光の速さで氷が解けていくようだ。カランと音を立てて、小さな氷が琥珀色のコーヒーの中へ沈んでいった。優はアイスマサラチャイを飲んでいる。友里が慌てて謝ろうとすると、村瀬が手をふった。


「いいですよ、友里さんは。かわいいので、みてて飽きません」

「優ちゃんのほうが可愛いよ」

 友里は、何を言ってるの?と首をかしげる。大阪にいるのに、まるで地元のペーパームーンで話しているかのような気持ちだと村瀬は言って、帰るために立ち上がった。


「今日、泊まる場所あるのか?」

 優が問いかけると、村瀬はおどけたように笑う。

「ふたりの愛の巣に泊めて、なんていいませんよ。今夜は、お楽しみですよね、プロポーズ大成功の日ですもんね」

「!」

「大阪旅行で夜景の見える場所で…プロポーズ!GW、毎年旅行に出掛けるにも手頃だし、思い出の地として美しいし、駒井さんてば、まじ、乙女ですね!」


 大げさに手を広げてアメリカの司会者のように話した後、うんうんと自分のあごに手を当てて、村瀬が言う。優は、下準備を口頭でのべられて、まったく気づいていなかった友里が(ユウチャンカワイイ)といいたそうな光輝く顔で見つめてくるため、多少頬が赤くなった。村瀬がおどけて、優の怒りを買って、この場から退散する道を選ぼうとしていると、すぐにわかったが、スマートフォンも取り上げられている状況で大阪に来ている村瀬に、一抹の不安を覚えた優は、「帰るのか」ではなく「今日泊まる場所はあるのか」と切り出した。返答から考えるに、村瀬は自宅──保護者のいる場所に帰るつもりはない。


「GW明け、学校来るよな?」

「やだな、駒井さんってば……もしかして、カマかけてます?」

 じっと見つめ合うと、村瀬はじゃんけんで負けた時のような顔をした。


「幸せになってね、友里さん」


 ひらひらと手を振って、村瀬は喫茶店を出て行こうとする。

「えっ村瀬さん、どう言うこと?」

 友里がわからないまま、村瀬の手を取った。村瀬が、ビクリとして、友里を見つめる。指輪の光る指を、チラリと見た。

「いやいや、ほら、俺を転校させるとか、駒井さん、色々言ってたじゃないっすか、もしもそうなったとしても、手を下さず、面倒な奴が消えてラッキーでしょ?」


「村瀬さん、転校するの?」

「友里さん……」

 村瀬は、ごくりと息をのんでから、じっと上目遣いで見つめる友里の手をそっと、自分からはがした。

「カワイイ顔して……。まあ、離れるのに、ちょうどいいかなとも思うんですよ」

 友里の手をそっと握るが、優の視線を感じて、パッとホールドアップした。

「うそうそ、ぜんぜんです。また来週!屋上で飯たべましょ!」

 ニコリと人好きのする笑顔で微笑んで、村瀬は言うと、出て行こうとするが、友里にガシリと腕に抱きつかれた。その上から、優に抱きしめられて、身動きが取れない。


「ダメだよ、行かせない」

 優の低音の声が、耳元で響いて、村瀬は「ひええ」と言いながら、優と友里をぐいぐいと自分から引き離そうとする。


「バカだな、ふたりは!仲良し大阪旅行で、なに、後輩の!しかも、横恋慕してくるやつの!心配してんスか、はやくホテルに戻って、いちゃいちゃしてくださいよ、力が強いな!?うぐぐぐ」

 喫茶店の入り口でもめている3人に、喫茶店の店員がちらりと注意をする。

「すぐ、出てくんですみません」と村瀬が言うと、優が、お会計を済ませて、友里と村瀬をドアから出した。友里はしっかりと村瀬を掴んでいる。


「友里さんの乳が、いいカンジなんですけど!」

「そんっなこと言ったって、はなさないんだからね」

 友里は照れながらも、怒って言う。

「じゃあこちら側を、わたしが」

 友里と優に腕をとられて、村瀬は「こっちはカッチカチだな」と言ったので、友里が「優ちゃんの胸はむにむにだよ!最高なんだから!」と叫んで、優にたしなめられた。

「あの場にいた全員が、今夜はお楽しみですねって思ってましたよ?俺のこの、無駄な登場は望んでないと思うんですよね」


「ここで、離して、村瀬さんがGWすぎて学校へきませんでした、って終わってしまうのが、いやだよ」

「できることが、あるなら言えばいい」


「なにもできませんって、あの親、俺を全寮制お嬢様学校に入れようとしてんですから」

 村瀬が諦めたように白状して、優と友里は顔を見合わせた。やはり、村瀬はこのまま、台ケ原短期大学付属高等学校を去ることになっていたようだった。


「学校のせいだというなら、わたしが友達適正診断、受けようか」


 優の提案に、村瀬は目を丸め、友里は「うん!」と頷いた。


 :::::::::::


 木造平屋建て、門扉にぐるりと囲まれた白壁の本堂と離れ、土蔵造りの大きな屋敷が、立派な和風庭園を全面に並んでいる。かれたばかりの瓦が闇夜にも光っている日本家屋は、優と友里が圧倒されるのに充分だった。

「うちに驚いていたのは、嘘かな」

「ここはばあちゃんち、駒井さんちはマジで現代の王子様って感じじゃん、これじゃ、殿でしょ」

 優の家も立派だが、こちらは伝統を感じさせて、友里はすこしたじろいでいたが、村瀬の月代さかやき姿が浮かんで思わず吹き出した。

 広々とした梁の立派な玄関の地板に一枚板で出来た衝立が置いてあり、その横に、体の線にぴったりと沿ったこまかいプリーツのワンピースを着た、村瀬の母親が待ち構えていた。


「なにも言わずに出たと思ったら、お客様連れだなんて、詠美は」

「スマホ取り上げられてんだから、れんらくできるわけねーでしょ」


 村瀬が言うと、母親は優と友里を一瞥した。

「お父様のご職業は?あなた自身の、習い事などなにをなさってるの」

 優は、三和土で夜20時を過ぎての訪問を謝罪後、同じ学校で仲良くしていることなどを告げて、お礼をした後、村瀬の母の質問にようやく答えた。

「わたしの父は、開業医を。わたし自身は、手習い事を少々、素晴らしい先生方のご指導のおかげで、お免状を戴いております。こちらは、荒井友里さん。お父様は製薬会社の支社長、私がいま着ている衣装はデザインから全て、彼女の仕立てで、才能に溢れているかたです」


「あら。それは──素敵なお召し物。ごゆっくりしてらして。詠美、お部屋にお通しして。しばらくしたら、お茶を届けます」


 チラリと、ふたりをもう一度見た後、ぺこりと頭を下げて、村瀬詠美の母親は、長い廊下を奥へと戻って行った。

 無言のまま、詠美が利用している和室へ行き、パタンをふすまを閉じた瞬間、詠美はふたりに笑顔で向き直った。


「すげえ!!適正診断とおると、ああなるんだ!!!!」

「もしかしてはじめて?」

「チュートリアルクリアしたみてえええ!!!うける!!!」


 大興奮した後、は~~~と長いため息をついた。


「なんだ、やっぱふたり、ただものじゃねーと思ってたけど、お嬢様なんだな。俺は、フツーの、普通だって思えるやつを好きになったり、付き合ってるのが、親への反抗だったのに。親が言う、金持ちと付き合えってのが正しいってことになっちゃうじゃないすか」


 優が、顔をしかめた。

「友里ちゃんを好きになったのは、気付くといつも見つけてしまうからだって言ってたじゃないか」

「それだって、特別に育ちが良いから?だろ」

「わたしの所作はだいたい、優ちゃんの真似だよ」

「……」

「だから、わたしの所作だけが好きなら、優ちゃんが好きなはず」


「……?つまり?」


「……だから。──村瀬さん、わかってて言わせようとしてない?」

「え~~わかんない。わかんないです、友里さんの言葉で、きかせて」

 村瀬が小学生のように友里に縋るので、優はチラリと嫌な予感がして身構えている。

「だから、わたしなんかを好きになったのは、村瀬さんの、心のままなんじゃない?って。恥ずかしいこと言わせないで、優ちゃんの前で」

「友里さ~~ん、まじで、真っ赤で、かわいい。俺まだワンチャンありそうじゃん?!1回だけでもヤっておきます!?」

「しない、させない、はなれろ」

 友里にわあっと抱き着く前に、待ち構えていた優に間に入られて、優の胸に抱きすくめられた友里の瞳からハートが出る勢いで優に落ちていく姿を見た村瀬は、ブウと唇を突き出したあと、はあとため息をついた。


「じゃ、チュートリアルは終わったけど、駒井さんは俺を、どうやって親から解放してくれんの?」

「転校させないようにするだけだろ」

「ま、停学取り消しの時と、状況は違いますし、ダメで元々……ですからね。さあ、こっからの、作戦を教えてください」


 手を広げる村瀬に、友里は優に抱きしめられながら、優を見つめる。凛々しくも麗しい優の横顔のラインに思わず見とれる。


「ノープラン」


 あまりにも凛々しい声で言うので、友里と村瀬は最初、素晴らしい計画の名前なのかと錯覚した。

 先に意味にハッと気づいた村瀬は、あははと大きく笑った。


「駒井さんマジで、行き当たりばったりなんだから!」

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