第190話 友達適正診断
放課後、村瀬を囲んで、望月と真糸原、ヒナに高岡、それに岸辺後楽と乾萌果が優と友里と共に写真部に集まった。簡単な飲み物やお菓子も持ち寄った。勝利の宴だ。
「なんか大変だったみたいじゃん」
炭酸のペットボトルを掲げて岸辺と乾に言われた村瀬は、「まあ、余裕スわ」とにやりと笑った。
「真糸原さん、先生とお別れしたの、どうして?」
紙パックのジュースを配る友里に問われて、真糸原はこくりと頷いた。
「ずっと考えてたの。先生が追い詰められていくな~って。昨日、ラブホに泊まったのだって、私が先生の家に押しかけたから、先生が、おふろがある所のほうがいいだろうって、ひとりにしようとするから、私が離さなかったの」
「下心ありまくりじゃん!」
ヒナが怒って言う。
「ホントに、指一本触れられてないから!」
真糸原が言うが、ヒナは怪訝な顔をやめない。
「ずっと逃亡者みたいに怯えてるから、村瀬さんを見て、追手だ!とか言って、攻撃したくなったんだろうね。写真部じゃん?新聞に載るって思ったみたい。別れようって言った時の顔、すごいホッとしてた。一番いい顔だったかも。あんな顔見ちゃったら、ねえ」
真糸原は微笑む。友里は、本人たちが納得しているのなら、それでいいと思い、そっと後ろにいる優と高岡を見た。
「高岡ちゃんと優ちゃんは、連携がスゴイね」
「……まあ、村瀬が悪いのだけど、停学はさすがに可哀想だったし」
「そうだね、村瀬が悪いけど、友里ちゃんの為に奮闘してくれたお詫びというか」
「なんでふたりはそう、俺に当たりがきついのかな?」
村瀬が、優と高岡に首を傾げながら、問いかける。
望月が、ふたりにぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。もとはと言えば、うちが、村瀬に送ってもらってたから。往復4時間かけるより、泊まるほうが良いって思っちゃって」
「それは仕方ないよ。今度から、村瀬の家に泊まるとか……少し考えようね」
優がそう言うと望月は「はい」と小さく頷いた。
「俺んちはダメですよ、厳しい母親がいますからね」
「そうなの?はじめて聞いた」
望月が村瀬の顔を覗き込む。165cmの村瀬に、150cmの望月はすっぽりと入るようだ。
「家に入ったら友達適正診断させられて、追い出されちゃう。この中で合格するのは、駒井さんでギリかな。ま、ほとんど帰ってないんで、今どうなってるかはわかりませんけど」
自嘲気味に笑うと、村瀬は「口が滑った」と言った。
「コレ、口説くときに言うやつなんですよ。こういえば、優しいコなら大体、泊まらせてくれるでしょ?」
ニコニコと笑うので、乾萌果が「不純!」とツッコミを入れた。
「村瀬」
望月が、心配そうに村瀬を覗き込むが、村瀬はたれ目をニコリと細めて、「ん?」というだけで、望月をそっと線引きした。ここからは、入らなくていいという笑顔を向けられて、望月は黙った。
「ま、なんにせよ、GW前に停学をまぬがれてよかったわ、──乾杯!!」
高岡が急にペットボトルを掲げたので、友里も慌てて、紙パックジュースを掲げた。皆も合わせて、飲んでいたジュースを掲げる。
「あははは、ありがと」
村瀬が一括でお礼を言う。岸辺が「感謝しろよ」というので、村瀬が「なにもしてねえじゃねえっスか!岸辺先輩は!」と肩を組んで笑った。
望月が、村瀬に「もし今度、なんかあったら、一緒に、停学になるから」と言った。
「友達適正診断なんて、クソだ。気付いたらなってるのが友達だ。お前は、中でも一番大事な友達だから、もしそうなったら、ちゃんと守るよ」
岸辺に「ヒュー」と言われて、村瀬は「えへへ」と笑う。望月は、村瀬から少し離れて、友里にしがみ付いた。
「どしたの?」
友里に聞かれて、望月は友里の肩辺りに顔をうずめる。友里も163cmあるので、この中では大きいほうだ。望月が「守ってくれなくていい」と小さく言うと、優が友里ごと望月を抱きしめた。
「わたしも一緒に聞くよ」
低音で、望月の耳に語り掛けるので、望月は「うひゃ」と声を立ててゾクゾクと震えた。
「なにしてんのよ、駒井優は」
高岡に言われて、さんにんで振り向いた。
「高岡ちゃんもおいで」
優に手を広げて言われて、高岡は一瞬で怪訝な顔になった。
ヒナは、真糸原に、いかに未成年搾取がいけないかを説教している。真糸原は終始笑顔だ。今まで頭ごなしに怒られることはあっても、親身に心配されたことが無かったのだろう、嬉しそうに、ヒナの言葉に耳を傾けている。
「あ、そうだ」
ヒナが思い出したように、屋上開放日に一緒にお弁当を囲んだときの写真を取り出してきた。なにも知らなかった望月が「なにそれ村瀬!呼べよ」と怒る。
「欲しいのあったら言って、追加で現像するから」
優と友里が微笑み合っている写真は、ヒナからふたりに直接渡された。
「額装したいくらいでしょ」
友里は「うん」と頷いて、照れるが、優は言葉に出来ないようだった。
「いつ?」
「サッと撮るのよ、被写体がこっちに気付かないうちにね」
「友里ちゃんがすごい可愛い。ホント、柏崎写真館で、記念写真はお願いしたいよ」
「わあ、もちろん!末永くご愛顧くださいね!!」
ニコニコとヒナが笑う。
友里は優が写っている写真を、何枚も注文するので、ヒナが困ったように「待って」と言ってメモを探した。
::::::::::::::::::::
全員で校舎から出てくると、ブロンズカラーのセダン型の高級車が、校内に停まっていて、目を引いた。村瀬が一瞬立ち止まって、「俺ちょっと」と言って反対側へ駆けだそうとしたが、先に「詠美!」と声をかけられ、びくりと止まった。
赤いハイヒールに、大きなつばの赤い帽子、黒のシックなワンピースに黒いサングラスの女性が、村瀬を抱きすくめる。真っ赤な口紅がよく似合っている美人だ。
「あなた、停学ってどういうこと?」
「母さん、それは取り消しになったんだって……!」
「おかあさん?」
望月が大きな声で言った。パッと口を押さえたが、捕食者のように大きな瞳の村瀬の母が、黒いサングラスを下ろして、望月を見つめる。ハムスターと蛇のようだ。
「あなた、お父様のご職業は?年収は?ご自身、なにを習ってらっしゃるの?」
「え、ええ……普通のサラリーマンで……」
「あらそう、じゃあ、詠美とはお付き合いできないわね。残念だけど、同類のお友達とどうぞ宜しく」
サラリと言われて、望月は目を丸めた。
「はあ?なに言ってんの、璃子の良さは、おやじの職業じゃ計れねえっつの」
「もう、詠美はまだそんな、男の子ごっこして?言葉遣いを直しなさい。さ、職員室に行くわよ、ご迷惑をおかけしたお詫びしなきゃ」
「だからあ、もう、勘違いだったんだって~!」
村瀬は母親にひきづられるように、校舎へ帰って行った。
すこしだけ振り返って、望月に「ごめん」と口パクをしたが、すぐに頭を叩かれている。「先に帰るんだぞ!」と大きな声で言って、今度は背中を殴られた。
「あれが、友達適正診断……」
「父親の職業を聞いただけじゃねーか、ばからし」
乾と岸部が、呆れたように、嵐のような村瀬の母の後姿を見つめる。
まるで聞こえていたかのように、蛇のような目で睨まれて、ふたりは震えた。
「こっわ」
「確かに駒井くんじゃないと通過できなそう」
友里は優を見つめた。
「あんなふうに聞かれたら口をききたくなくなるから、通過しないんじゃないかな」
ニコリと淡く微笑する優に、乾と岸部は(こっちも怖い)という顔をした。
「望月ちゃん、帰ろう、遅くなるよ」
友里が声をかけると、望月は村瀬が消えた方向を見つめた。
「私、待ってようかな……」
「村瀬に迷惑がかかるだけだと思うよ」
優に言われて、望月はうつむいた。村瀬のバイクで、一緒に帰る予定で、GWも、専用のヘルメットを買う約束をしていたのだと、ポツリとつげる。
「大丈夫だよ、村瀬さんなら、あっという間に抜け出してくるよきっと、わたしも一緒にまってよっか?」
友里が言うと、望月は微笑んで、その申し出を受け取った。しかし、17時を過ぎても村瀬は校内から出てこなかった。
「さすがに、最終バスが出ちゃうから、帰ります」
望月が、困ったように最後まで残っていた友里と優に頭を下げた。
「気を付けてね」
バスターミナルまで送って、優と友里もプラットホームに向かった。
::::::::
帰宅電車の中、線路を走る音が響く。
「村瀬さんのお母さん、強烈だったね」
友里が言うと、優が頷いた。
「家族の件で悩んでいそうだから、今度、話をきちんと聞こうか」
「気に入ってるもんね」
「友里ちゃんほどじゃないけど」
「村瀬、うちの家族をうらやんでいた……あ」
「ん?なあに?」
「ごめん友里ちゃん、村瀬に、婚約したこと話したよ」
「え!あ……!そうなんだ!!」
友里は赤い顔で優を見つめた。友里は、村瀬に言わないでいた分、優が話したことに少しはにかむ。
「やっぱり優ちゃんのほうが、村瀬さんを気に入ってる」
「ないよ。ただ、友里ちゃんを奪われたくないから」
「そうなの?」
「そうだよ、あいつ、ナイトになるとか言っているじゃないか」
「もう、わたし相手じゃなくなると思う。本当に守れるものって、たったひとりだと思うから」
友里はニコリと優に微笑んだ。
「なに?」
「ううん、そっと放っておけば、大丈夫だよ」
「?」
優は友里の言葉に首をかしげる。優の不安を取り去るように、友里は優の腕を取って、組んだ。そっと寄り掛かると、優の為というより、自分が嬉しくなってしまって、すりすりと体を揺すると、優も淡く微笑んだ。
「そういえば友里ちゃん、木曜日だけど、おふろの清掃バイトは?」
「明日大阪で、あさイチの新幹線に乗るでしょ?お休みにしたよ」
「そっか、あんまりバイトに入らなくなったけど、大丈夫?」
「教習所がやばいかも!間に合わないかも!!」
友里は自分の誕生日というリミットを抱えているだけで、実際の教習期間は半年あるのだから、焦らず通えばいいと思うが、優は苦笑した。
「最悪、夏休みに、優ちゃんとドライブを目標に……!!」
「楽しみにしてるね」
「へへ、受験勉強の合間にいこうね」
「うん」
優が困ったような、(ついに友里ちゃんからもその言葉を聞くようになったなあ)というようなため息で、笑顔で頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます