第188話 恋ではない大きな感情

 バイクから降りた村瀬は、深夜のファミレスで待ちぼうけの望月を窓の外から眺めた。「ごめん」と、口パクで言ってみるが、望月は、気付かない。店内に入ると、すぐに村瀬に気付いて、嬉しそうにしたが、望月はすぐに怒った顔になる。

「ちょっと!連絡ぐらいできるでしょう?友里先輩、どうだったの?」

「おちつけって!ちょっとした意思のすれ違いだったよ。機嫌なおせよ」

 望月は顔をしかめる。村瀬は同僚にお礼と謝罪を言ってくると言って、望月をまた待たせた。

「おなか大丈夫なら食べてよ」

 お詫びとばかりに、美しいチョコレートケーキが望月の前に置かれて、村瀬とケーキを交互に見る。

「なにこれ、メニューにないじゃん?」

 望月は小さな声で言うが、村瀬が「シー」と人差し指を唇に当てた。

 紀世からのお土産だが、それは内緒にして、村瀬は美しく盛り付けたホテルクオリティケーキに望月が驚くさまを見つめる。

 概要をかいつまんで村瀬が、友里たちに起こった件を説明すると、望月はホッとしたように胸をなでおろした。


「友里先輩ってなんだか、色々いそがしい星の元にいるよねえ」

「まあ、俺らが言うことじゃないんだけどね、もっとしっかりしてほしい!かわいいけど!」

「確かに!かわいいけど!」

 友里への想いを吐き出しあって、ふたりで笑う。楽しすぎるが、そろそろ帰宅しないと朝になってしまうので、望月は村瀬に「送れよ」と言った。

「今日はどっかに泊ろうぜ、もう2時間も、いや往復4時間は運転できねーわ」

 くわわと欠伸をして伏せる村瀬に、望月は自宅の田舎ぶりをおもって、「仕方ないか」とOKする。

「さすがにてっぺん過ぎてて、いきなり望月連れは難しいかもだから、ラブホでいっか」

「!」

 望月は、誰とも入ったことのないホテルを思って、村瀬を睨んだ。「金は俺がもつよ」と、村瀬が起き上がる。

「私の事、対象にみてないのくらい知ってる、でもな」

 望月は腕を組む。

「そういう場所に行ったら、そういう気持ちになったりしないの?村瀬は」

「あ、そっちか!そっちの心配なら大丈夫、友達に、なったことない」

「ふうん、ならいっか!」あっけらかんとOKした。


 :::::::::::


 バイクで横付けに入れるタイプの、直接部屋の入り口があるラブホテルに、村瀬がたどり着く。制服姿だった望月は、一応、リボンやジャンパースカートを、村瀬がバイト先に置いてあったジャージの中に隠した。

「空いててよかったな~!あさってからGWだから、やべえかとおもった!」

 安心したように村瀬は、先に風呂入らせて!とお願いして、浴室へ消えていった。


 村瀬があまりに手際よく、慣れていて、望月は、どこか落ち着きがなくなってそわそわと辺りを見回した。避妊具と一緒に置いてあるマッサージ器を初めて見て、ぎょっとしたり、カラオケ用のマイクまで『そういうもの?』に見えたりした。ベッドの上にあった、薄手のチャコールグレーのロングシャツを手に取り、広げてみる。足首までのシャツ型のパジャマだと気づき、着ていたものを脱いで着替えた。


「璃子、おふろに、使い捨てパックがあったからあとでやろーぜ」

 アメニティが充実していることに喜びながら、村瀬が出てきた。

「あ」

「お、ごめん」

 着替えている最中で、飾り気のない白い下着を見られたことより、胸をつぶすシャツとボクサーパンツのみの、半裸の村瀬にあわてて望月は、村瀬と入れ替わるように浴室へ向かった。


「ごめん璃子、すぐ着る」

「ちょっとコレ、どこが電気なのよ!?」

「お、こっちで操作するから、なんもさわるな」

 村瀬は、ベッドのそばに在ったルームライトを操作する。薄暗い部屋が一気に明るくなり、望月は安心したような声で「くそ村瀬!ありがと!」と言った。


 望月がお風呂から出てくるのを待って、ふたりでチャコールグレーのパジャマを着て、15分のタイマーをセット、顔にパックを付けた。


「はあ~、効いてる感じする~」

 機械から出るイオンスチームをふたりで顔に当てながら、ぼうっとする。

「こういう時間って、さいっこう」

「そうだろ~、ここマジで女子会プランが充実してていいんだよ!昼間ならハニトーもあるんだぜ、シアタールームで映画みれたりさ」

「まじかよ、今度ぜったい昼間に連れてきて」

 15分はあっという間に終わり、名残惜しいように顔のパックを外すと、望月はいつもよりもピカピカと輝く村瀬の顔を指さして笑った。

「めっちゃ光ってる!毛穴!!!ない!!!」

「笑うとこかよ!!そこは、綺麗!かっこいい!!だろ!?」

 村瀬も望月の頬に、丸い光がさしていて、思わず笑う。

「おまえだってモチみたいになってるからな!?」

「あははは!!!マジだ、めっちゃしっとりしてる~~~!!」


 深夜テンションなのか、ふたりでひとしきり笑って、ベッドに寝そべった。


「あ~~」

 低い声で村瀬が、唸る。このまま寝てしまいそうで、空調をどうにかしないと喉がやられると思い、起き上がった。


「あ」

 同じように思った望月と、同じタイミングで起き上がったせいで、顔が近づいた。

「なに」

「なにってにゃんだよ」

「噛んでやんの」

「噛んでない」


 村瀬がぶうと頬を膨らますと、望月は笑った。

「キスぐらいしとく?上手なんでしょう?」

 望月の軽口に、村瀬はムッとした。

「そら自信ありますけどお、空気に飲まれてんじゃねえって。好きな人としたほうがいい。取っとけよ、璃子はけっこうロマンチストだろ」


 首の後ろを掻きながら、村瀬は部屋の空調を動かした。パッと光が、淡いピンク色になって、ベージュに変わる。足元だけにライトが立ち上る。大きなベッドわきの銀色の板を操作しながら、村瀬は望月を見ずに、欠伸をひとつした。

「俺もう限界だし、朝まで起きないから、このつまみ、適当にいじって」

「真っ暗でもいいよ」

 望月が言うと、村瀬は「俺が暗いとねむれね~」と笑った。ふたりで大きなベッドに横になり、夢も見ずにぐっすりと眠った。


 :::::::::::



 朝、明日からの大阪旅行を想像しながら、友里が廊下を歩いていると、遠くから望月が、真剣な顔で早足で歩いてきた。

「友里先輩」

「あれ、望月ちゃん」

 ガッと友里の腕を掴むと、時間を問うてくる。1時間目終了後の5分休憩なので、少ししか時間が無いが、友里の意見など聞かず望月は友里を草の匂いのする校舎裏まで連れ去った。



「友達の、話なんですけど」


「うん」

「あくまで友達の話なんですけど、あの、好きとか嫌い以外の恋ではない大きな感情って、あるとおもいます?」

「んん???どういうこと」


「だから、性別とか、関係なく、好きですよね、駒井先輩のこと」

「わたし、淑女な優ちゃんが大好き」

「ううう、かわいい友里先輩。──じゃなくて、いつ好きって気付きました?声とか、仕草ですか?好き以外の、特別な感情だっておもいませんでした?」


 望月の態度に、恋愛話の苦手な友里もすぐに、望月本人の話だと気づいた。

「望月ちゃんは、その人のどこが気になってるの?」

「は!?友達の話です」

 あくまでしらを切るようなので、友里は「お友達はなんて言ってるの?」と聞きなおした。


「外見とか態度とか、全然好みじゃないし、むしろ美形すぎてキライなんですけど、何気なく優しいところとか、自我を持ってるところとか、人の我儘を我がままのままにしないで、笑い話にしてくれたり、大事に思っていることを同じように大事に思ってくれるところに、ぎゅっと胸が苦しくなるみたいなんです、友達なんだけど、友達って言葉に納めたくないような感覚、でも絶対、恋って言ってはいけない気がするんです」


 友里は首をかしげる。


「それは、特別ってことだねえ。唯一無二の、存在」

「は!?唯一無二?!外見は全然好きじゃないんですよ!?」

「見た目なんて、大切だからステキに見えてくるんだよ」

「駒井先輩、誰が見ても素敵ですけど」

「優ちゃんはそれはそれは綺麗だし、優秀とか優美とか優雅とか、美しい言葉には必ず優ちゃんが現れるから、ほんといつも胸を占拠してるんだけど、やっぱり好きだなって思ってからのほうが大変、麗しいよ。本当に内側から光って見えるから」

 早口で愛を語られて、望月は若干退く。

「恋は、わたしもよくわかんないけど、──触れたいって思うんじゃないかな?」

 照れて赤くなる友里を望月がじっとみた。


「そっか……、よかった、ホッとした、恋だったら申し訳ないって思ってた」


(望月ちゃん、友達って設定、忘れちゃってる)友里は苦笑したが、望月の好きなようにさせた。

「友里先輩のこと、どこにいても絶対見つけられるんです、でも、そいつのことは、そいつがこっちに来るまで一切わからないし、なに考えてるかもわからないし、なんか一言言うたびに、ムカついて蹴りたくなるし」

「うんうん」

「だけど、大事なとこではちゃんとしてて、そういうところに、尊敬して共感して、仲良くしてたんだけど、でも、なぜか最近、ぎゅってすることが多くて」


「そうだねえ」


 友里が頷くと、望月はハッとして「って友達が!」と付け加えた。


「じゃあ、お友達に言っておいて、特別な人とは、離れてても心がつながってるから、大丈夫だし、恋も大事だけど、恋じゃなくても、大切な人って、すごいことだから!って」

 友里はニコリとほほ笑んで、望月に向いた。

「先輩は、どうして駒井さんが恋って気付いたんですか……?」

 望月は、ふと、友里に問いかける。友里は、照れて困ってから、一応、とつけて話した。

「色々あって、一か月お話しできないことがあったんだけど、すごい、さみしかったの。いつでも優ちゃんが時間をとって、そばにいてくれるから、当たり前だった「好き」が、当たり前じゃなくて、努力の上にある、奇跡だったんだなって思って──」

 望月がじっと見つめてくるので、友里は、顔から火が出そうになる。わたわたと手を振り、顔を扇いだ。


「あ、でもね、その、好き以外の特別っていいよね、すごい大切な人だと思うよ!──ああ、でももしも、ほんとに恋じゃないと確認したいのなら、それとなく離れるように、村瀬さんに、いっておこうか?」

「……」

「あ」

 友里はぱっと口を押さえる。


「友里先輩!?違いますよ!?村瀬の事じゃないですからね!?」

「違うの?え、じゃあ誰?」

「あんな、んんのおの特別な わけんじゃいじゃないですか!?!?」


「んんん???」

 友里は、望月がなにを言っているかよくわからないかったが、動揺しているのだけは伝わった。

「とにかく!ぜったい!!ちがいますから!!!!!」


 望月は大声で言うと、下の位置で結わえたツインテールをぎゅっとつかんで、廊下を駆けていってしまう。

「あ~……」

 後ろ姿を追いながら、友里は望月を見送った。


 相談にのることはむずかしいものだなと思いつつ、教室に帰りながら、友里は掲示板に、『村瀬詠美・停学処分に処す』の知らせを見つけて、目を丸くした。



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