第189話 昼休みの攻防


「つーか、GW丸々学校に通うんですって!停学ってより、学校軟禁ですよ!バイトやべえ」

 あっけらかんと村瀬が言うので、友里と優は村瀬を挟んで、ため息をついた。お昼休み、村瀬とヒナが所属する写真部の部室を借りているので、ヒナがレンズの掃除を、吹奏楽部の自主練を休んだ望月はなにか言いたげに、村瀬をじっと見ている。高岡も来てくれた。腕組みをして無言だ。


「なにしたの?」

 友里にじっと見つめられて、村瀬は、はあとため息をついた。

「昨日、望月とラブホに行って」

「!?」

 友里は昼間、望月から特別な感情の相談をされていた手前、ハッとして唇を抑えた後、望月を見た。望月も(行きました)という顔で、こくりと頷く。

「そういう関係!?」

「わたしたちと分かれた後、深夜すぎて、望月ちゃんの家に送るのが大変だったから、宿泊しただけでしょ?」

 優が聞くと、村瀬と望月はコクコクと頷いた。

「そうです、そうです、だけどぜんぜん、友里さんのせいとかじゃないですからね、眠かったし、全然やましいことなくて。金が無いから、ラブホってだけです」


 村瀬は写真部の木の机に寄り掛かる。ギイと音を立てて机がきしんだ。


「隣の部屋に、理科の笹谷ささたにがいたんスよ」

 早朝、学校へ早めにつく時間に部屋を出た村瀬は、隣の部屋の人とばったり対面してしまった。やばいと顔を背ける前に、笹谷教諭が、村瀬を指さした。笹谷の背後には、同じ学校の女生徒がいた。


「もしも言いふらされても、俺が停学を取り消してほしくて嘘を言った、ってことにしたいんじゃないかな」

 村瀬は髪を掻き上げて、美形を晒すと「はあ」とため息をついた。

「なにそれ、淫行じゃないか、許せない」

 ヒナがそう言って、机を殴った。

「いや、相思相愛かもでしょう?!」

「先生が、先生のうちに生徒に手を出すのは、全て犯罪だよ!ゆるせない!」

 村瀬が一応の制止をするが、力強く言うので、全員、ヒナの言葉に頷いた。

「ま、未成年のラブホ使用は法律で禁じられてるし、そこは罪として受け取りますよ。望月が、笹谷にみられてなくてよかった!」

「村瀬をしってれば、言いふらさないってこと、わかるのに」

 望月が、歯軋りをするように言う。村瀬は、にっこりとほほ笑んで、「お前は守るぜ」とうそぶいた。


「ぜんっぜんうれしくない!!そんなら、わたしも停学にしてもらってくる!」

 望月が叫んで、たちがるので、友里が慌てて望月を取り押さえた。

「友里先輩、だってそんなの──こいつだけ悪いの、おかしいじゃないですか!笹谷と一緒にいた子だってみんな同罪だ!」

「落ち着いて~」


 友里は言うと、落ち着かせるために小さな望月をぎゅっと抱きしめた。「せんぱあい」と言って望月が友里の柔らかな胸にすがりつくので、優が嫌な顔をしたが、高岡がちらりと横眼で見ただけだった。


「村瀬の停学をなかったことにするためには、ラブホにいた事実を取り消せばいいんでしょ、笹谷と高位な立場で交渉すればいいわ」

 高岡が言うと、優も頷いた。

「まずは笹谷の相手よわみを落とそう」

「ラブホって監視カメラがたくさんあるのよね、確か。見せてもらえないかしら」

「でもそういうのって、一般人には無理でしょ、学校も治外法権だし、先生方が提出をお願いするのは無理だから口頭のみで村瀬をみたと言ってるだけですんでる。映像が残ってたらこちら側も不利だ」

「あら、うちの父は結構顔が利くのよ」

 高岡が悪い顔で笑う。

「権力はなんでも使うわよ」

「そうだね、時間がない。いそがないと」

「待って待って、わるい奴らだな!女の子は俺、知ってるから大ごとにしないで」

「あら、早く言いなさいよ」


 動き出そうとしたふたりに村瀬が写真をみせる。ひょろりとした笹谷と手を繋いだ生徒が写ってる。

「2年の経理の真糸原奈美まいとばらなみ。この写真の子」

「あら、笹谷と親密な写真じゃない、いつの」

「朝、登校してから。なんか廊下にふたりでいたから、役立つかなと思って」


 「村瀬も結構用意周到なのね」と高岡はほくそ笑むが、「その写真を撮ったせいで、笹谷に強硬手段に出られたのではないか」と、優はため息をついた。


「とにかく停学を阻止しよう」

「そんなことできるんですかね」と村瀬。

「やらないと!」

 あくまで乗り気ではないのは村瀬だけで、ほかの全員は「おー!」と一致団結した。


 ::::::::::::::


 お昼休み、まだお弁当を食べる人たちで溢れている2年・経理の教室で、真糸原は驚いた顔をして、周りを気にもしない駒井優を見つめた。

「はじめましてだよね、少し時間あるかな?」

 柔和な微笑みで見つめて、優は158cmの真糸原の肩を抱いた。黄色い悲鳴で沸き返る2年の経理の教室から真糸原をあっという間に攫って写真部の部室へ戻ると、高岡にいやな顔をされた。

「なんで?頑張ったのに」

「がんばってない」


 優の魔法が解けたように、写真部の部室で、真糸原は「なんの用ですか?」ときょろきょろした。肩で髪を切りそろえていて、きつい目をした少女だ。

「笹谷、って言えばわかる?」

 高岡に言われて、真糸原はぎくりとした。座っているひざに手を置いて、その手の甲をじっと見つめている。


「やっぱ言われた通り、休めばよかった」

 ぽそりと呟いた声を聞いて、友里が隣の席に座った。

「あのね、責めてるわけじゃないよ。笹谷先生にね、村瀬さんと逢わなかったって言ってほしいだけなんだ」

 いちばんやさしい声で、友里が言うが、真糸原は無言で友里を見つめるだけで、ぐっと息をのむ。

「私たちだって、別にやましいことをしたわけじゃなくて、私が、泊まる場所がないから、先生が、一緒に泊ってくれただけで」

「中の事情はどうでもいいのよ、自分たちの罪をごまかしたいから、村瀬を貶めるのは違うんじゃない?っていってるの」

 高岡にきつい口調で言われて、真糸原はカッとなって叫んだ。

「だってこの人、写真に撮ってたから!」

「ほらな、よけいなことをするから」

 優に言われて、真糸原に指をさされた村瀬は、首をすくめた。


「別にそれで、留飲が下がるなら、停学くらいいいよ。退学は困るけどさ、親がうるさいからね」

 村瀬はそう言うと、真糸原を見つめた。

「ごめんなさい、先生にちゃんとお願いしてみるから、写真は消して」

 真糸原に言われて、村瀬は自分のスマートフォンから、写真を消去した。高岡と優が明らかな証拠に対して、「あ」と言ったが、村瀬はすべて完全に消去した。


「これでいい?」

「うん、じゃあ、言ってくる」

 机を立ち上がろうとしたので、高岡は真糸原の肩を掴んで椅子に戻した。

「ダメよ、ここで先生に連絡して」

「え、どうして」

「ぜんぶ、ちゃんと、聞かないと、気が済まないの」

 グッと肩を押されて、真糸原は観念したように、スマートフォンを取り出すと、笹谷に通話した。スピーカーにして、全員が聞いている。


『学校で連絡してくるなよ、今、会議中だぞ』

「ごめんなさい。あの、村瀬さんと逢ったこと、取り消してほしいの。写真も消してくれたから」

『はあ?もう校長にも伝えて、刑を出したんだぞ。新聞部のやつだぞ、校内新聞にでも載ってみろ、逆恨みと思われる素地でもないと、おまえが退学になるぞ』

「だって、わたしたち、付き合ってるだけ、なにもしてない」

『うるさい、おまえが退学になるってことは、俺も職を失うんだぞ』


 ツー。

 通話が一方的に切られ、ヒナがブチギれた。

「これだから!!お!と!こ!キライ!!!!」

「落ち着いて、ヒナさん。男性は、いい人のほうが多いよ」

 優に言われて、ヒナはフウフウと荒くなった息を鎮めるために呼吸をした。

「先生、いつもはこんな口調じゃないの。本当に優しいのに」

 真糸原が、少し落ち込んだように、みんなに「ごめんなさい」と頭を下げた。


「いいよ、俺が停学になればいい話」

 村瀬が諦めて、言った。

「いやーなんか、思いがけずみんなに愛されてることに気づけて、良かったよ!!特に朱織が、俺のために動いてくれるなんて~♡」

 浮かれたように言っているが、高岡は「停学なんて、ならないほうがいいとわかっているくせに」と村瀬を睨みつけた。

「こうなったら父に、監視カメラをわたしてもらうようお願いするしか」

 高岡が言う。しかし優が、高岡が操作しようとしたスマートフォンをおさえた。


「先生たちだって、監視カメラを確認なんて、出来ないんだから、全員で乗り込もうか」

「あ」

 友里がハッとして手を叩いた。

「そうだね、優ちゃん。権力が無いと監視カメラを見れないんだから、みんなで同じ場所にいたって言えばいいんだ」

「ちょっと、そこの優等生。なに言ってるのかわかってます??全員で仲良く停学の場合もあるよ?馬鹿でしょう?」

「別にラブホになんて、入ってないって言えばいいだろ。わたしたちは、紀世さんのスイートルームにいた。村瀬が、バイクをたまたま置いていただけとしよう。全員で、夜に一緒にいたのは事実なんだから、「夜」、村瀬を見たってことだけを「嘘」にできないかな」

 優が言うと、村瀬が頷く。

「あー……そしたら、笹谷がわざわざ誰にも言っていない、「朝、見た」ってことをいわなきゃいけなくなって、なんで通勤前に、いたんだって、問われる……?」

「そしたら、嘘だったって言うかも!」


 友里は手を叩いて、まずは教育実習の紀世を写真部に呼んだ。

 紀世は「まったくばかなことを」と呆れつつも、夜に紀世の利用する部屋にいたことを証言してくれる事になった。

「今後は軽率な行動をしないこと、いい?本来なら停学は相応なのよ」

 先生のようで、友里はニコっと紀世を見て微笑んでしまう。紀世も、友里にウインクした。


 真糸原が、もういちど笹谷に電話をかけた。

「会議に生徒全員で乗り込んだほうがいいのか、今この場所に来る方がいいか、選んで」

 真糸原が言うと、笹谷はしぶしぶ、写真部の部室に来た。


「本当に脅す気が、無いという証拠が欲しい」

 写真部に来た笹谷はそう言って、胃の辺りをおさえた。

「なにもないことが、証拠よ」

 高岡が言うと、笹谷は「ぐ」と息をのむ。紀世がそこにいて、顔色を窺っている。

「俺は……真糸原と結婚しようと思っている。だから、職を失うわけにはいかない、証拠がないのなら、なにも、出来ない」

「先生」

「だったら!騒がないでよかったのに。写真もこの通り消しました!」

 村瀬が言うと、スマートフォンをスクロールして見せる。

「先生にやましいことが無いのなら、そんなに慌てなくてもよいのではなくて?結婚しようと思っているのなら、真糸原さんをただ大事になさったらよかったのに」

 紀世が王者の風格で言うと、よれたシャツに緑のネクタイを付けた笹谷は「最善だと思ったんだ」と項垂れた。


「誰にも相談できないから、悪い方向へ考えちゃうの。ずっと怒ってるの、自分が嫌いになってるからでしょ?」

 真糸原が言う。

「味方がいれば、行き場所があれば、わたしたちだって、こんなふうにならなかった」

「真糸原」

「先生、──、一回お別れしよ。私が生徒じゃなくなってから、いつか結婚して」

 笹谷はしばらく迷ったが、こくりと頷き、職員室へ戻った。紀世も、その後を追う。


 村瀬が校内放送で呼び出しを受け、停学は、取り消された。たった40分の攻防だった。

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